10.死に場所を求めて
私の初恋の相手、アルさんとその町でもう一度会う事は無かった。聞くところによると、王様からのゴルドを殴れ、という依頼を達成したため、王都に行ったらしい。
ちょうど良いことに、王都には私の親戚が住んでいる。そのため、その人たちに顔を見せるついでに、アルさんを探しに行こうと思う。親戚たちとはここ1年近く会っていないため、良い機会だろう。
しかし残念な事に、王都に着いてからアルさんのことを探してみたものの、結局見つけることはできなかった。
ふと思い返してみると、私が四六時中アルさんのことを考えていたのに気付く。そしてそれを自覚した私の顔は自然と赤くなった。もう一度でも良いから会いたい。そんな思いが強くなっていった。
その後も少し王都に滞在していると、ある噂を聞いた。それは、アルというEランク冒険者がパーティメンバーを探している、というものだった。どうやら、王様からの依頼の報酬としてパーティメンバーを望んだらしい。普通なら、お金や地位などを望むと思うのだが、パーティメンバーを望むあたり、アルさんは面白い人だと思う。ますます好きになってしまいそうだ。
アルさんに関する噂を聞いてから、その噂が本当のものかどうか調べにいった。調べた結果その噂は本当のようで、応募者は1週間後に王城に集合しなければならない、という事と、パーティメンバーになるための条件までわかった。
パーティメンバーになるための条件というのは、若い女性であり料理が出来ることだ。つい、アルさんはハーレムでもつくりたいのかな?と思ってしまったがそれも仕方ない事だろう。しかし、これは良い機会だ。もともとアルさんには会いたかったし、もしパーティメンバーになれるのならば、それほど嬉しいことはない。また、料理にはそこそこ自信がある。それに、あの人の元について行けば、今よりもさらに強くなれる気がする。そんな思いで応募することを決めた私は、1週間後に王城へと向かった。
「よろしくお願いしましゅ!」
当日、パーティメンバーの選別は面接によって行われる事が決まった。
自分の番になり、物凄く緊張していた私は思いっきり噛んでしまった。そしてそれを見た、目の前にいるアルさんは苦笑している。これははじめからやらかしてしまったかもしれない。自分だったら、こんな頼りない人をパーティメンバーには入れないだろうと思う。
その後、なぜパーティメンバーになりたいのか聞かれた私は、正直に自分の気持ちを伝えた。私がアルさんの事が好きだという事や、なぜ好きなのかなどを話した。後から考えれば、好きな本人に対して、好きなところを熱く語るという、かなりキツい事をしてしまったが後悔はしていない。
全ての面接が終了すると、合格者が呼び出された。
なんと!私が合格していた。もちろん私だけ合格したわけではなく、トリーという女の子も一緒だったが、とにかく今は嬉しい。好きな人のパーティメンバーになれたのだ。しかしなぜ私を採用してくれたのだろうか。聞ける機会があれば今度聞いてみようと思う。
その後2人と自己紹介をしたのだが、トリーはアルの事が好きだと言っていた。と言ってもそれは恋愛感情ではなく、単にアルさんの強さに惹かれただけのようだ。
トリーから話を聞く限り、やっぱりアルさんは相当強いらしい。しかしそれを理解できるトリーは何者なのだろうか、と少しだけトリーにも興味を持った。ただ出会ったばかりの人に自分の事なんてそうそう言わないだろうと思い、それ以上聞くことはなかった。
アルさんのパーティメンバーになってからは、驚きの連続だった。私たちはギルドに行って依頼を受けることもなく、ただ修行をすることになったのだ。しかし最も驚くべきなのはそこではなく、たった1週間で見違えるほど強くなれた、という点だ。それはトリーも同じなようで、かなり感動している様子だった。
そしてアルさんの実力だ。これまではただ強いだけだと思っていたが、その認識を改めさせられた。アルさんはただ強いわけではなく、規格外に強いのだ。魔法も剣も、それらの腕は一流と呼ばれる人達以上だ。魔法に至っては、見たことも聞いたことも無いようなものを使っている。
驚いたのはそれだけじゃない。1週間の修行が終わると、怒涛の勢いで依頼をこなしていった。そしてなんと、1日でSSランクにまでなってしまったのだ。SSランクの冒険者なんて、この世に数えるほどしかいない。それなのにこの人はたったの1日で、CからSSランクになったのだ。
しかも、テストの中身も凄かった。なんとギルドマスターが直々に監督をすることになったのだ。そしてその結果、ギルドマスターに飛び級を認められた上に、テストの相手としてSSランクのタラスクが用意されたのだ。
いくら私とトリーが強くなったとしても、いくらアルさんが強かったとしてもタラスクに勝てるわけなんてないと、そう思っていた。しかし、私達は勝ってしまった。いや、ほとんどアルさんが倒したと言えるだろう。なんとアルさんの放った魔法は、タラスクのブレスに力で勝り、そのままの勢いでタラスクを殺したのだ。
そしてその後、アルさんから衝撃の告白をされた。
「俺は、神だ。」
アルさんはどうやら、戦神アレスという神様らしい。だが不思議な事にあまり驚かなかった。 これまでが驚きの連続だったからだろうか。アルさんが神でも、納得出来てしまったのだ。そしてその後、アルさんからパーティメンバーを続けてくれるか?という趣旨の質問をされた。もちろん答えはYESだ。たとえアルさんが神であろうと、私の初恋の相手である事は変わらないのだから。
