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最果ての灯

作者: 甲斐飛鳥

 平日の朝、霧村祐毅は靴を履いて、少しだけ急ぐような動作で立ち上がると、傍らに置いた学生鞄を取り上げて早足で家の玄関を出た。いつもと変わらない日常を送るために。


「祐毅君の余命は後4カ月です」

診察室の中で両親と俺に告げられた残酷な言葉。

「う、うそでしょ、先生。冗談でしょ。後4カ月だなんて」

「……残念だが、本当のことなんだ」

その表情から嘘だと読み取ることはできなかった。

「祐毅君の病気は異核性摎筋病いかくせいこうきんびょうといって、神経が衰えていき、次第に体全体が衰弱してしまうものなんだ」

なんだ、そのイカ臭そうな名前は、喧嘩売っているのか。

「残念なことにこの病気は奇病でね、まだ治療法すら見つかって無いんだ。最悪の場合1カ月で死に至ることもあるが、君の場合は発見も早く、症状を遅らせる薬さえきちんと飲んでくれれば、4カ月くらいまで、もつだろうが」

言葉が出なかった。いや、感情すらも失っていた。俺の隣にいた母さんは父さんに抱きついて泣いていた。父さんは、隣にいる母さんを慰めながら、じっと先生の話を聞いていた。

「治る見込みは、ないんですか」

ずっと無言だった父さんが口を開いた。

「さっきも言ったように、稀な病気で、原因すら分かってない状態なんだ。今、私たちに出来ることは、薬を飲んで症状を遅らせることしかないんだ」

「それで、これからのことなんだが、生活は今まで通り普通に過ごしてくれて構わない。ただ、週に一回は必ず病院に来てほしい。それと、体に異変を感じた時も来てほしい。後、薬は朝昼晩忘れずに飲むこと」

そう言うと、先生は軽く会釈をし、部屋を出て行った。


 その日は、会話という会話は一切なかった。

家に着くと部屋に行き、ベットに倒れこんだ。

「は、は……、余命、4カ月か。今から数えると来年は迎えられそうにないな」

いつもと変わらない日々を過ごしてきた俺に、突き付けられた現実は、あまりに悲惨で残酷だった。死というのはもっと遠い存在であったはずなのに、すぐそこまで迫ってきている。

「でも、案外ラッキーなのかもしれないな。人は突然死んだりするのに、俺には死ぬ日がわかっている。つまり、これからどう過ごしていくか考える時間があるのだ」

脳内がポジティブ思考で埋まっていた。

「そもそも、死ねっていうのは、俺一人の問題じゃないんだろな。残された人たちのことも考えないといけないのか」

これからどうすべきなのだろうか。俺はいったい何をすればいいのだろうか。


 次の日。霧村家の食卓はいつもと変わらなく、母さんは朝食の準備をしていて、父さんは新聞を読んでいた。俺は、食卓に着くと朝食を済ませる前に言うべきことがあるのだ。

「父さん、母さん。話があるんだ」

二人は、作業を止めて、俺の前に座った。

「昨日のことなんだけど、あれから、ずっと考えたんだ。何をしたら、自分が満足に生活を送れるかを。そしたら、わかったんだ。自分が何を望んでいるかが」

『俺は、最後まで笑顔で過ごしたいんだ』

「今ある日常を、守っていきたいんだ。だから、お願いがある。息子の最後の頼みとして、父さんたちも最後まで普通の生活を送ってほしい」

「本当にそれでいいんだね。それが祐毅君の考えた選択なら、僕たちから言うことは何もない。だが、一つだけ約束をしてくれ。後悔だけはしないでほしい」

息子が親よりも早く死ぬということは、親にとってはとても悲しいことだ。

「さあ、ご飯だよ。早く食べて飛鳥ちゃんを迎えに行きなさい」

父さんも母さんもそれ以上のことは言わず、いつもの食卓に戻って行った。


 家を出ると、飛鳥の家を訪れた。

家の前に着くと呼び鈴を鳴らし、飛鳥の支度を待っていた。

「お待たせ、祐毅ちゃん」

数分もしないうちに飛鳥が出てきた。それから俺たちは、学校に向かった。

向かう途中、飛鳥は文化祭の話を切り出してきた。

「この間の文化祭、楽しかったね。天文部もそれなりに人が来てくれてプラネタリウムを見ていってくれたし、クラスの方もコスプレが特殊で、結構客が入ったらしいよ」

先日、本校で文化祭があって、我が天文部は生徒たちによる自作プラネタリウムを作り、クラスの方では男子が女装をし、女子が男装をする特殊な形での喫茶店が行われた。

「洸一の女装、見たか。なんか、すげー似合ってて、女子と間違えられた手を握られたんだって。あいつ泣いてたよ」

はははっ、隣で笑顔で笑っている飛鳥と文化祭の話をしながら、学校へ向かった。


「よー、ご両人、朝から見せつけんなよ」

教室に着くと、男子が面白半分に挨拶をしてきた。

「……誰だ、こいつ。こんなやつ、クラスにいたか」

「さあ。初めてみた顔だね」

いきなり、知らないやつに声をかけられた。不愉快な気分になった。

「俺だよ、俺。悪かったから、そういう反応するなよ~」

どうやら、声をかけてきたのは、俺の友人の洸一らしい。

「はいはい、オレオレ詐欺は結構だから」

洸一の文句を無視しながら俺達は、自分の席に着いた。

その直後、前の席にいた女生徒から声をかけられた。

「飛鳥ちゃん、祐毅さん。おはようございます」

優しい声が耳をくすぐった。

「おはよう、唯さん」

「ゆーちゃん、おはよう」

「お二人とも、相変わらず仲がいいですね」

「そんなこと無いよ。ただの腐れ縁なだけだよ。それを言うなら二人の方がもっと仲良しみたいだね」

そう言ってる間にも飛鳥は唯さんに抱きついて、ウリウリしている。

「本当ですね」

飛鳥と唯さんは、高校に入ってからの付き合いだが、二人とも性格のせいなのか相性がぴったしだ。どちらかというと、飛鳥が甘えている妹で、唯さんは妹思いの姉みたいな立ち位置にいる。


