19.かけられた呪い
遅れて申し訳ありません。
「おはよう。久しぶりだな?」
俺の目の前に立つ15メートルほどもある鬼が、冥王ハーデスだ。そしてそのハーデスに向かって、俺は朝の挨拶をした。もちろん地上は朝ではないが、この冥府には時間が定められていない。よって、この冥王が起きてきた時が朝で、寝る時が夜となるのだ。
「ん?なんだい、誰かと思えばアレスじゃないか。久しぶりだねー。」
「ああ。お前がここにいると聞いてな、ちょっと遊びに来たんだ。」
「ははは、冥府へ遊びに来るなんて、狂ってるとしか思えないけどね。」
そう言って俺らは笑い合う。だがそんな穏やかな雰囲気なのは俺とハーデスとイシスだけだ。アイリスとトリーはもちろん、そばにいる鬼たちでさえも緊張した様子だ。
「それで、君やイシスが来るのは良いとして………。」
急に真剣な顔つきになったハーデスは、鋭い目でアイリスとトリーの方を見た。
「なんで、生きた人間がここにいるのかな?」
「「ひっ!!」」
やはり生きた人間を冥府へ来させるのはまずかっただろうか。
「悪いな。そいつらは俺の連れでな。イシスが面倒を見るから、今回だけは許してくれないか?」
「まあいいよ。イシスがいるなら大丈夫だろうしね。」
「なんか、面倒事押し付けられた感じがするんだけど?私の意志は?」
さらっとアイリス達のことをイシスに頼むと、イシスはなにやら不服そうな顔をしていた。しかし仕方ない。イシスに人権なんて存在しないのだ。なにせ神なんだからな。
「それはそうとアレス。僕は君に聞きたい事がある。その人間達の事も含めてね。少し2人で話し合わないか?」
「…………」
「‘‘親友’’だろ?」
「………分かったよ。じゃあイシス、2人のこと頼むぞ。」
「わかったわ。」
「よし、じゃあアレスこっちに来てくれ。」
そう言ったハーデスに連れてこられたのは、大きな城だった。
「おい、俺からも聞きたい事があるんだが。」
「なんだい?」
「なんでこの城はお前サイズなんだよ!!」
この城の扉はなんと20メートル程あった。さらに、城の中にある椅子や机に廊下までもが、15メートル大のハーデスに合わせて造られている。
ここまで聞いた人は、何を当たり前の事を言ってるのか、と思うかもしれない。城に住むのが15メートルの鬼ならば、城も大きくなるのが必然だと。しかし違うのだ。
実はハーデスのこの姿は本物ではない。実際は俺と同じくらいの大きさの青年の姿をしている。しかしこいつは、魔法を使う事により自分の姿を思い通りに変える事ができるのだ。よって今の姿は魔法によって変えられたものだと考えられる。しかしそうなると、何故これほどの大きさの城を造ったのか分からない。
「実はこの前部下の鬼達に城を造らせたんだけど、張り切りすぎちゃったみたいでさ。」
「張り切りすぎにも程があんだろうが。」
「まあでも造っちゃったものは仕方ないからさ。それに合わせて僕の姿を変えたのさ。」
「なるほどね。それと、ものすごく話しづらいからそろそろお前の姿元に戻してもらえない?」
今の俺らの身長差は約13メートルだ。話し辛すぎる。
「どんな姿がいい?」
「そうだな、親しみやすい姿で頼む。」
「じゃあ、これでどう?」
次の瞬間、俺の目の前に立っていたのは、大きな鬼ではなく、クマのぬいぐるみだった。
「……………」
「反応が欲しいんだけど。」
「いやまあ親しみやすいよ?物凄く親しみやすいけど、なんだろうなあ。むしろ話しにくい。」
「まったく注文が多いなあ。」
「別にお前の事を食うわけじゃねえんだからいいだろ。」
しぶしぶ姿を変えたハーデスはやっと本来の姿になってくれた。青髪に緑色の目をしたイケメンだ。さっきの大鬼やぬいぐるみと同一人物だと言われても絶対に信じられないだろうし、この姿で冥王と言われても信じられないだろう。
「はぁ。」
「なんでため息をついているんだい?」
「なんでもねえよ。それで、聞きたいことってのはなんだ?」
「そうだねえ、まずどういう経緯で君がここに来たのか知りたいね。」
「分かったよ。」
俺はハーデスに促されて、ここに来た経緯を話した。暇つぶしとして地上へ降りてきたこと、そして人間とパーティーを組んで旅をしていることなど。
「ふうん、なるほどねえ。じゃあ1番重要な質問をさせてもらうよ。『呪い』はどう?」
「…………変わってないな。」
「そう、か。」
『呪い』、それは人の心に干渉する魔法の中でも、外部からの解除方法がないものの事を言う。たとえ呪いをかけた者が死んだとしてもその呪いが解除されることはない。しかし、自分でその呪いを克服することができれば、呪いを解除することができる。
