12.破壊神シヴァ
アイリスの問題を解決した俺らは、はるか前方にある山に向かって歩き出していた。アイリスを死なないように説得してからは、なんとなく俺とアイリスの距離が近くなった気がする。アイリスの過去を教えられたことにより、アイリスについてより知ることができたからだろう。しかし、向こうはそれだけではないような感じだ。アイリスは物理的な距離も縮めてきている。それどころか、時々アイリスから熱っぽい目線を感じることがある。
「な、なあ、アイリス。お前なんかさっきからおかしくないか?」
「気のせいですよー。ただちょっと、前よりももっとアルさんのことが好きになってだけで……」
そう言うとアイリスは自分の世界に入り込み、こちらが話しかけても返事をしてこなくなってしまった。
「これは重症だな。」
「アイリスちゃんは随分とアレスにお熱みたいね?」
「いやなんか、度が過ぎてる気がするんだが…」
あれからアイリスだけでなく、イシスも変わった。いや、変わったというか、よりウザくなったと言うべきか。アイリスのほうをチラチラ見ながら、5分に1回のペースで俺の事をいじってくる。最終的に俺はそれらを全て無視することに決め、トリーと話し始めた。
「トリーは前にある山がやばそうなのは分かるか?」
「…………ん。少しだけだけど、感じる。」
俺らが向かっている山から不吉なものを感じるのは俺だけではないようだ。山全体に禍々しいほどの魔力が漂っている。ただ、この魔力は前にも感じたことがある。
「これはドラゴンかな。」
「…………ドラゴン?」
「ああ、そうだ。正確には龍族と呼ばれる種族だな。魔物の中でもトップに君臨する奴らだ。あの山にはそんな龍族どもがうじゃうじゃいるんだろうよ。」
「…………それは楽しみ。久しぶりに戦いたい。」
普通ドラゴンの話を聞いたら怖がると思うのだが、トリーはその真逆の反応をしてくれた。素晴らしい傾向だ。多分トリーはもう俺並みに戦闘が好きになっていると思う。
「そういうことなら、龍王もいるのかしらねー?」
ずっと無視されていたイシスが、耐えられなくなって俺に話しかけてきた。そんなイシスの方を見ると、若干涙目になっている。神がこんなに簡単に泣いて大丈夫なのかよ。しかし、さすがに可哀想になってきたので返事をしてあげた。
「そうかもしれないな。お前、龍王に勝てそうか?」
「龍王程度なら余裕だよー。あ、でも地上だと分からないかも。」
龍王は、この地上で最強だと言われている。しかし、そんな奴相手にイシスは余裕で勝てると言った。それならおそらく大丈夫だろう。
実は龍族は他種族に対して非常に厳しい面がある。奴らのいる山が魔力で覆われていることからも分かるように、他種族を容易に近づけさせないようにしている。その代わり龍族は、強い者に従う、という習性がある。他種族に対して厳しいのもこのせいだ。地上で最も強い種族である龍族に敵うものは、基本的に同じ龍族の中でしか存在しない。
「問題はアイリスやトリーがあの山へ入れるかどうかだな。」
「…………どういうこと?」
「まだ山から遠いから魔力の影響を受けていないようだけど、近づいたら相当な威圧感を感じるはずだわ。あの山に入るには、その威圧感を通り抜けることが大前提なのよ。」
「…………なるほど。」
「じゃあ、試しに俺がお前らの事を威圧してみようか。もちろん、あの山にいる龍族レベルのだが、やってみるか?」
「やります!」
「…………やる。」
いつの間にかこちらの世界へ戻ってきていたアイリスからの了解も貰えたので、早速威圧をしてみる。
「いくぞ。」
威圧をするのは久しぶりだったので、上手く手加減できるか心配だったが、龍族レベルには抑えることが出来た。問題は2人がどうなっているかだ。当然イシスは涼しい顔をして隣に立っている。
「っ!!」
「……………くっ!」