 そして、何事もなく放課後になった。

俺は、飛鳥や唯さん、洸一と一緒に部室に向かった。みんな同じ天文部で一緒に活動をしている。

部室をあけると同時に何かが倒れこんでくる。次の瞬間、ゴンッとその何かと衝突する。

「痛いです。目が回ります」

どうやら、ぶつかった主は、人間だったようだ。本人は何があったのか理解してなかったみたいだ。俺の顔を見ると慌てた様子で

「せ、先輩っ、大丈夫ですか。どこかお怪我はありませんか」

「大丈夫だよ、少し尻もちついただけだから」

「本当に、大丈夫ですか」

心配してくれている後輩に追い打ちがかかる。

「大丈夫だよ、秋菜。相手が祐毅なんだし、気にすることはないよ」

部室の奥の方から、失礼な発言が聞こえた。

「ちょっと、部長。その発言は、どういうことですか」

「うー、そのままの意味だよ。祐毅なんて転ぼうが、殴られようが、刺されようが、平気だもんね。もう、慣れちゃってるみたいだし」

失礼だな。さすがに刺されるのは痛いですよ。

「せ、先輩って、もしかしてMなんですか」

「部長―、部長の発言で俺の印象がガタ落ちじゃないですか」

「はははっ、細かいことは気にするなよ、祐毅」

いや、ぜんぜん細かくはないですよ。

「おーい」

後ろの方で、どう対応したらいいか分からなくなっている3人が声をかけてきた。

「ほら、部長。せっかく全員そろったんだからこんなところで口論してないで中に入りましょう」

我が天文部は、この6人で構成されている。どうだ、少ないだろう。

「しかし、暇だねー、七夕も終わったし、文化祭も終わってしまったな」

「そうですね、これからどうしましょう」

「はいはい、夏は文化祭の準備とかで忙しかったから、冬休みに合宿がしたいです」

飛鳥が珍しくまともな提案をしてきた。

「合宿かー、一度はやってみたかったから、いい機会だし、やってみようか。みんなもやりたいでしょう」

その意見は全員一致で可決された。

冬休みか~、俺には、そんな時間は訪れないんだよな。

「そういえば、今日の朝、流星群のことをニュースでやっていました」

突然、唯さんが話を持ちかけてきた。

「どうやら、今年は、こぐま座流星群がクリスマスあたりに見れるらしいですよ」

「へー、流星群か。何年振りだろうね」

流星群。前回の時のことは、よく覚えている。俺は、あの流星群を見て、星に興味を持ち始めたのだから。

「祐毅ちゃん、流星群楽しみだね」

「ああ」

その時まで生きていられればいいんだが。

それからの部活は、いつもと変わらず、駄弁って終わった。


 帰り道。俺は、朝と同じように飛鳥と一緒に帰宅した。

「ねえ、祐毅ちゃん。前回の流星群の事、覚えてる?」

部活中に話した流星群のことがきっかけだろう。

「ああ、もちろん覚えているよ。あの出来事は、俺にとって、とても眩しい出来事だったからな」


 あれは、小学校に入りたての頃、近所の夏目家の誘いで、近くの丘に流星群を見に行ったのだ。飛鳥の父親は、天文学者で、かつ俺の両親の同級生というのもあって、一緒に見に行ったのだ。今も飛鳥の両親は、大学の研究室に籠りっぱなしだという。話を戻すが、その時まで、星に全く関心のなかった俺が、生まれて初めて流星群を目にしたのだ。あの時の光景は、子供だった俺の目に、この世で一番美しいものだと思えるくらい美しく、魅了されたのであった。それ以降、俺は、星に興味を持ち始めたのだ。

「また、一緒に祐毅ちゃんと流星群を見られたらいいな」

「そうだな、俺ももう一度見てみたい」

死ぬ前に。


 死を宣告された日から、2カ月半が過ぎた。つまり、俺の寿命もあと1カ月ちょいしか残っていない。その間、特に病状も安定してて、残り少しの寿命なんて、嘘みたいだった。

ある日、俺はいつものようにげた箱を開けると、手紙が入っていた。差出人は書いてなかったが、手紙の中身を読むとラブレターだった。放課後、屋上で待っているとのことだ。俺がその手紙を読んでいる途中、飛鳥が横から覗き込もうとしてたので、素早く、かばんの中にしまった。

「祐毅ちゃん。その紙、どうしたの?」

「飛鳥には、関係ないことだ」

「うゅ…」

ちょっと、ショックを受けた顔をする。

「な、中身、知りたいなー、…なんて」

「だめ」

「うゅゅ、即答された」

「そんなことより、早く行くぞ」

そういって、俺は飛鳥を置いて、教室に向かった。


 授業中、視線を感じて顔を向けると、飛鳥が俺の方をじっと凝視していた。

やっぱり、さっきの手紙のことが気になるのか、授業中、ずっと監視をされている気分だった。

 放課後なると、俺は教室を出て、目的地に向かった。しかし、さすがの飛鳥も怪しいと思って、ついてくるだろうから、ある程度適当な場所に行き、まいてから屋上に向かった。

屋上に着くと、一人の女生徒が待っていた。彼女は、俺に気付くと、まっすぐ向かってきて、言葉を伝えてきた。しかし、最初から、俺の答えは決まっていた。もしかしたら、最後の記念にと思って付き合ったかもしれないが、今、そんなことをすれば彼女を悲しませるだけだから。俺は、彼女の告白を断り、いつものように部室へと向かっていった。まさか、人に聞かれているとも知らずに。


 いつもと一緒に、祐毅ちゃんと教室に向かう途中、珍しく、下駄箱で祐毅ちゃんが足を止めていた。手に持っていたのは、紙だった。何を持っているのか気になるため、覗こうとすると、気付いたのか鞄にしまってしまう。

「祐毅ちゃん。その紙、どうしたの?」

「飛鳥には、関係ないことだ」

「うゅ…」

「な、中身、知りたいなー、…なんて」

「だめ」

「うゅゅ、即答された」

ここまで隠すのは珍しい。そんなに見られたくないもの?

や、やっぱり、ラブレターなのかな。

「そんなことより、早く行くぞ」

そういって、祐毅ちゃんは先に行ってしまった。


 授業中、あの手紙のことが気になって仕方がなかった。そのため、ずっと祐毅ちゃんを観察してたが、いつもとなんの変りもない様子だった。

はぁ~、しかし、ラブレターか、祐毅ちゃん、もちろんOKするんだろうな。そうなると、私たちのいつもの日常が変っちゃうんだろうな。

いつでも祐毅ちゃんの側にいたい。だったら、早く告白しちゃえばいいじゃんっ、て感じだけど、多分無理だと思う。祐毅ちゃんは、私のことを幼馴染としか見てないんだもん。友人であっても恋人にはなれない。

でも…祐毅ちゃんが誰かと付き合うなんて耐えきれない。

断られるのが怖くて告白できないのにチキンな私はどうすることもできなかった。


 放課後になると祐毅ちゃんは部室とは違う方向に向かった。

やっぱり、手紙の主に会いに行くつもりなんだ。そう思い、私はこっそり祐毅ちゃんの後をついていくことにした。祐毅ちゃんは、とにかく学校中をウロチョロしていた。もしかして、祐毅ちゃん、私が尾行してるのに気づいてるのかも。そう思い、私は祐毅ちゃんと少し距離を置いて歩くことにした。祐毅ちゃんもまいたと思っていて、そのあとは、まっすぐ屋上に向かっていた。