たとえば、昆虫の事が、近寄ることさえできないほど嫌いになってしまう呪いをかけられたとする。その場合は、自力で昆虫を好きになるしか、解除方法がないのだ。だが、呪いによって昆虫のことを嫌いにさせられてしまっている。よって解除には、呪いが持つ魔力を超えるほどの精神力が必要となる。呪いを解除するためには虫を好きにならなければいけない。しかし好きになるためには、呪いを解除しなければいけない、というジレンマに陥るのだ。
このように、呪いを解除することはひどく難しいことであり、これまでに呪いを解除できた者は、全くいないらしい。
危険な魔法の1つである呪いは、その存在自体を封印するために、呪いに関連する、もしくは呪いという単語が出てくる書物はすべて焼却された。また、魔法を使える者には、呪いの使用不可が義務付けられ、それを破った者には厳しい罰が与えられた。
これが行われたのは神界が作られた時のことだ。
こうして、呪いについて知っている者は、当時のことを知っていて、なおかつ今もなお生きている存在、つまり神だけということになった。
神界が作られた直後、俺という呪いの最後の被害者が出てからは、呪いを使った者はいない。それは良いことだ。おそらく俺が被害者でなければ、そう思えたのだろう。
「君を呪いにかけたのは、暗黒の神エレボスだったね。」
「ああ、そうだったな。」
「あれは酷かったな。神を全員殺そうと企み、それが失敗に終わると、自分の命をも使って周囲の神に呪いをかけようとしていたからな。」
「幸運なことに、被害者はたった2人で済んだけどな。」
「君にとっては不運でしかないだろう?まあ、その直後エレボスが死んだ、ということに関しては、不幸中の幸いかもしれないがね。」
エレボスが自らの命を削って俺にかけた呪いは、人を信じられなくなる、というものだ。呪いをかけられた当初は、何もかもが信じられずに、ただ戦いだけを繰り返す生活を送っていた。戦いだけは、人を信じる必要もなく、行い続けることができる。そこから俺は、荒れていった。
しかしあれから何百年も経ち、俺は大分落ち着いた。そして、呪いの解除を試みるようになった。周りにいた神たちに対して親しげな口調で話してみたり、呪いをかけられる前に親友だったハーデスと多く話したりもしてみた。しかし、未だに人を信じることが出来ない。
「地上へ来たのはそれが理由かい?」
「まあそれもあるな。神界で試せることはすべて試して暇だったんだ。地上へ行けば何か変わるかもしれないと思ったのは事実だ。」
単なる暇つぶしのために地上へ来た訳ではなかったが、旅をしたいというのは本音だった。しかし1人で旅をしても、呪いを解除できる糸口が見つかるわけがない。そのため、俺は信じることができそうな人間を選び、共に旅する事を決めた。
しかし旅を始めてから少しの月日が過ぎた時、俺は龍王を弟子にする事を拒もうとした。その理由は簡単だ。人を信じられないこの俺が、弟子という近しい立場の人を新たに作ってしまっていいのだろうか、と疑問に思ったからだ。
これがただのパーティーメンバーならば、話は別だ。いざとなればいつでもパーティーを解消する事ができるし、そうなれば元パーティーメンバーという、ただの知り合いとも言える関係性になる事ができる。しかし弟子は、元弟子になったとしても、その関係性が格段浅くなるようなことはない。
そう悩んでいたのだが、イシスに促されて結局了承してしまった。まあこのまま何もしなければ何も変わらないのも事実だし、イシスには感謝しなければいけないだろう。
「それで、解除できそうかい?」
「無理だな。悪いが俺はお前の事を親友だと思えないし、誰かを信じることも出来そうにない。」
「それは残念だね。」
ハーデスは全く残念そうではない顔でそう言ってきた。まあそれもそうだろう。こんな状態が何百年も続いているのだ。今更残念がる事もない。
「これからはどうするんだい?」
「うーん、これからの事は全く考えてないな。ノープランだ。」
「そこは絶対ドヤ顔するべきところじゃないと思うんだけど。まあいいか、それなら海底神殿に行ってみたらどうだい?」
どうやら俺のドヤ顔はお気に召さなかったようだ。ひどく残念である。
「なんで海底神殿なんだ?」
「あそこには強力な魔物がたくさんいるからね。みんなで協力すれば、何か変わるかもしれないと思ってね。」
「なるほどな。じゃあ行ってみる。次会うときまでには城を改築しておけよ?」
「はは、そうしておくよ。」
別れの挨拶を済ませた俺は、城を出てイシス達と合流した。
「冥府の次は海底神殿ってわけ?忙しすぎじゃない?」
「別に休んでもいいんだけどな。」
「師匠!休むなんてとんでもない!すぐにでも行こう!」
俺自身休みたかったのだが、ルンの希望により、すぐに向かうことに決まった。
「はぁ、じゃあ行くか。」
こうして、俺らの旅は再び始まった。




