ドアーズ〜2度目の人生〜
不思議と言えば不思議な話ではございますが
ドアと部屋はつながっているように
人生にも入り口と部屋があります。
一つの部屋に多くのドアがあって
どのドアを誰が選ぶかで
その人個人の人生が決まってしまうわけです。
この話もまた
多くのドアの一つでございます……。
僕が、この道を選んで良かったと思ったのは、先月のことだ。
推理小説「蜃気楼殺人事件」は、僕初的な人気が出て、ドラマ化されるまでになった。
お金も入った。女も出来た。今まで人目につかなかった僕の人生は、一気に注目の的となったのだ!
しかし、何かやりきれない気持ちがあった。
(僕が望む小説は……推理ではない……感動なんだ!)
そう思うようになってしまったのだ。
推理では物足りない……欲求不満だった。
そこで、僕は決意し
「推理小説ではなくて、感動のノンフィクションが書きたい!」
と、ある雑誌に言いつけた。
むろん、担当者は首をかしげた。が、僕の気持ちは伝わったのだ!
「仕方がない……頼んだよ」
やった!自分の道が歩める!
しかし、世風は冷たかった。
「あいつ、推理小説家のままでいれば良かったのに……」
「道を間違えたんだ。きっと……」
しくじった!調子にのりすぎたんだ!
人気はぐんぐん下がり、連載中止どころか、他誌に連載していた推理小説もろとも、地の底へと落ちていったのだ。
金も名誉も女も、そして幸せも奪われた僕は、どうやって生きていこうか?
あっ!そうだ。確か占い師の婆さんが……
「ほう……あんたは推理小説で行くと売れるよ。うんうん……。さぁ、私を信じて頑張ってごらん……。もし、失敗したなら、もう一度チャンスを上げるから……」
ハッと、その言葉を思い出した。
(よし!あの婆さんに会いに行こう!)
僕は車を走らせた。勢いよく!
自分の名誉を取り戻すために、必死だった。
(あった!このビルの裏路地に……)
確かに、婆さんはいた。ひっそりと、静かに……。
「婆さん久しぶり。実は……」
「失敗したんだね。ケケケケ……」
婆さんの微笑みに、背筋が凍り付いたが、そのまま話を続けた。
「そう。失敗した。もう一度、チャンスをくれねぇか?」
「ええすよ。じゃ、医者に……なってみるかい?」
その言葉のまま、僕はいつの間にか医者になっていた。
医者だもの。お金はバンバン入るし、とにかく女が寄ってきた。
でも、やっぱり何かが足りなかった。
(金だけが……幸せじゃないんだ……)
またしても、やるせなさが襲った。
もう嫌だ!こんな人生は!
ふと脳裡を駆けめぐったのは、婆さんだった。
もう一度チャンスを……そうだ!婆さんに会いに行こう!
駆けようとした時、唐突に看護師の声が聞こえた。
「先生!急患です!」
「すまんが、今忙しくて……」
「推理小説家の……」
はっとした。次に読み上げたのは、紛れもない……僕の名前だ!
僕はメスを握った。顔も僕だった。まるで鏡を見ているようだ!
開胸。ダメだ、完全につぶれている!
あぁ、なんて馬鹿なんだろう。僕が求めていた幸せは、金ではなかったんだ!
欲深い自分が……悪かった……。
手術室には、ただピーという心電図の音が響いた。
沈黙が、続いた。
「……尽力した結果です。先生……?あれ?」
看護師や病院中の先生が必死で探したが、僕を見つけることは出来なかったそうだ。
そして、死んでしまった僕、つまり、推理小説家の僕は、この後にしっかりと葬式が行われて、弔われたそうだ。
あ、そうそう。一つ言い忘れた。
自分の人生は自分で決めないと、僕みたいな運命をたどることになるからね。
宗教がらみの老いぼれ婆さんとかに
心の隅に入り込まれて……。