屋上に着くと、祐毅ちゃんと女生徒がいた。

彼女は隣のクラスの明野さんだった。明野さんというのは、去年、私たちと同じクラスだった子だ。成績も優秀で、学年のなかでもかなりの美人のほうに分類される。しかし、きわめつけは、何といってもあの胸(洸一情報ではFカップで学園最強らしい)だ。とても、私なんかが太刀打ちできない。私は、そんな思いを抱えながら、彼らの近くの死角になっているところに素早く移動し、聞き耳をたてていた。


「君は明野さんだよね」

「はい」   

彼女はよほど緊張しているのか、目を合わせようとしていない様子だった。体にもガチガチに力が入り、見ていて気の毒だった。

「それで、話って言うのは……」

「あのっ」

「あ、はい」

明野さんは、ギュッと両手を握り、声を振り絞る。

「霧村君って、誰か付き合っている人、いるんですか。…たとえば、飛鳥さんとか」

「今はいないよ。飛鳥とは幼馴染だし」

幼馴染。やっぱり祐毅は私のことを幼馴染としか見てないんだ。わかってはいたけど、いざ聞いてしまうとショックを受ける。

「じゃあ、私にもチャンスがあるんだ」

「え!?」

「あたし、霧村くんのことが好きですっ。よかったら、お付き合いしていただけませんかっ」

「!?」

「去年、クラスが一緒だった時からずっと好きだったんです。でも霧村君モテそうだし、我慢しようと思ってたんですけど…」

「きちんと気持ちを伝えておかないと、後悔すると思ったのでっ」

「…………」

真っ直ぐな告白。誰だって、あんな美人に告白されたら付き合っちゃうよね。

はあ~、あんな美人じゃ勝ち目なんかないよね。

祐毅ちゃんももちろんOKしちゃうんだろうな。

「……ありがとう」

一拍おき、言葉を続ける。

「でも、ごめん。気持ちは嬉しいけど、明野さんとは付き合えない」

「!?」

!?、どうして。どうして、断るの。あんなに純粋でいい子なのに。

「ど、どうしてなんですか。理由を教えてください」

「ごめん。詳しいことは言えないけど、もし俺と付き合ったら、絶対君は後悔するから」

「…………それって、どういう意味なんですか」

「そのままの意味だよ」

「そうですか……わかりました」

「本当にごめん」

彼女が泣くのを我慢しているのは、一目瞭然だった。

「あの、呼び出してしまってすみませんでした。あたしの話はこれだけですのでっ……」

「あ……」

校舎の中へ駈けこんでいく明野さんを目で追い、祐毅ちゃんの方をずっと見ていた。

理由がわからなかった。祐毅ちゃんがなぜ断ったのか。どうして、後悔するなんて祐毅ちゃんが言ったのかも。しかし、祐毅ちゃんは、何事もなかったかのように屋上を去って行った。

「…………」

風がいつもより冷たく感じたのはどうしてだろう。


 あれから、数日が過ぎたけど、祐毅ちゃんは何も変わりはなかった。私も平然を装っていたけど、頭の中は、あの告白のことでいっぱいだった。

それからも、いつも通りだったけど、あんな事件が起きるなんて、予想もしていなかった。


 11月も過ぎようとしている朝、いつものように支度を済ませ朝食を食べている途中、こんなニュースが耳に入った。

「昨夜未明、暁市で高校生の男女が、いきなり来た車にさらわれ、近くの廃ビルで暴行を受けました。警察の調べによると、ここ数日に同じような事件が起きていることから、同一犯の可能性があると思い調査しています。暴行を受けた男子生徒に話を聞くと、犯人は20代から30代の男性4人だそうで、4人ともマスクのようなものを付けていたため、顔は見てないそうです。続いてのニュースです。先日、…」

「物騒だねー、暁市っていったら、隣の町じゃない。祐毅も気を付けなさいよ」

「わかってるって。ごちそうさま」

「ちゃんと、薬は飲んで行きなさいよ」

そういって、水と薬を用意してくれた。

俺は、水を口に含み。一気に薬を飲み干す。

「行ってきます」

ドアを開けて家を出た。


 今日一日も何事もなく終わった。冬になると、日が沈むのが早いのか、辺りは真っ暗だった。

「なあ、飛鳥。ここんところ、飛鳥の視線を異様に感じるのは、気のせいか」

なぜか知らないけど、授業中、妙に飛鳥の席あたりから視線を感じる。

「え、気のせいだよ。別に私は祐毅ちゃんの方なんか見てないし」

「そっかー、それならいいんだけど、最近、飛鳥の様子もおかしいなーっと思ってさ」

「私は全然平気だよ。祐毅ちゃんの考えすぎじゃないかな」

「そうかー。まあ、そうかもな」

隣でため息が聞こえたのは、気になるが。

結局、いつものように家に向かったが、路地裏に差し掛かろうとした途中、車が一台、俺たちの横に止まった。

それから、車のドアが開き、4人の男が降りてきて、一人の男が、いきなり飛鳥の腕をつかみ始めた。

「きゃっーーーーー。離してください」

飛鳥の叫び声がして、助けようと思ったら、2人の男に囲まれた。

「何なんだ、お前たちは」

「ああん、兄ちゃん。結構可愛い彼女を持ってるじゃないか。お兄さんたちにも分けてくれよ」

そう言っている間にも飛鳥は車の中に押し込まれようとしている。

5人組の男性。朝のニュースのやつらか。

「お前たち。もしかして、先日、暁市で暴行を起こした犯人か」

「ご明察。いやー、兄ちゃんは結構頭が切れるみたいだね。でもね、そこまで知られたら、一緒に付いてきてもらおうか。顔も見られたんだし」

顔が見られたって、マスクしてないんだから見られるに決まっているではないか。

「飛鳥になにかあったら、ただじゃすまさないからな」

「へー、ただじゃおかないって、どうするつもりなのかな。4人相手に」

確かに、相手4人だが、一人は運転席、一人は、飛鳥を車に入れるのにてこずっている様子だ。だったら、相手は二人。俺でもいけるだろうか。

「まったく、なんでいつもこう面倒事に巻き込まれるんだろうな」

「なんか、言ったか。ガキ」

「いや、あんたたちも運がないなっ、と思ってな」

「ああっ」

相手が不思議がっている間に俺は相手と間合いを取った。

「逃げるつもりならやめた方がいい。逃がすつもりはないからな」

相手は俺を逃がさないようにすばやく囲い込む。

「しぃや!」

無口だった男の早い突き。

俺は殴りかかってきた拳をかいかぐり、隙の生まれた脇に蹴りを叩き込む。男はそこで気を失って倒れた。

「へぇー、兄ちゃん。なかなかやるじゃないか。だが、これならどうだ」

そういって、男がズボンから光モノを取り出した。それと同時に、飛鳥に詰め寄っていた男と運転手がやって来た。飛鳥の体をロープで縛って、口をガムテープでふさいだ後、こっちの加勢に来たみたいだ。運転手もやばいと感じたのだろう。

