17.決闘
「こいつはイタいな。」
「い、イタいとか言うなっ!」
俺が龍王の事をイタいと言うと、龍王は慌てて別人のような声で怒鳴ってきた。
「それがお前の素の声か。」
「ち、違うわ。俺はこの声が素だ。」
おそらく、龍王としての威厳を保つために、今のような低い声を出していたのだろう。
まあ見た目が幼女だからな。仕方ない。
「安心しろ。俺は神だ。そんな俺相手に威厳を保とうとしたって無駄だぞ?」
「で、でもっ!くっ、わかった。なら勝負だ!」
「勝負?」
「そうだ。もし俺に戦闘で勝ったら、俺は素になろう。その代わりに俺が勝ったら、この状態を続けさせてもらう。」
なるほど。俺が勝てば龍王は普通の幼女になり、俺が負ければ龍王はイタい幼女のままでい続ける、ということか。なんで俺戦わなくちゃいけないの?
まず俺にメリットがないな。まあその代わりデメリットもないが。
あいにく俺には幼女をいたぶる趣味はない。龍王には残念だが、ここは引いてもらおう。
「しかし俺は門を破壊するのに力を使ってしまったからな。悪いがそれには応じられない。」
「しかしイシス様曰く、貴様はもう完全に回復するしているらしいが?」
バニパルはマジでどこまで知ってるんだよ。てか、あいつは様付けなのに俺が貴様呼びっておかしくね?扱いの差が露骨に現れてるよな。
そもそも、イシスは俺の事を話しすぎだ。
「分かったよ、やるよ。じゃあさっさと終わらせようぜ。」
「ほう。随分と余裕だな。俺に勝てると思ってるのか?」
「俺がお前みたいな幼女に負けるなんてあり得ないんだよ。」
「幼女じゃないわ!!」
お、また一瞬素に戻ったな。
それを確認した俺が少しニヤニヤしていると、それが龍王を怒らせてしまったようだ。こちらに対し、殺気を抑えることも無く睨みつけてきた。
「そんなことより、早く始めるぞ。」
「ふん、いいだろう。全力で叩き潰してやる。」
ちょっと面倒くさそうだったので、幼女のくだりは流して、バニパルに開始を促した。
「では、私が審判を務めよう。龍王様対アレス、始めっ!!!」
そうバニパルが言うと同時に、龍王の姿が消え、俺の体は後ろへ吹っ飛ばされていた。
「なっ!!」
何が起きたのか分からない。なんとか左腕で攻撃をガードしたが、その左腕は折れている。龍王にやられたのだろう、という事は辛うじて分かるが、何故こんなに速く重い一撃を加えられたのかが分からない。
「そんな事では俺に一撃も与えられないぞ?」
そう挑発する龍王の腕は、まるで龍のようだった。
「なるほど、龍化か。」
あいつはおそらく足を龍化で強化し、その直後に腕を龍化させたのだろう。そうする事によって、今のような攻撃が可能になる。
「その通りだ。アレスよ、龍族の中でも1番龍化が上手い俺に、勝てるかな?」
「当たり前だろ。タネが分かれば楽勝さ。」
もちろん嘘だ。俺ですらも目に追えない速さで、俺の骨を折る事ができるほどの攻撃をされたら、負けるに決まっている。
だが戦神たる俺が負けるわけにはいかない。
俺は詠唱もせずに瀑魔法で腕を治すと、龍王の方を見た。
「ほう、どうやら本気になったようだな。」
「ああ。てめえみたいなガキに負けるわけにはいかないんでな。」
勝つ方法はある。
まず、龍族が龍化している最中は、魔法を使う事はできない。もっとも、俺相手に魔法で勝とうとしても無理な事なのだが、相手が龍化と魔法を併用できない、というのはこちらにとっては都合がいい。
そして、龍族ならではの弱点を突けば、勝つことができる。しかし、できればそれを行いたくはない。
龍族の弱点は水属性魔法だ。空を飛ぶことが多い龍族は、雷耐性がついた代わりに縁の無い水属性魔法耐性が全くつかなかった。そのため、水属性魔法を受けた龍族は動きが制限され、並の者では龍化が使えなくなる。まあ、龍王なら使えるだろうが、動きが鈍くなるのは確実だ。
しかし、そんな勝ち方は出来ればしたくない。やはり相手の弱点などに頼らずに、正々堂々とあいつを打ち負かせたい。そんな気になっていた。
「いくぞ。戦神舐めんなよ?」
俺がこの戦いで使える魔力量は全体の5分の4までだ。そのため、魔力を使うべき時は慎重に見極めなくてはならない。
よって俺は、ある作戦をたてた。
「っ!流石は戦神といったところか。」
もう威圧は抑えない。体から溢れる、ありったけの威圧を龍王にかけた。
威圧は、魔力を使わずに発動できる少ない攻撃方法のうちの1つだからな。
そして、俺の作戦はこれだ。
まあ作戦と言えるほどではないが。
まず足に大量の魔力をこめ強化してから、高速で龍王の元へ向かう。
そして腕に大量の魔力をこめ強化してから、龍王を思いっきり殴る。
そしてそれを繰り返す。
ひどく単純で分かりやすい。要するに龍王がやってきた事を俺もやってやる、という事だ。
