エピローグ
盛大なオーケストラに、高音域の女声と低音域の男声のコーラス、奏でる世界は人々を心から震撼させただろう。その美しさをいつでも聞ける為に作られたレコードは素晴らしいものだ。ハレルヤ、全能者にしてわれらの神は……。心が洗われる。
毎日毎日クソみたいな血と鉄と火薬の臭い、耳に残る銃声悲鳴に怒声罵声奇声。堪ったもんじゃない。
「たしかに。心から苦しくなるかもしれない。俺はならないけど。そんなことより机の上からその小汚い足を退けてくれないか」
ああ、悪い。しかし、やっぱり音楽はいいな。
「だからYESだ、て言ってんだろ。ほら、とっとと準備をしてくれ」
そう怒るなよ、アル。
【アルフレッド・スゥ 27歳。愛称はアル。身長は小さく163といったところだが、その小ささや体の細さからは想像できない程の腕力を持っている。幼少の頃、角膜を傷つけ失明。しかし、天才的な空間把握を身につけ、僅か10歳で地域の射撃コンテストで優勝。それからの上達はまさしく神童と謳われる】
「あのねぇ、俺は出来るだけ早く仕事を終えたいんだ、ロウ。何てったって―――」
「ブラックジャガーズの試合だろ?明々後日だっけ?それまでには終われるだろ。今日現地に行って、明日にゃ済ませて、明後日には帰宅。ほら、バッチシ!」
【タケヅチ・ローレン 28歳。愛称はロウ。小柄なエミルとは打って変わり、身長は192と大柄、そしてはち切れんばかりの筋肉を持っている。しかし、巨体と呼ぶには引き締まっている。生まれつき感覚が鈍かった。現在は生活に支障をきたす事はないが、唯一回復しなかった感覚が、痛覚だった】
蓄音器の針を上げると、流れていた音楽は止む。パチリと電源を落とすと、ロウは机に立てかけていた大きなトランクを持ちながら腰をあげた。
「アルは準備出来てんのかよ」
「4ヶ月と3日、あと11時間25分前にね」
肩にかけていた細長い黒のケースをロウに見える様に手で少し肩から離すとロウは小さく溜息をつく。
「おいおい、正確に把握してんじゃねえよ、嫌みかっての」
「ロウ、窓は?」
「閉めた。アル、ガスは?」
「閉めてる。鍵は?」
「持った。出たら閉める」
「ならOK。早く行こう。バスに乗り遅れる」