「3対1になったな。どうする。降参するか。まあ、したとしても許すつもりはないがな」

「ああああっ!!」

傍らにいた相手はナイフは大振りのように繰り出してくる。

「だああ!!!」

相手の突き出したナイフをかわし右手をつかむとそれを軸にして、力のすべてを跳ね返して、体を倒した。

「がはっ!」

崩れ落ちた男の頭を踏みつけ、完全に意識を断ち切ってやる。

「おお、さすがだね。でも、まだこちらの方が有利だよ」

「確かにな。…だったら、今度はこちらから行くぞ」

もう一人のやつに直球のパンチを与えた。守る暇なんか与えない。ただの純粋なパンチだった。

「がはっ!」

崩れ落ちた男は意識を失っているようだ。

「これで1対1になったな。どうする」

さすがに男もやばいと感じて、余裕の表情をなくした。

「調子乗っているんじゃねえぞ。ガキが」

相手には殺気しか感じられない。さすがに、少しはやばいと思った。

男は俺との距離を一気に縮めて、襲いかかってきた。

「くっ」

避けることには成功したが、左手をかすめてしまい、血が出てきた。

男も傷を付けたことで、確信を持ち、また襲いかかってくる。今度は、男の腕をしっかり見極めて避け、隙の出来た脇に渾身の一撃のパンチを与える。

「くっ、くっそー」

そう言って、男はその場で崩れ落ちた。

一応全員は倒したが、さすがの俺も、さっきのナイフが痛かったのか、ぞっと痛みがこみ上げてくる。しかし、今は、そんな悠長なことを言っている間もなく、一刻も早く、飛鳥を助けなければならない。

当の飛鳥は、顔が涙でぐしょぐしょになっている。

俺は、飛鳥の所へ駆けつけ、縄とガムテープをほどいてやった。

「祐毅ちゃん。怖かったよー。ええーん」

飛鳥は緊張が取れたのか、俺に抱きついて涙を流している。男としては、うれしい光景だが、そうも言ってられないので、携帯を取り出し、警察と救急車を呼んだ。

「祐毅ちゃん。大丈夫なの。怪我してるみたいだけど」

「まあ、一応はな」

「ごめんね、私のせいでこんなことになっちゃって」

「別に飛鳥が悪いわけではないさ」

「で、でも…」

「まあ、飛鳥が無事でよかったよ」

俺は笑顔で飛鳥に言った。

飛鳥の顔が少し赤くなったのは泣いてるせいなのだろう。

5分ぐらいするとサイレンの音が聞こえた。

「来たみたいだね。警察」

「そうだな」

「祐毅ちゃ…」

「どうした、飛鳥」

飛鳥の様子が変だったので、聞こうとしたら

「え!?」

わき腹の方に何かを感じた。見てみると、背中から銀色をしたものが突き刺さって、体からは生暖かいものがあふれ出ている。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。

どうやら、犯人の一人が、俺のわき腹にナイフを刺したみたいだ。

(飛鳥があぶない)

そう思って、振り返り、犯人の体に蹴りを入れた。

「く!?」

犯人は気を失ったみたいだが、俺の方も少しやばい。

「祐毅ちゃんっ、祐毅ちゃんっ」

遠くで飛鳥の声が聞こえる。

どうやら、飛鳥の方は問題ないみたいだ。飛鳥を守ることができたのだから良かった。

俺の命ももうすぐなのだから、死ぬ前くらいには、大事な女の子を守れてよかった。

そう思って、俺の意識は途切れた。


 あの後、救急車が来て、祐毅ちゃんは病院へと連れられた。その間、私は警察の事情聴取を行うはずだったが、さすがに精神的にもまいってしまっていて、それどころじゃなかった。

祐毅ちゃんの両親は、すぐに病院に向かってきて、祐毅ちゃんの手術を見守っている。

私もただ見守ることしかできなかった。

一体何時間くらい時間が過ぎたか分からないけど手術中のランプが点滅した。手術室から先生が出てきた。

「あの、先生。祐毅の容体はっ」

手術室から出てきた先生に、祐毅ちゃんのお母さんが聞いていた。

「落ち着いてください。お母さん。祐毅君の容体はあまりよくありません。祐毅君が刺された部分は、なんとか縫合出来て、傷もわき腹の端の部分をかすめただけなので、そこまでは重傷ではなかったんですけど、病気の方に少し影響が出てきています。強い衝激を与えられたため、病気の進行が少し早くなってきています」

…病気って、何の病気? 進行が早くなったって、どういうこと。

「詳しいことはこちらへ」

そう言って、先生は二人を連れていった。

私は手術室から出てくる祐毅ちゃんを見守ることしかできなかった。


 あれから、どれくらい経っただろうか。私はずっと祐毅ちゃんの側にいたけど目覚める気配もなかった。

「祐毅ちゃん。ずっと居るから。祐毅ちゃんが守ってくれた私はここにいるから」

掛け布団からはみ出ていた祐毅ちゃんの手を軽く握りしめる。

それから、どれくらいたったんだろう。

「…………ぅ」

祐毅ちゃんの唇がわずかに動いた。

「ん…………」

「あ…………」

ゆっくりと開かれる祐毅ちゃんの瞳。体を動かさず、祐毅ちゃんの瞳だけが動く。

「あ、お、起きた」

慌てて握っていた手を離す。

「あれ…ここ、病院…。なんで、こんなところに」

しばらくの間、祐毅ちゃんは今までのことを思い出すようにつぶやいていたけれど。

「…あー、そういや、俺、刺されたんだっけ」

「うん」

「飛鳥、ずっと居てくれたのか」

「うん」

ニコッとほほ笑みながら、祐毅ちゃんに告げる。

「…そっか。医者は、なんて?」

「そのうち、祐毅ちゃんに伝えるって」

「そっかー。父さんと母さんは」

「今、ちょっと留守にしてるけど、そのうち戻ってくるよ」

「そういえば、飛鳥は怪我とかしてないのか。襲われて」

「平気だよ。祐毅ちゃんが守ってくれたんだもの」

祐毅ちゃんが体を張って守ってくれたのは、とてもうれしかった。でも、私のせいで、祐毅ちゃんは怪我をしてしまったんだ。

「祐毅ちゃん、助けてくれて、本当にありがとう」

「気にするなよ。当り前じゃないか、幼馴染なんだし」

「ううん、私ね、祐毅ちゃんが助けてくれたとき、本当にうれしかったんだよ」

「そ、そうか。改まって言われると、少し恥ずかしいな」

その後は、長い沈黙が続いた。5分ぐらいしたときに、扉が開いた。

「すみません。お目覚め中に悪いのですが、少し事件のことで詳しい話を聞かせてもらえますか」

入ってきたのは、若い警察官2名だった。

それから、事情聴取が少し続いた。結局、昨日の犯人は、例の4人組で間違いないみたいだ。祐毅ちゃんの行動も正当防衛で済んだみたいだし、事件は一見落着したようだ。

それから、部活のみんなもお見舞いに来てくれた。みんなもやっぱり祐毅君のことが心配だったみたいだ。


 その日の帰り、病院を出ようとするとき、病院の外にある喫煙所に誰か出てきたみたいだ。二人組見たいで、一人は祐毅ちゃんの主治医の人だ。煙草の匂いが漂っていた。

「例の病気の霧村君、目を覚ましたんですね」

…霧村君? 例の病気って?

