1.神様の暇つぶし
「…………………」
「暇だなぁー。暇だなー。本当に暇だなー。」
「…………………」
「ひーまーだーなー。」
「ええい、うるさいわ!もう少し静かに出来んのか!」
「いやだって暇なんだからさー、しょうがなくね?」
「そんなに暇なら私のように本を読めばいいだろうに。」
「えー、でも読書ってなんか暗くね?」
「く、暗いだと!?うぐ………。いくら私でもそれは傷つくぞ。」
「そんなことよりさー。」
「そんなこと!?」
「なんかいい暇つぶしないかな?」
「知るか!そんなもの自分で見つけろ。」
はぁ、まったくこれだから神は嫌いなんだ。頭は固いし、こいつにいたってはメチャクチャ読書を勧めてくるし。俺は戦神らしく、ただ戦いがしたいのに。
「そんなに戦いたいのなら、地上に降りて色々とかき回してくればいいだろう。」
「いやでもそれって人に迷惑かかるじゃん?そういうのやりたくないんだよなー。」
「人に迷惑を掛けたくないなら、読書している私に話しかけないでほしいものだな。」
「いや、お前って人じゃなくて神じゃん?しかも神の中でも上位にいるイムホテプさんじゃん?」
「私が上位にいるのが分かっているのならば、もう少し私に敬意を示してもいいと思うが?」
「イムちゃん、面白いこと言うねー!」
「はぁ、もういい。もう俺に話しかけないでくれ頼むから。」
結局、いい暇つぶしの案は出なかったなあ。まあ頭の固いイムホテプに意見を聞いても良い案がでない事くらいわかってたんだけどね。でも流石にこのままダラダラしているのはもう飽きた。こうなったら、最高神である、ゼウスにでも相談してみるか。
「ほう、お主はそんなに暇つぶしがしたいのか?」
「こ、これは!ゼウス様!」
お、噂をすればなんとやらだ。いいところに来た。
「そうなんだよねー、なんかいい案ない?」
「お、おい、アレス!ゼウス様に向かって何たる口の利き方だ!」
「別に構わん。お主にも敬語を使わなくて良いと言っておるだろうに。」
「ゼウス様にタメ語を使うなど、畏れ多いことにございます。」
「まったく、頭の固いやつじゃのう。」
いやあ全くそれに関しては同感だぜ。こんなやつが最高神で本当によかった。まあ他にも緩い神はいるんだが、トップが緩いに越したことはないからな。じゃあ早速ゼウスに意見を聞いてみるか。
「何か良い案があるの?」
「うむ、そうじゃ。聞きたいか?」
「それは聞きたいね。どんなの?」
「自分が神である、という事を隠して、地上で生活するのじゃ。なかなか良いと思うのだがどうじゃろう?」
なるほど。確かに自分の立場を隠せば周りからは一般人だと思われるし、そういう体験をするのはなかなか良い暇つぶしになるかもしれない。しかも地上には最近降りてないし、それだけでも新鮮で楽しめそうだ。
「それに、地上で冒険者にでもなれば人に迷惑をかけずに戦闘をし放題じゃしの。」
「よし、乗った!」
やっぱりゼウスは天才だな。どこかの某イムホテプさんとは違うね!