2人ともだいぶ辛そうな顔をしている。これだと、 山に入るのは厳しいかもしれない。
ただの威圧といっても、それだけで付近に生えていた草が枯れるほどのものだ。決して甘く見てはいけない。
「じゃあ、山に到着するまでは修行しないとな。」
「それがいいわね。1番効果的なのは、慣れることかしら?」
「そうだな。山に着くまではずっと威圧をしっぱなしにしておこう。だがもちろん、初めは弱いものからだ。段々と強くしていって、最終的には龍族の威圧をも耐えられるようにする。それでいいか?」
「………ん。」
「はい!」
そう言って俺は威圧をかけ始めた。おそらく初めは、少し辛いくらいのがいいだろう。
こうしてまた、俺たちは修行を始めた。
2人が龍族レベルの威圧を耐えられるようになるまでに1週間ほどかかった。普通の人間なら、どんなに修行しても耐えることはできないと思うのだが、それを2人は1週間でやってのけた。潜在能力が高いのか、それとも俺の鍛え方が良かったのか。おそらくその両方だろう。しかしここは、俺のモチベーションを上げる為に後者だと思う事にした。
「これでやっと、あの山に入れますね!」
「…………結構時間かかった。」
「いやいや、お前ら人間の中でも結構すごい方だからな?多分人族で1番強いのお前らなんじゃないか?」
「…………冗談きつい。」
「大マジだって。なあ?イシス。」
「そうねぇ。確かに人族の中では最強かもしれないわね。」
「イシスさんが言うって事は本当なんですね。」
「…………嬉しい。」
「おい、なんで俺が言った時は信じなかったのにイシスの時は信じるんだ?」
「やっぱりイシスさんが神様だからでしょうか?」
「俺もだけどな!?」
まったくひどいものだ。流石に今のが本心ではないと思うが、信用されてないのが分かる。え、マジで本心じゃないよね?
もし本心だとしたら、別に俺は信用されてないわけではない、という事がわかるが、一体どちらの方が良いのだろう。
そんな一生かかっても出ないような答えを求めて思考に耽っていると、イシスが声をかけてきた。
「着いたわよ。」
どうやら龍族がいる山に着いたようで、感じる威圧感はこれまでとは比べ物にならない。しかしそれを受けてもアイリスとトリーは大丈夫そうだ。
「じゃあ行くぞ。」
そう言って俺らは、山の中へと入っていった。
「そろそろ動き出すようだな。」
「どうやらそのようだの、ブラフマーよ。」
地上を見ながら会話をしているのは、全能神ゼウスと、創造神ブラフマーだ。神界におけるトップ1と3が同じ場所にいる、という珍しい事が起きている。
「わざわざ余を呼び出すのだから、何事かと思っていたら、予想以上の厄介事を見つけてきたようだな。」
「別に見つけたくて見つけたわけではないんだがの。」
彼らが話しているのは、破壊神シヴァについてだ。彼は神界におけるトップ2タイとなっている。ちなみに、もう1人のトップ2は維持神ヴィシュヌだが、この世界を維持することに精一杯のため、この場にはいない。
「ヴィシュヌに手間をかける事がないように、さっさと問題を解決したいの。」
「そんなに上手くいけばいいのだがな。」
破壊神シヴァはその名の通り、破壊をする為だけに生まれた神だ。まだこの世界が生まれたばかりの頃は、破壊することも重要な事であった。しかし、この世界が生まれてから長い時間が経った今では、もう破壊は必要ない。
そうして破壊が出来なくなったシヴァは、痺れを切らして地上へと降りたのだ。自力で転送をする辺りは流石トップ2といったところだろうか。
その当人であるシヴァは現在、地上のある洞窟で力を溜めている。そこは何故か魔物の死体がたくさんあり、そこから負の魔力を吸収しているようだ。
「はぁ、仕方ないが、この世界の運命はアレスとイシスに託すしかないかのう。」
そうして彼らは、この世界の運命を託された。
しかしそんなことを、彼らは知る由もなかった。