「ああ…」

「目を覚ましたのは、いいんですが。治療法はまだ見つかってないんですよね?」

「珍しい病気だからね。異核性摎筋病は」

「あんなに若いのに、あと1カ月で亡くなるなんて。お気の毒に」

「なんて僕たちは非力なんだろう。そう気づかざるを得ないよ」

「ええ、そうですね」

「っ…」

悲鳴を上げそうになる口を自分の手でふさぐ。

…違う。祐毅ちゃんのことじゃない。違う、違う。私は自分の口を押さえて、何度も首を振っていた。祐毅ちゃんがあと1カ月で死ぬはずがない。

凍えきった中で、ピキンと、世界が壊れる音がした。


 あの事実を知ってから、私はネットで、先生が言っていた異核性摎筋病について調べた。異核性摎筋病は神経が衰えていき、次第に体全体が衰弱してしまうもので、発病したら4カ月で死に至る。

現在の医学では治療法もないため、薬で症状を遅らせることが最善の手段である。他のサイトを見ても助かった事例なんて1つもない。それだけ、不治の病ということが明らかになっていく。

「祐毅ちゃん、死んじゃ…駄目だよ…。もっと、祐毅ちゃんと、一緒にいたいよ…。まだ、好きだって伝えてないのに、死んじゃやだよ」

その日は、人生で一番泣いた日になってしまった。


 次の日、私はいつもと変わらない表情で、祐毅ちゃんの所を訪れた。でも、私の心は悲しみでいっぱいだった。

「おはよう、祐毅ちゃん」

「おー、飛鳥か。今日はどうしたんだ」

「祐毅ちゃんに会いに来ただけだよ」

「そ、そうか」

祐毅ちゃんは少しばかり照れている様子だった。

それからはいつもの日常の会話になった。私は少しぎこちない感じになってしまってはいたが、平然を装って話していた。

「おい、大丈夫か飛鳥」

「え!?」

「顔色が少し悪いぞ」

どうやら、無意識のうちに顔に出てしまったみたいだ。

「そんなこと無いよ。祐毅ちゃんの気のせいだよ」

「そうか? 悩みがあるんだったらいつでも言うんだぞ」

やっぱり、いつも祐毅ちゃんは私のことを気にかけてくれている。それは、たんなる幼馴染の決まりみたいに祐毅ちゃんは思っているかもしれないけど、私にとってはかけがえのないものになっている。いつも、祐毅ちゃんが隣にいてくれることが当り前だと思っていたけど、そうではなかったんだ。ちゃんとつかんでいないと逃げてしまう存在。だったら、私は祐毅ちゃんをキャッチしていたい。

「言っていいの」

「おう、なんでも言ってくれ」

「…祐毅ちゃんのことが好きだから。だよ」

…っ、言っちゃった。ついに祐毅ちゃんに告白しちゃった。

「えっ?」

祐毅ちゃんは、最初私が何を言ったかわからなかったみたいだった。でも、すぐに気づいたらしく顔が真っ赤になっている。

「えっと、それは、つまり…」

「告白、だよ…」

恋愛の告白。初めての告白。

ずっとずっと大事にしていた思い。

「そ、そうか…、告白か」

「う、うん、この間の祐毅ちゃんを見て、抑えきれなくなっちゃったんだよ」

「よりによって、こんなときにかよ」

突然の告白に、祐毅ちゃんは今までで一番、うろたえていた。

困惑顔で返答に困る祐毅ちゃんを、私はただ優しく微笑む。私と祐毅ちゃんとの関係が壊れていく。ずっと、幼馴染として通してきた関係が今、崩れていく。それを、壊したのは私。自分勝手かもしれないけど、私は祐毅ちゃんの側にずっといたかった。だから、言えなかったこの思い。たとえ振られてもいつも通り過ごしていく覚悟は決めていた。

「…………」

長い沈黙が続いた。

「ねえ、祐毅ちゃん。何か言ってよ」

「…ちょっと、考えさせてくれるかな。返事は後日に言うから」

「うん」

そういって、私は病室を出て行った。


 目が覚めた日。俺は先生から怪我の具合を聞かされた。

「今回の君の怪我は、たいしたこと無かったよ。刺されたところも運が良かったのかわからないけど、縫合することができた」

「そうですか。けど、ここに呼び出したってことは、まだ続きがあるんでしょう」

たったそれだけだったら、ここに来る必要はないはずだ。

「残念なことに、君の体は結構ガタがきている状態なんだ。その状態から、刺されたところが神経にショックを与えてしまい、君の病気は通常より進行が少しだけ早くなってしまったんだ。まあ、早くなったといっても2、3日くらいだから、そこまで影響はないと思うけど、今後また、どう影響を与えるかはまだわからないんだ。私の見立てでは、今月の20日前後に君は、麻痺を起し、その後は寝たきりになってしまうよ」

「こんなことは言いたくはないが、麻痺をしてから、5日以内に死に至る可能性が大なんだ」

「そうですか、わかりました」

「へえ、案外あっさりしてるね」

「覚悟はもうできていますから。失礼しました」

そう言って、俺は部屋を出て行った。

先日ので、死を確信してしまったから、覚悟はある程度は出来ている。このまま、いつも通りの日常を送ることさえできれば、俺は良かった。


 次の日に、飛鳥が病室にやってきた。平然を装っているつもりかもしれないが何かあったのはばればれだった。

いつものように軽い気持ちで、飛鳥に声をかけたが、まさかのこんなことになるとは思いもしなかった。

「悩みがあるんだったらいつでも言うんだぞ」

「言っていいの」

「おう、なんでも言ってくれ」

「…祐毅ちゃんのことが好きだから。だよ」

「えっ?」

最初俺は何を言われたのか理解することができなかった。理解はしたが、真正面から幼馴染に言われるなんて想像もできなかった。

「えっと、それは、つまり…」

「告白、だよ…」

告白。先日受けたのとは全然違うものだった。新鮮な感じがした

「そ、そうか…、告白か」

「う、うん、この間の祐毅ちゃんを見て、抑えきれなくなっちゃったんだよ」

この間っていうのはあの事件のことか。

「よりによって、こんなときにかよ」

本当にタイミングは最悪だった。病気だと知る前だったらOKしたんだろうな。俺だって恋くらいしてから死にたいと思った。でも、そんな悠長なことをいってられる状況ではなかった。俺は今月いっぱいでいなくなってしまうのだから。今、付き合ったら飛鳥を悲しませるだけなのに。