「じゃあ、早速転送するとするかの。能力はそのままにするか?」
「そうだな、いざ地上で戦うって時に、弱すぎて戦えませんでした、じゃあお話にならないからな。でも地上に降りるんだから多少は弱体化しちゃうんだろ?」
「確かに弱体化はするが、地上の者にとってみれば強いことに変わりはない。神に匹敵するような敵でも現れん限り問題はないはずだ。それと、地上についての知識を少し教えておこう。これからお主は地上に降りるのだから、地上について最低限の事は知っておかなければなるまい。」
そう言われた俺は、1時間ほどゼウスから地上の説明をされた。
簡単に言うと地上の陸地は全て繋がっており、その真ん中に位置するのが人間の住む場所となる。また、その外側には魔物や妖精などといったものが多く存在するといったことだった。
それにしても、1時間の講義の説明がたった4文で終わるなんて、どんだけ薄い内容だったんだよ。
「あと、もう1つ注意をしておく。地上であまり迂闊に自分の立場を明かさないことじゃ。」
「わかったよ。まあ立場がバレても面白いことなんて1つもないからな。」
「よし。では、頑張りたまえ。」
「おう!」
そうして、俺の意識は途切れた。
「ここは、どこだ?」
目を開けると目の前には草原が広がっていた。ついさっきまでゼウス達と話していたはずなのだが。
「ああ、転送か。いやーあれは何度やっても慣れねえなあ。」
転送とは、神の中でも限られた者だけが使える、対象を別の場所に一瞬で移動させる事ができる魔法だ。それを使われると一瞬意識が飛び、その次の瞬間には風景がガラッと変わったように感じる。転送されると分かっていても、毎回毎回パニックに陥ってしまうのだ。
しかし、こんな事になるのも全部牧神パーンのせいだと考えることで、少し気持ちが落ち着いた。
「あいつが家畜に恐怖を与えるから、パニックなんて言葉が生まれたんだぞ。まったく、どうしてくれようか。」
パニック自体は生物の心理であるためパーンに対して怒るのはただの八つ当たりに過ぎないが、それでも何もしないよりはマシだ。
「じゃあ、さっそく冒険者登録しに街へいくか。」
こうして、俺の行き当たりばったりの旅が始まった。
「すいませーん、冒険者登録ってここで出来ます?」
「はい、できますよ。ではこちらの書類に必要事項を記入してください。」
俺は地上に降りてきてから1番最初に見つけた街の、冒険者ギルドに到着していた。この街はどうやら活気がよく、栄えているようだ。人の数も多いし、良い街を見つけたかもしれない。
ちなみにギルドは、見た感じ街の中でもトップレベルに大きい建物だった。と言っても1階建てなのだが、なにしろ敷地面積が大きい。
「えーっと、名前か。どうしようかな。アレスだから、アルとかにするか。安直だけどまあいいだろう。」
しかし冒険者ギルドはパッと見たよりもさらに大きく、また、冒険者であろう人たちで賑わっていた。冒険者というのはそんなに人気があるのか。正直びっくりだ。
因みに今の俺は人間の服装をしている。容姿も人間で、赤髪に黒目だ。これはおそらくゼウスによる配慮だろう。全く本当に良い奴だ。まあ、なんか裏があるかもしれないし信用する事は絶対できないけどな。
それに赤髪というのが珍しいのか、黒目というのが珍しいのかどちらかは分からないが、ここに来るまでにだいぶ注目を浴びた。これを考えるとやはりゼウスは良心だけで俺の姿を変えたわけではなさそうだ。
ちなみに俺の実年齢は1000を超えるが、見た目は20歳ほどである。実年齢に関しては1000を超えてから数えるのをやめたから正確な年齢は分からない。周りの神もみんなそんな感じだ。俺の知り合いで年齢を正確に数えているのはイムホテプくらいだろうか。
そんな事を考えながら、受付のお姉さんから受け取った紙に必要事項を記入し終わると、お姉さんが俺に話しかけてきた。
「それでは冒険者についての説明をしますね。冒険者にはランクというものが存在します。低いものから順にE・D・C・B・A・S・SSです。EからCまでは自分と同じランクの依頼を10個こなすことでランクアップが可能です。」
「依頼はどこで受ければいいんですか?」
「依頼は全てこのギルドで受ける事ができます。ちなみにこの町以外にもギルドがあるので、冒険者登録をした証である冒険者カードを提示すればそこでも依頼を受ける事ができます。」