魔力はただ一部分に溜めるだけでも、魔力を消費する事で十分その部分を強化する事ができる。ただ、その効果は体の内部には届かない。よって、普段は体の内部に魔力を溜めることにより、体のどこかが強化されないようにしている。そうすることで、魔力は消費しなくてすむ。
また、単純に魔力を溜めて強化する事とは別に、身体強化魔法を使う。
これは火属性魔法と水属性魔法の混合魔法で、それぞれの上位互換の魔法を持っている俺は、より体を強化する事ができる。
「っ!!速い!」
俺は早速その作戦を実行し、龍王を1発殴った。
俺の拳が当たった場所は、龍王の顔だ。おそらく防御する事すらできなかったのだろう。
「どうだ?お前が龍化を使うのなら、俺は魔法を使って対抗してやるよ。」
「面白い。なら俺も全力でいかせてもらう!」
そうして俺らの戦いは再び、始まった。
「一体何なんですかこれは………」
私が今見ているのは、アルさんと龍王様との戦いだ。あの人は、起きてからすぐに龍王様の元へ向かい、戦いを始めた。
そしてそれを見に来たのだが、何も見えない。しかし、大量の魔力を感じるので、2人がそこにいる事だけはわかる。
「イシスさんは何が起きているか分かりますか?」
「そうね。魔法を使えば見る事は出来るよ。でも使わなかったら多分見えないかな。あ!じゃあ少し魔力を分けてあげるね。」
そう言うイシスさんは、私とトリーの目に手を当てた。
「…………これは?」
手を当てられた瞬間、大量の魔力が流れ込んでくるのがわかった。
「私の魔力であなた達の目を強化したのよ。これで見えるはずだよ。」
「ありがとうございます!」
イシスさんに一言お礼を言うと、私は再びアルさんの方を見た。
「す、すごい………」
確かに見えた。猛スピードで殴り合っているアルさんと龍王様の様子を、私の目は辛うじて捉える事が出来た。
しかし、目で追う事さえ難しく、それはトリーも一緒のようだ。
おそらく1秒に5回ほど、殴ったり、相手の攻撃を受けたり避けたりしている。しかも猛スピードで動き回りながらだ。
アルさん達の動きを目で捉えられるようになってから、10分ほどが経過した。
さすがに2人とも疲れてきたようで、動きが遅くなっている。
私がこの場に来てからは、2人とも有効な攻撃を相手に与える事ができず、膠着状態に入っていた。
しかしそんな中、アルさんは笑みを浮かべた。そしてその表情に気づいた龍王は、目を目開いた。
「あっ!!」
アルさんが、龍王様を後ろへ殴り飛ばした。
その後も、アルさんは龍王様を殴り続ける。そして、龍王様はそれに対抗する事も出来ず、攻撃を受けていく。
おそらくアルさんは、疲れるふりをして相手を油断させたのだろう。
そしてその目論見はうまくいった。アルさんは龍王様が気絶するまで殴り続けた。
しかしそのあと、勝利を確信したアルさんは力尽きたのか、その場に倒れた。
「し、勝者、アレス!!!!」
バニパルさんが判断をくだすと、辺りは大歓声に包まれた。それは全て龍族のものだ。それもそうだろう。自分たちの中でも最強の龍王様を倒す者が現れたのだ。
「はぁ。」
しかし、アルさんが気絶するのは一体これで何度目だろうか、と私は深く溜息を吐いた。
「デジャブだ。」
俺が目を開けると、空には太陽が見え、辺りに建造物はなく、荒地となっていた。
「おはようございます、アルさん。」
俺が気絶してる様をこれまで何度も見てきたであろうアイリスとトリーは、とても落ち着いた様子だ。イシスに関しては言うまでもない。
「あー、龍王倒してから気絶したんだっけ俺。」
「そうよ。魔力を使いすぎなのよ、アレス。そのせいで私まで魔力を使わなくちゃいけないんだからね?」
「すみません………」
イシスに怒られてしまった。しかし、それも仕方ないだろう。短期間で2度も上級回復魔法を使わせてしまったのだからな。
「そういえば、龍王はもう起きてるか?」
「…………起きてる。アルは長い間寝すぎ。」
「長い間って。俺1時間も寝てないだろ?」
俺が龍王と戦い始めた時は太陽が出ていて、そして今もまだ太陽は出ている。だからそんなに長く寝ていたわけではないと思うのだが。
「1日寝てた人が何言ってんだか。」
「は?1日!?」
「そうですよ。アルさんが龍王様に勝ってから丸一日です。少しは反省してくださいね?」
アイリスにまで怒られてしまった。
どうやら、俺が龍王と戦っていた時に見えていた太陽は、俺が寝ている間に1回沈んでいたらしい。
「それは悪かったな。」
「……………それはもう慣れたから大丈夫。それより龍王のところへ行くべき。」
慣れたってマジか。もしかして、これまでも俺が気づいていないだけで、長い間寝ていたのだろうか。
「まあいいか。じゃあ龍王のところへ行ってくる。」
これからはできるだけ気絶しないようにしよう、と心に決め俺は龍王の元へ向かった。
「ひっぐ、ひっぐ、うわああああああ!」
俺が龍王の元へ向かうと、そこでは1人の幼女が目に涙を浮かべていた。
「え、お前なんで泣いてんの?」
龍王は泣いていた。