でも、断っていいのだろうか。飛鳥が勇気を振り絞っていてきた言葉なのに。もし、ここで断ったりでもしたら、俺たちの関係は今まで通り続いていくのだろうか。

悩めば悩むほど、頭がいっぱいになっていく。

「ねえ、祐毅ちゃん。何か言ってよ」

今ここで、答えを出すには無理があった。

「…ちょっと、考えさせてくれるかな。返事は後日に言うから」

「うん」

飛鳥はそう言うと、病室を出て行ってしまった。

ただ一人残された俺は、さっきの告白のことで頭がいっぱいだった。


 その日は一日中、飛鳥のことを考えていた。

どんな選択がいいのだろうか。何をしたら飛鳥を悲しませずに済むだろうか。ただ、それだけを考えていた。

夕暮れ時になると、父さんがやってきた。

「やあ、祐毅君。浮かない顔をしてどうしたのかな。何か悩み事があるのかな」

相変わらず、父さんは鋭かった。父さんの前では、どうしても嘘を付けなかった。

「父さん、相談があるんだけど」

「何、どうすれば父さんみたくイケメンになれるかだって」

「いや、言ってないし。…それより、父さんは、俺みたいな状況で告白されたらどうする」

「祐毅君、告白されたのかい。飛鳥ちゃんにでも」

ドキッ。心臓が止まりそうになった。

「なんで飛鳥なんだよ。違うよ、同級生だよ」

別に嘘は付いていない。告白されたのは事実だし。

「ふーん、祐毅ちゃんももてるんだね」

父さんはニヤニヤしながら俺の話を聞いた。

「とにかく、告白されたのはいいんだけど、返事をまだしてないんだよ」

「どうして、返事をしないんだい」

「ほら、俺ってこんな体だし、もう長くはないんだから、付き合ったら、悲しませるだけじゃないいのかなっと思って」

「そうだな。確かに祐毅ちゃんの選択次第で相手の悲しませ方が変ってくるね」

父さんも同じように思っているみたいだ。

「じゃあさー、祐毅君はどうしたいんだ」

「え!?」

「いや、相手のことをいっぱい考えているみたいだけど、祐毅君は、病気云々でどうしたいんだ」

「俺は…」

俺は、飛鳥の告白を受けて何を感じたのだろう

「相手のことを考えるのも大事だけど、自分がどうしたいのかを考える方が僕は重要だと思うよ」

「…ちょっと、説教じみちゃったね。じゃあ、僕は行くから、じっくり考えて結論を出すといいよ」

「うん、ありがとう父さん」

父さんのおかげで、もうひとつの選択肢が生まれた。

「俺がどうしたいのか、か」

少しだけ気持ちが軽くなった。


 次の日、俺は飛鳥を携帯で病院の屋上に呼び出した。もちろん、告白の返事をするためだ。

冬の風は、とても寒かった。

屋上のドアが開き、飛鳥が出てくる。

「おはよう、飛鳥」

俺は迷いのない声で挨拶をした。

「祐毅ちゃん、おはよう。…それで、話っていうのは」

飛鳥も俺と同じようにまっすぐを向いているように見えた。

「昨日の告白なんだけどさあ、俺、すっごく嬉しかったんだ。どんな男でも女の子に好きって言われるのは嬉しいものだけど」

「あれから、じっくり考えたんだけど、俺もなんだかんだ飛鳥のことが好きだったのかもしれない。でも、俺、鈍感みたいだから、その思いに気付くのに結構時間がかかっちゃったんだよ」

「俺は飛鳥のことが好き」

「それじゃあ、付き合ってくれるの」

「悪いけど、ちょっと俺の話を聞いてくれるか。答えを出すのはその後で」

「うん」

「…あのさあ、俺、今病気にかかっているんだよ。異核性摎筋病っていうので、神経が衰えていき、次第に体全体が衰弱してしまうものなんだ。どうも、その病気は、奇病らしく、俺の寿命も後1カ月が限界みたいだ」

「…………」

「だから、俺と付き合うんだったら、俺のことを知った上で決めてほしかったんだ。だから、飛鳥には選ぶ権利があるんだ。俺と付き合うかどうか」

飛鳥には決めてほしかった。これが俺に出来る唯一の答えだから。

「…………。知ってたよ」

「え!?」

「祐毅ちゃんの病気のこと、知ってたんだよ。知ったのは怪我をした日だったけど」

飛鳥の発言に驚愕した。

「じゃあ、飛鳥は知ってて、俺と付き合おうとしてたのか」

「うん。祐毅ちゃんのことが好きだから」

飛鳥の返答は、思いがけないものだった。知ってたなんて、思ってもいなかったから。

「いいのかよ、こんな俺で。後、たった1カ月しか生きられないんだぞ。それで、飛鳥は本当にいいのかよ」

本当にいいのか。こんな俺でも。

「うん。私決めたんだ。どんな時でも祐毅ちゃんの側にいて、祐毅ちゃんの支えになってあげたいんだ。それがあたしに出来る、祐毅ちゃんへの恩返しだから」

飛鳥は微笑んで、俺を見つめていた。

「ははは、飛鳥は強いな。俺は駄目だよ」

「誰かを悲しませるのが辛くて、何が一番悲しまないで済むかを考えていたけど、結局は、最後は誰かを悲しませてしまう結果だった」

あの時、父さんに言われるまで、俺はそんなようなことしか考えることができなかった。自分の意思を押し殺してでも、それを貫き通しかった。

「でもそれは結局、俺が病気から逃げていたことと同じ事だったんだ。誰かを悲しませるのが怖かったんじゃなくて、自分が死ぬのが怖かったんだよ」

あの診断を受けてから、ただずっと死ぬことが怖かったのに、それを奥にしまいこんでいたんだ。

「違うよ、私だってそんなに強くないんだよ」

飛鳥が悲しそうな声で言った。

「私は、祐毅ちゃんが困るとわかっていて、付き合おうなんて言ったんだから、ただ、自己中なだけなんだよ。それに、祐毅ちゃんだって、死ぬのがわかっていたのに、ずっと笑顔でいたじゃない。私をちゃんと守ってくれた。祐毅ちゃんは、弱くなんてないんだよ」