そう言われて俺は銀色の冒険者カードを受け取った。そこには、ランクEという事と、俺の名前が書かれている。ちなみにこれはこの街で依頼を受けるときにも必要になるそうで、失くしたら再発行はできないらしい。なかなか厳しいな。まあ冒険者ってのはいざという時に町の住民を守る役割があるからな。自分の物も管理できない奴に町を守る役割など与えられないということか。
「それでは話を戻しますね。ランクB以上になるためには、依頼を10個こなした上でギルドの用意した試験を受けてもらう必要があります。また、自分より上のランクの依頼を受けることは出来ません。」
「試験というのは、具体的に言うとどんなものですかね?」
ここまで話を聞いた俺は、試験というものについて少し気になったので、少し聞いてみる事にした。まあ試験というからにはギルドの人間が立ち会うのだろうが、うまく手加減をしておかないと正体がばれるとはいかないまでも、警戒されてしまうかもしれないな。まあそれはそれで良い暇つぶしになりそうなもんだが。
「試験では、ギルドの指定した魔物をギルドの役員の前で狩ってもらいます。因みに魔物にも冒険者同様ランクが存在し、自分のランクの1つ上の魔物と戦ってもらうことになります。役員というのは、ギルドで新米冒険者の教師役などを行っている人達のことです。」
「なるほど。」
要するにCランクになったら依頼を10個こなしてBランクの魔物と戦わなければいけないという事だ。そのBランクというのがどれほど強いのかは分からないが、まあ俺からみればかなり弱いと思う。となるとかなり手加減をしなくてはいけないな。しかしSSランクの魔物は楽しみだ。そいつらなら俺でも手加減が入らないかもしれない。
それと、SSランクより上の魔物は設定されていないらしく、SSランクになるためにはSSランクの中でも強い魔物1匹か、Sランク程度の弱い魔物2匹を倒さなければならないらしい。
「それでは次にステータスについての確認をしますね。ステータス、と心の中で唱えることにより自分の力を確かめることが出来ます。試しにステータス、と念じてもらえますか?」
ステータス、と。
「ほう。」
心の中で唱えると、目の前に画面が広がった。そしてどうやらこれは、自分にしか見えないらしい。
それで、俺のステータスはこんな感じだった。
名前 アル
職業 冒険者(E)
LvMAX
HP 数値化不能
MP 数値化不能
STR 数値化不能
VIT 数値化不能
DEX 数値化不能
AGI 数値化不能
INT 数値化不能
スキル
焔属性魔法 瀑属性魔法 神技
こんな感じになっていた。ひどいなこれは。どういうシステムなのかはよく分からないが、レベルはMAXだしステータスは全て数値化不能となっており具体的な値が見えない。そして、スキルには神技というものがある。ざっくりしすぎだろ。ちなみに焔属性と瀑属性というのはそれぞれ、火と水属性魔法の強化版のようなものである。
「な、なるほど。」
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもない。」
「そうですか。それではこれから依頼を受けますか?」
「そうだな。じゃあ、Eで1番難しそうなやつを頼む。」
「いいのですか?また初日ですし、様子を見たほうがいいと思いますが。」
「大丈夫。いくら難しくても所詮はEランクだろ?間違っても死ぬことはないさ。」
そう説得し、お姉さんにに良い依頼を紹介してもらった。ちなみに彼女の名前はセリーと言うそうだ。
彼女は始め俺に難度の高い依頼を出す事を渋っていたが、Eランクならそこまで危険ではないだろうとのことで、最終的に承諾してもらった。
簡単なものといえど俺にとっては初依頼だ。その事実に少しワクワクしながら受付を離れ、セリーにもらった依頼用紙を眺めた。これは自分が受けている依頼の内容が細かく書かれているもので、その依頼を受けた事の証明にもなる。
そしてようやく、そこに書いてある依頼内容に目を通そうとすると、近くにいたがたいの良い男に呼び止められてしまった。
「おいおい、てめえ随分と冒険者を舐めてるようだな?見た感じだと冒険者なりたてだろう?そんな奴がなに『所詮Eランク』とか言ってやがるんだ。お前もそのEランクだろうが。」
「別に舐めてるわけじゃないんだけどねー。それより、人の会話を盗み聞きだなんて趣味が悪いよ?」
