寝つきが悪い
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いつも通り、午後十一時過ぎに睡眠導入剤を規定量飲む。そしてベッドに潜り込んだ。不眠症気味なのである。精神科に通い続けながら、治療していた。薬は欠かせない。眠前に必ず服用しているのだった。
刑事という職業柄、普段夜が遅いのだし、生活も不規則になりがちだ。R県警捜査一課に所属し、常に刑事事件を追っている。一つの班を率いていて警部補の地位だ。いざとなれば拳銃や警棒などを携帯し、現場へと向かう。その繰り返しだった。
「主任」
「何だ?」
「今朝のニュースでも報道されてましたが、午前八時過ぎに皆岡町で殺しがありました。県警のうちの班以外のデカさんたちが出動してます」
部下で巡査部長の川村が午前九時前にそう言ってきた。巡査の岸岡、三並も帳場でコーヒーを飲みながら、班の責任者である俺の方をじっと見ている。事件の詳細を聞かされた後、俺も怒号を解き放った。
「県警本部は殺人事件と見て、すでに近隣の所轄のデカたちにも応援要請をし、捜査を開始してる。後れを取ったが、すぐに臨場だ!」
「はい!」
部下たちが三人とも勢いよく声を上げる。そして各々拳銃を持ち、県警のあるビルを出、パトカーに乗って急ぐ。俺も思っていた。こんな時が続くと、不眠もひどくなるだろうなと。回転灯を灯したパトカーがすぐに現場へと走り出した。皆岡町は本部ビルからわずか五キロメートルほどの場所だ。そう遠くない。
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「鑑識からの連絡では、現場には篠山便一のDNAが残っていたそうです。害者の雪原瞳さんと揉み合ったようで」
「あの篠山がまたか……」
呆れていた。篠山は過去に三度、女性へのストーカー行為をし、いずれの件でも逮捕され、実刑を食らって刑務所で過ごしている。今度も多分ストーカーして、殺害にまで至ったんだろう。やりきれないと思っていた。ヤツを今度捕まえたら、無期懲役か死刑ぐらいにしてやりたかったのである。何度警察の御厄介になれば済むのだろう……?そう思っていた。
「県警捜査一課殺人犯捜査八係に連絡。マル被は郵袋道路を窃盗した車で北へと逃走中。すぐに向かってくれ」
――了解。
車載無線に連絡があったので、応答し、運転している川村に、
「郵袋道路は今混雑してるけど、裏道通れば、すぐに犯行車両に追いつけるだろう。そっちの方、回ってくれ」
と言った。
「分かりました。必ず逃走車両に追いつきます」
「頼むぞ」
一言言って、また俺の中に不安が残った。今度は殺しである。いつも事件を追い続けているのだが、殺人事件となると、そう容易くはいかない。また眠れない夜が訪れるんじゃないかと思うと、怖くてしょうがなかった。
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ちょうど川村運転のパトカーが郵袋道路の最北へと辿り着き、他の捜査班の刑事たちも追いついて、篠山の逃走車両を挟み撃ち状態にした。車を降りて、
「篠山、観念しろ!」
と言うと、四方を包囲された犯人がいきなり銃を取り出して構える。俺もそこにいた他の刑事たちも銃を一斉に正眼に構え、俺もオートの安全装置を外す。そして篠山が空中に一発、威嚇の意味で銃弾を放った瞬間、警官たちが一斉に銃の引き金を引いた。パーンという乾いた発砲音が数発聞こえ、蜂の巣状態になった篠山が背後に倒れて、辺りに血の海が残る。
軽く息をつき、
「……これでいいんだ」
と呟いた。そして篠山の死体を搬送させるため、警察病院へと連絡する。ホシを射殺したことはあまりいい後味がなかったのだが、仕方ないと思っている。マエがあるヤツはこうするしかないと。多分、逮捕しても反省など何らせずに、また女性へのストーカー行為を繰り返すだろう。どうしようもないヤツなのだった。
「主任」
岸岡と三並が駆け寄ってくる。俺も二階級下の刑事たちにあまり言いたくなかったのだが、
「何だ?」
と訊いてみた。
「確か、主任は不眠症の治療なさってましたよね?」
岸岡がそう言ったので、渋々頷く。凶悪な事件に遭遇するたび、不眠の度合いはひどくなってくるのは重々承知だったが……。
*
「幾分お疲れでしょうから、今から私が署までお送りいたします。仮眠をお取りにならないと、これからの業務に差し支えると思いますので」
三並が言った。篠山射殺に使ったオートをフォルスターに差し込み、
「車出してくれ。しばらく署内で休みたい。相変わらず不眠気味なんだし、疲れてる。少し休めば、また全開で仕事するからな」
と言い、近くに停めてあったパトカーに乗り込む。辺りは火薬残渣があり、臭気が漂っていた。軽く一呼吸し、歩き出す。三並が俺の後に付いてきた。普通自動車の運転免許はもちろん持っているのだが、そう頻繁に運転することはない。
辺り一帯が冬枯れていた。三並が運転席に座り、エンジンを掛けると、俺の方は助手席に滑り込み、車が発進する。それにしてもあのストーカーで、前科持ちの篠山を射殺できたことは何よりよかった。これから先、ああいった人間に遭遇する可能性もあるのだが、そんな時でも逮捕できない場合は遠慮なしに撃つつもりでいる。別に俺のこの決断に迷いはない。
それから数日間、寝つきが悪い日が続いたのだが、不眠症も刑事という職業柄だろうと思う。心身ともに疲れきっているので、夜眠りに入るタイミングが若干悪いのだ。睡眠導入剤を飲み、すぐにベッドに入っていた。少しでも眠れれば、それに越したことはない。そう思いながら過ごしていた。冬は何かと冷え込み、日々署に出勤するのも躊躇いがちになるのだが……。
(了)