飛鳥はそう思っているかもしれないけど、結局、俺は弱かったんだ。

「…ねえ、祐毅ちゃん。辛いんだったら、一人で耐えなくていいんだよ。私が一緒にいるから、抱え込まなくていいんだよ、祐毅ちゃん。怖いのも、辛いのも一人で耐えることなんてないんだよ。私がずっと、一緒にいるから」

初めて言われた言葉。いや、ずっと前から言われたかった言葉だったかもしれない。

飛鳥は崩れ落ちそうになる俺にしがみつき、強く抱きしめた。

俺はその体にすがるように、顔を飛鳥の体に押し付けるようにして泣いた。

「俺、一人で泣かなくていいのか。一人で怖がらなくていいのか」

「…そうだよ、私がいつだって側にいるから。離れないから。だから、泣いたっていいんだよ。祐毅ちゃん」

「俺、死にたくなんてないよ。死ぬの怖えーよ」

「私も、祐毅ちゃんと一緒にいられなくなるなんてやだよ。もっと、ずっと一緒にいたいよ」

その後も俺たちは子供のように泣いていた。二人で怖い、怖いと繰り返しながらも。

飛鳥の前では何もかも捨ててしまった。飛鳥には何も隠さなくていい。

俺の死も恐怖も一緒に感じてくれる飛鳥。

おれはまだ飛鳥といていいんだ。一緒にいていいんだ。

泣きながらも飛鳥はずっと言い続けた。

「一緒にいようよ。ずっと一緒だよ、祐毅ちゃん」

飛鳥と俺の唇が触れ合う。

神様、飛鳥を俺に巡り合わせてくれて本当にありがとう。


 あれから、俺たちははれて恋人同士になった。恋人になったといっても、今までとは大差がなく、普通にショッピングに行ったり、お茶をしたり、駄弁ったりしていた。あるときには、男と女の関係にまで発展したこともある。

しかし、ずっといればいるほど、俺の体は病にむしばれていくのを感じる。

はははっ、そろそろ俺の体も限界かな。あの日、俺は飛鳥と二人で痛みを共有していくことを選んだが、もうさすがにガタが近づいてきている。

今度のデートはクリスマスの日になっている。きっと、それが俺でいられる最後の日になるという確信があった。


 クリスマス前日。俺は天文部で行われるクリスマスパーティーを行った。

さすがにみんなクリスマスには予定があるらしく、今日しか行うことができなかった。けど、俺にはとてもうれしいイベントだった。みんなには、俺が死ぬことは伝えてないのもあって、いつも通りだったけど、俺にとって、最高のパーティーとなった。死ぬ前に、こんなに楽しいパーティーが開けて、本当に良かったと思っている。