「ああ?てめえ、年上に向かって敬語すらも使えねえのか?よし、わかった。てめえには少し教育をしてやらねえとな。」
年齢でいったら俺の方が30倍以上は上なんだけどなあ。まあでもちょうどいい。冒険者の実力はどんなものか知りたいところではあったからな。もっとも、こんな絡み方をしてくる奴が強いとは思えないが。
「いいよ。どこからでも来なよ。」
そんな会話をしていると、周りのみんなが興味を持ったのかわらわらと集まってきた。中にはヤジをとばす者や、俺のことを心配する者までいる。彼らは全員冒険者なのだろうか。
「そこの新人くん、やめておいたほうがいいと思うよ。君が相手しようとしている彼はAランクの冒険者だ。新人の君に敵う相手じゃない。」
「忠告は有り難いんだけどさ、先にケンカ売ってきたのはアッチなんだよねー。」
そんな風に周りを見渡していると、1人の男から忠告をもらった。その忠告から、喧嘩を売ってきた男の情報を知る事ができた。まあ忠告してくれた人には申し訳ないがその言葉に従う気はない。
「まさかてめえ、俺に勝てるとか思ってるのか?」
「君こそ俺に勝てるとでも?」
「ほんとに口の減らねえ野郎だ。いいだろう。もう俺にそんな舐めた口聞けないぐらい痛めつけてやるよ。じゃあ、行くぞ!」
「はいよ。」
相手の男はどうやらゴルドというらしい。しかもそいつはこの町では強い事でかなり有名らしく、見物客の中には俺に対して合掌している者までいた。
そしてそのゴルドは本気で俺を殺しにきているようで、俺に向かってかなりの速さで近づいてきた。腕の動きを見るに、おそらく俺の顔を殴ろうとしているのだろう。しかしこんなの当たったら普通の人間は死んでしまう。少なくとも新人の冒険者相手には強すぎる拳だ。その事に少し怒りを覚えつつ、相手が俺で良かったとホッとする。
「へー、流石はAランクといったところかな?」
俺はゴルドの拳をギリギリで躱し、すぐさまカウンターで1発腹を殴ってやった。もちろん、手加減はした。といっても、普通の人間なら肋骨を折るほどの重症になるだろう。
「っ!!ゴラァ!!!」
俺はこれで終わらせるつもりで殴ったのだが、パンチを貰ったゴルドはすぐに立て直した。思っていたよりはタフなようだ。まあやはりただ速いだけではないということか。
そしてゴルドは獣のような声をあげると、全身から魔力が漏れ出し、獣のような姿に変化した。言ってみればライオンだろうか。唯一顔だけは元のままだが全身に毛が生えて、体格がさらに良くなっている。
「なるほど、ただの生意気なガキじゃねえってことか。だが、その程度じゃあこの俺は倒せないぜ?」
これが奴のスキルか。おそらく自分の体を獣へと変化させることで、ステータスを上げているのだろう。しかし、俺の前でステータスを上げるスキルなど無意味だ。なにしろ、どんなに上げたところで俺を超えることは出来ないのだからな。
「なに笑ってやがる?気でもおかしくなったのか?」
「いや、違うよ。ただ君は馬鹿だなあって思っただけだよ。まさかまだ実力差を理解できていないなんてね。」
「ちっ、その口をもう2度と開けないようにしてやろうか!!!」
俺の言葉を受け激昂したゴルドは、再度俺に突っ込んでくる。
「いい加減実力差を分からせてあげようか。」
若干イラついてきた俺は、ゴルドの突き出してきた拳を片手で止めた。おそらくこれで彼も実力差を理解してくれるだろう。そう信じてゴルドの顔を見る。
「なにっ!?」
あまりにもあっさり拳を止められたゴルドは、驚きで目を見開いていた。そしてその隙に、ゴルドの顔面を下方向に殴りつける。
相手は俺を殺しにきていたのだから、これ位は許してほしい。そして出来ればこの後はもう絡んでこないで欲しい。
「Aといってもこんなものか。Sはもっと強いといいな。」
俺が一発殴った事によってこの勝負は終わった。
それにしても人間の中で比較的強いと言われているAランクでもこの程度だとは思わなかった。非常に残念だ。まあこいつはAランクの中でも弱い方かもしれないし、こいつだけで冒険者全体を判断するのは早計というものか。
そんな失望したような俺の表情を見る事すらできないであろうゴルドは、顔が地面に埋まったまま動かない。おそらく気絶しているのだと思う。
しかしそんなゴルドを見ることなく、俺は依頼をこなしに向かった。
俺のいなくなった冒険者ギルドが、大騒ぎになっていることを知らずに。