ちなみにアルさんはタラスクを倒した後に、ギルドマスターとも戦っていた。結果はもちろんアルさんの勝ちだ。それも圧勝。アルさんは敢えて、戦いのテクニックだけでギルドマスターを倒していた。
SSランクになってから国を出ることが決まった。特に目的地は決まっていないが、国の外に出て冒険がしたいらしい。私達はそれに反対しなかった。もっとも、こんな展開は全く予想していなかったし、これからの生活も不安ではあるが、それよりもアルさんと一緒にいたいという思いの方が勝っていたのだ。
そうして、特に行き先を決めることもなく、旅に出ることが決まった。
しかし、国の外へ出て1番初めに到着したのは亡者の森だった。どうやら私の住んでいた村がなくなった後、その周辺は国外という扱いになったらしい。
正直に言うと、亡者の森には行きたくなかった。なにより、また自分のせいで大事な人を傷付けてしまうのではないか、と考えると恐怖で体が震えた。
そんな恐怖を隠すために、森の中では少し明るく振る舞った。アルさんの昼食のことについてふざけあったりして、意識的に最悪の事態を考えないようにしていた。
しかし、その最悪の事態は訪れた。
森の奥へと進んで行った私達は、森の番人と呼ばれるSSランクの魔物4体に囲まれたのだ。そしてその中には、家族の仇であるサラマンダーも含まれていた。
魔物に囲まれた後のアルさんの判断は早かった。彼は自分が囮としてこの場に残る事を決め、その間に私達に逃げるように言ったのだ。
だけど私はそんなこと認められなかった。私は家族を失ってから、もう誰かに守ってもらう必要もないくらい強くなったと思っていた。しかしこれでは結局変わっていないではないか。もしこれでアルさんが傷つくような事があれば、きっと私は後悔するだろう。
自分が後悔したくないからというのがとても身勝手なのは分かっているが、それでもアルさんの判断を肯定することは出来なかった。
アルさんに抗議をしてみるも、正論で返されてしまう。たしかにこの状況で私が出来る事など全くないに等しい。実際頭では私も理解していた。アルさんの意見は正しく、反論の余地もない、と。
だから、私は逃げた。逃げてしまったのだ。
過去と向き合わず逃げた私は、物理的にも魔物たちから逃げようとしていた。しかし焦っていたためか、落ちていた石に躓いて転んでしまう。そしてその隙を見逃すほど魔物たちは甘くない。一気に4体同時に襲いかかってきた。
アルさんが4体の動きを封じようと炎の魔法を放つが、そのうちの2体は炎を掻い潜り、こちらへ向かってきた。その中には、あのサラマンダーもいた。
このままでは死んでしまう。そして私はそれに抵抗することもできない。ただ最後に、アルさんに思いを伝えられなかった、また大切な人に迷惑をかけてしまった、そんな後悔の念が脳内を支配していた。そうして自分の無力さを改めて悟った私は目をつぶり、死を待つ。
しかし、その死が訪れることはなかった。
「こいつを殺したいんなら、俺を殺してからにしな。」
そう言ってアルさんは私の前に立ちはだかった。私はまた、守られてしまった。私への攻撃を代わりに受けたアルさんは両腕がもがれ、見るも悲惨な状態になっていた。
その時の私はどんな顔をしていただろうか。覚えてはいないがとてもひどい顔だったと思う。助かったことは嬉しいが、大切なアルさんの両腕が私のせいで無くなってしまった。そんな、単純な喜びでも悲しみでも後悔でもない。複雑な表情を顔に出していただろう。
そんな私はひどくショックを受けたせいで、アルさんがどうやって魔物を倒したかは覚えていない。だが、力を使い果たしたアルさんが意識を失ったのを見て、大急ぎで回復魔法をかけたのは覚えている。私の回復魔法なら所詮気休め程度にしかならないと思うが、今出来ることはそれしかなかった。
その後こちらへ戻ってきたトリーはとても悔しそうな表情をしていた。アルさんがこうなったのは全部私のせいだ。そう思った私はどんな罵倒でも受ける覚悟だったがトリーは、私を慰めてくれるのみだった。誰かに守られる辛さは私もよく理解している、と。トリーはそう言ってくれた。
私を慰めた後、アルさんが死んでいないことを確認したトリーは、少し安堵したようだった。
意識が戻ったアルさんは、両腕の事を全く気にしていない様子だったが、そんなわけは無いだろう。いくら神といえども、両腕を失えば出来ることはかなり減ってしまう。おそらく私に気を遣ってくれているのだろう。そう思うと、私の心はまた、痛みに襲われた。
「とりあえず今日は寝ようか。」
そう言うアルさんに従い、トリーは寝た。もちろんアルさんも寝た。しかし、私だけは寝ることが出来なかった。
もうこれ以上、アルさんに迷惑をかけるわけにはいかない。これ以上生きてても私は誰かを傷つけることしかできない。結局私は、弱者のままなんだ。そう思った私は、死に場所を探すために、アルさんのもとを去った。
「うぅ………」
これから、死ぬんだと考えると自然に涙が溢れてくる。本音を言えば、死にたくなんてない。しかし私は生きている限り誰かに迷惑をかけることしかできない、生きていてはいけない存在なのだ。もう、死ぬ以外の選択肢なんてないんだ。
「死にたくないよ、アルさん…………」
「だったら、死ぬんじゃねえ!!」
幻聴だろうか。
アルさんの声が聞こえた。