 クリスマス当日。

飛鳥との約束の時間は、夕方なので、それまでは家族と一緒に半日を過ごした。

昔から、クリスマスは家族で一緒にという習慣があったけど、両親は俺に気を使ってくれて、夜は飛鳥と一緒に過ごす許可をもらえた。

「なあ、母さん、父さん。俺さあ、この家に生まれてこれて、本当に良かったと思うよ」

昼時にそんなことを母さんと父さんに投げかけた。

「俺が病気になった時も、一生懸命芝居を続けてくれて、本当に嬉しかった」

いつも通り過ごしてくれることは、とても難しかったはずなのに、最後まで笑っていてくれて本当に嬉しかったんだ。

「…けど、俺はそんな父さんや母さんに何一つ恩返しすること出来ないんだ。こんな親不孝な子供で、本当にごめん」

感謝しても感謝しきれないほど愛してくれた両親に、何にも返せないことは、本当に申し訳なかった。

「そんなことは無いよ。生まれてきてくれたことが、既に親孝行だよ。少なくとも僕と母さんはそう思っている」

「父さん…」

「でも大丈夫だよ。後10年くらいすれば、また会えるかもしれない」

「そんなに早く来るなっ」

「あはは」

「あはは、じゃねぇよ。…ったく」

それから、色々な事を思い出しながら、家族との最後の団欒を過ごした。


 夕方になり、俺は飛鳥の所に向かうため、家を出た。

「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

「祐毅、ちゃんと最後は決めてきなさいよ」

何をだよ。

「父さんも母さんも、体に気をつけてくれよ」

そう言って、俺は霧村家をあとにした。



 待ち合わせ場所に行くと、飛鳥が待っていた。

「あ、祐毅ちゃんだ。おーい」

既に飛鳥は到着していた。

俺は飛鳥の所へ走ろうとした瞬間、体に激痛を感じた。

「!?っ」

どうやら、俺の体はもう限界だった。しかし、飛鳥が心配すると悪いから平常心を保って、飛鳥の所へ行った。

「じゃあ、行こうか」

そう言って、俺と飛鳥は食事へと向かった。


食事を終えるころには、辺りが真っ暗になっていて、クリスマスツリーのイルミネーションが明るく輝いていた。

「うわ、キレイ…!」

飛鳥は驚きを浮かべている。

「ちょっと、時間もあるし、その辺をうろうろしてごうぜ」

そう言って俺は、飛鳥の手を握り、歩いていった。

その辺の店を回っていくうちに、あっという間に時間も過ぎていき、いよいよ、今日の主役が近づいてきた。

「祐毅ちゃん、そろそろ時間だから、行こう」

そう言うと、俺たちは店を回るのをやめ、ある場所に向かった。

そこは、街の外れの丘だった。

街中は輝いていたのに、ここの丘は真っ暗だ。しかし、街の明かりのせいで、ある程度は見えている。

今日は、クリスマスであると同時にこぐま座流星群の日でもある。

俺たちは、これを見る為に、子どものときに来たこの丘に来たのだ。

「まだ、流星群は見れないね」

「まあ、そうだろうな」

「ねえ、祐毅ちゃん。前に子供の頃のことを覚えているか聞いたことがあったよね」

「ああ、飛鳥の父さんに連れられて、流星群を見たときのことか」

「うん。私たちはあの時に初めて知り合ったんだよね」

「そうだと思うけど、それがどうした」

「本当はね、私たちは、もう少し前から会ったことがあるんだよ」

「え!?」

それは初耳だった。

「引っ越す前、一度だけこの街に来たことがあるんだよ。その時のことは今でも忘れない」


 私は、両親の都合で引っ越してくることになったこの街に初めて来た時、迷子になってしまった。

「うええん。パパっ、ママっ」

子供だったので、泣くことしかできなかった私に、良くないことが起きた。

私の近くに野良犬がやってきたんだった。見るからに狂犬そうだった野良犬を見て、私はただ佇むことしかできなかった。

野良犬が私に咬みついてこようとしたときに、一人の男の子が現れたんだ。

「え!?」

男の子は私の代わりに、腕を野良犬に咬まれてしまった。赤い血が咬まれたところから、にじみ出ている。

その男の子は咬まれた腕を軸にして犬に、一撃のパンチをおみまえした。犬は、びっくりしたのか、逃げて行ってしまった。

私はその男の子に近寄った。しかし、私は男の子が私を庇って怪我をしてしまったことに対してひどく責任を感じていた。涙でぐしょぐしょになった顔で男の子に話しかけた。

「ご、ごめんなちゃい。わたちのせいで」

「大丈夫だよ、このくらい」

男の子は笑顔で言った。とても痛いはずなのに男の子は全然気にしていなかった。

「それより、君の方こそ大丈夫なの」

男の子は自分の持っていたタオルを腕に巻いて、私に尋ねた。

「うんっ」

「君、あんまりここら辺で見ない顔だね。もしかして迷子なの」

彼は、ポケットから取り出したハンカチで私の顔を拭きながら、尋ねてきた。

「うん、パパとはぐれちゃって」

「そうか、だったらお巡りさんの所にいけばわかるよ。案内するよ」

そう言って、彼は私の手を引っ張って、交番まで連れてってくれた。

交番に着くと私はお巡りさんと一緒にパパを待っていた。男の子は、名前も言わずに、私を交番に届けて帰ってしまった。

その時、私は初めて恋をしたのだった。


 あれから、1カ月くらいしたある日、パパの紹介で霧村家の住人と一緒に流星群を見に行った。その中に、私を助けてくれた男の子がいたのは驚いた。けど男の子は私のことをまったく覚えていなかったことには少しショックを受けたが、家も近かったので、

いつでも会えると思うと嬉しくてたまらなかった。


 飛鳥の話を聞くと、そんなことも子ども時代にあったのを思い出したが、あの時の少女が飛鳥だったなんて思ってもいなかった。

「あの日から、私は祐毅ちゃんのことがずっと好きだった」

飛鳥の口から改めて好きだと言われると照れてしまう。同時に飛鳥がそんなときから俺のことを思っていてくれたのに、俺は飛鳥の期待にこたえられない自分が悔しかった。

「あ、今、星が動いた」

突然飛鳥が空を指した、俺もつられてその方向を見ると、辺り一面に星が右上から左下へと動いていっている。

「流星群だ」

前見たときよりも、キレイで沢山の星が動いていた。

実際は流星群は、彗星から放出された塵が動いているらしいが、この際きれいなものだったら何でもよかった。

少しの間、空を見上げていると、一瞬、眩暈がした。

「う……」 

同時に全身が激痛に襲われた。

「な、なあ、飛鳥」

「なーに、祐毅ちゃん」

飛鳥は相変わらず流星群に夢中だった。

「そのまま、見ていながら聞いてほしいんだ」

「俺さあ、飛鳥と付き合えて本当に良かったと思う。未来のない俺なんかと付き合ってくれて、一緒に泣いたり、笑ったりしてくれて、本当に嬉しかった」

「小さいころから、飛鳥は俺のことを好きだったのにその思いに気付いてやれなくて本当にごめん。もっと、飛鳥と色々な事を話したかったよ」

「でも、この1カ月、本当に楽しかった。これは全部、飛鳥が与えてくれた幸せなんだ。飛鳥に出会えて俺は沢山の幸せをもらった。十分すぎるほどの幸せをもらったんだ」

「だから、俺の人生は幸せだったんだ」

「大好きだよ。飛鳥…」

体はとうに限界を迎えていた。

神様、俺は本当に幸せでした。良い家族に恵まれ、良い仲間、良い家族に恵まれました。

だからどうか、みんなが、飛鳥がずっと幸せでいられますように。

俺の意識はそこで止まった。


 丘の上で、祐毅ちゃんと流星群を見た夜。それが、祐毅ちゃんの最後だった。

倒れた後、救急車を呼んだが、駄目だった。

医者の話だと、ずいぶんと無理をしていたらしい。

けど、それは祐毅ちゃんが望んだことだから、誰も攻めることはできない。

祐毅ちゃんが亡くなることは、私や、祐毅ちゃんの両親は覚悟ができていたけど、部活のみんなはショックだったに違いない。

みんな、祐毅ちゃんの遺体を前にすると、涙を浮かべる。

それだけ、祐毅ちゃんが愛されていた証なんだ。


 祐毅ちゃんが亡くなって、どのくらい過ぎたのだろうか。私は抜け殻状態で病室の前にいた。

病室のドアが開くと、祐毅ちゃんのご両親が出てきた。

「飛鳥ちゃん。これ、祐毅の部屋で見つけたんだけど」

そういって、差し出してきたのは、『飛鳥へ』と書いてある封筒だった。ご両親は、気を使ってくれたのか病室へと戻って行った。

私は、封筒を開け、中を確認した。中には手紙と指輪が入っていた。

手紙を、開いてみるとぎっしりと言葉が書いてあった。

「祐毅ちゃんの字だ」

私は、その手紙を読んでみることにした。


『飛鳥へ


この手紙を読んでいる頃には、俺はもうこの世にはいないでしょう。

ちょっと、堅苦しい言葉になっちゃったかな。

付属品の指輪は、俺からのクリスマスプレゼントだよ。

良かったら、してほしいな。(冬休み中だけでもいいから)

でも、好きな男ができたら、捨ててください。


俺は、飛鳥に会えて幸せでした。

沢山の幸せをありがとう。

だから、今度は飛鳥が好きな男を見つけて幸せになって

ください。

今、俺の一番の願いは、飛鳥がいつまでも幸せでいてくれることです。


飛鳥は、まっすぐな子だから、俺の方なんて振り返らず

どこまでも、どこまでも前を向いて歩いてください。

俺は、この空で星になって飛鳥を見てるから。

いつまでも、この空が晴れていますように。

                         祐毅より』


「祐毅ちゃん、祐毅ちゃん…。私、忘れないから。祐毅ちゃんのこと、忘れないから」

涙が止まらなかった。

「だから、祐毅ちゃん。いつまでも、いつまでも傍にいてね」


 2年後

「ママ~、星がきれいだよ」

一人の女の子が、私に寄り添ってきた。

「そうだね。あの沢山ある星のひとつがパパなんだよ」

「パパはお星様になっちゃったの?」

「そうだよ。パパはね、お星様になって、いつも私たちを見てるんだよ」

「すごいね」

子供は感心している様子で私に言った。

ねえ、祐毅ちゃん。私、今、とっても幸せだから。


                       ―END―

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[良い点] 久しぶりに純愛という小説を読んだ気がします。最後の方は涙がポロポロでした。こんなに泣いたのは久しぶりです。 [気になる点] 主人公が亡くなる直前の病気と闘う姿などが見れるとさらに良いと思い…
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