あくまで平凡な転生者〜バイトくんの事情〜
昔書き溜めていたものを発見したので、うpしました。
彼女と出会ったのは3年前、私が療養と称してこの地に引っ越してきた時だ。
当時学院でも主席として――時折ふと何もかも馬鹿馬鹿しくなって全てを放り出したくなる時があっても、見て見ぬ振りをしながら、実に優等生らしく振る舞っていた。
寄ってくる人間は全部汚い欲にまみれた人間ばかり。
嘘の仮面を貼り付けたその笑顔には今でも吐きそうになる。
それでも後ろ盾のない私は媚を売りながら我武者羅に勉強に励む他なかった。
そんなある日、私はスランプに陥った。
いかなる時でも冷静に呪文を唱え錬成陣を完成させる事が出来ていたのに、どんなに簡単な魔法でも途中でかき消えてしまうようになったのだ。
スランプはなかなか治らなかった。
その間に寄ってきていた同級生や教授、化粧臭い女共はあっという間に離れていった。
人付き合いなど億劫でしかなかった私でも、それは物寂しかった。
だんだんと孤独になって、それでもスランプの治る気配のない私に、地方での療養を勧めたのは学長だった。
私はその案を受けた。
兎に角この場から離れたかった。
学長の知り合いが経営している農園で、私は世話になる事になった。
その農園はそこまで大規模ではないものの、そこそこの大きさを誇るこの付近では有数の農家だった。
彼女はここの所有者の娘だった。
「賢い娘でねぇ。この辺の学校の先生じゃとてもじゃないがおっつかないのさ。良かったら勉強を教えてもらいたいのだけれど」
奥方から話を聞いたときは、ああ、学長はだから私を推したのか、と思った。
学園内では役立たずになったが、未だに成績だけは主席だったから。
私は断るわけにはいかなかった。
***
彼女は私のことを農園にきた新しいバイトだと思っているらしい。
バイトなのは間違っていないだろう。
ただ農園の仕事は出来ないよ。
一度彼女があまりにも楽しそうだからやらせてもらったが、次の日筋肉痛がひどくて勉強を教えるどころか立ち上がることすら出来なかったからね。
勉強といえば。確かに近所の子供よりは出来る方だが、そこまで騒ぐ程ではなかった。
それよりも驚いたのは魔術の才能だ。
僕が魔法学校の学生と知ってどうしても見せて欲しいと懇願され、失敗を覚悟して一番簡単な火魔法を使って成功し、人知れず脱スランプを歓喜した翌日。
何と彼女はその魔法を見事再現して見せたのだ。
それも詠唱一つ無しに。
普通どんな簡単な魔法であれ、詠唱と型が必要である。
だが彼女はどんなに難易度の高い魔法でも一度目にすれば使えた。
僕も学校では神童だの百年に一人の逸材だのと言われていたが、本当の天才とは彼女のような人のことを言うのだろう。
彼女は自分の顔が平凡だから、魔法学校へ行けなかったのだと、実に残念そうに言った。
確かに学校のスカウトは顔の良し悪しが左右している。
何て勿体無い。
こんな存在を見落とすなんて学校は馬鹿じゃないのか。
いや、彼女はあんな所に行かなくていい。
彼女に魔術を教えるのは僕一人でいい。
秘密ね、と可愛らしく言って、二人でこっそりと授業をするのも。
その際キラキラした目でこちらを真剣に見つめる眼差しも。
わざわざ今の幸せを壊す馬鹿をする必要が何処にある?
あと、彼女は照れ屋さんだ。
今もちょっと首筋に擦り寄っただけだというのに、顔を真っ赤にさせて正論を並べ立て、どうにか腕の中から逃れようとするんだから。
本当可愛い。
ふふふ…悪いけど、腕の中からはともかく、僕からはさすがに逃さないからね。ん?
歳の差?
やだな、愛にそんなもの関係ない、って言うだろう。
大きくなったら覚悟して?
あぁ、でもその前に近所で最近うるさい魔王とやらでも始末しておこうか。