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雨ノ人

作者: 晴恋
掲載日:2026/03/30

 (雨、止まねぇなー)

教室の1番後ろの席で、日本史の授業を受ける高校生の穂積は、窓の外で激しく降り続く雨を見ていた。


 (雨は嫌いだ。今の時代、スマホ1つで何でも出来るし、車は自動運転を始め、空を飛び始めた。なのに、傘を差そうがカッパを着ようが、雨に濡れないことは不可能だ。どれだけ時間が経てば、雨の日の憂鬱は無くなるんだろうか)

 そんな事を考えている穂積は、黒板の前で喋る教師の話を全く聞いていない。

「…こうして約80年前に雨ノ人達は絶滅しました。テストには出しませんが、忘れてはいけない出来事ですので覚えておくように」


 キーンコーンカーンコーン…

終わりのチャイムが鳴り、穂積の机に男子が数人集まってきた。

「なぁ、知ってる?雨ノ人の女の子って美人らしいぞ」

(ふぁー眠い…)

あくびをする穂積は、友人達の話を適当に聞き流し、ぼーっと雨空を見ている。



 2日後。穂積が学校から帰っていると突然雨が降り始めた。

「ちっ…」

(今朝の気象予報士のお姉さん、顔は可愛いくせに予報外してんじゃねぇか)

 心の中で悪態をつきながら、雨を凌げる場所を走りながら探す穂積。


 (あ!…あそこにするか)

見つけた屋根付きのL型ベンチの端には、年配の男性が座っていた。穂積は男性と反対側の端に座る。

(にわか雨かな…)

制服に付いた雨粒を手で払い、スマホをいじり始めた。


 「降らないって言ってたのにねぇ…」

突然、年配の男性が呟いた。

(独り言だよな…?)

穂積はスマホを見続けている。

「雨は…好きかい?」

男性は穂積の方を見ていて、穂積もその視線に気付いた。

(!?俺に話しかけてる…)

「あんま…好きじゃないですね…」

「そうかい。僕は好きなんだよ、雨が」

「はぁ…」

 男性は戸惑う穂積を気にせず話し続ける。

「僕が14歳の時、学校から帰っていると突然雨が降ってきたんだ。走りながら雨を凌ぐ場所を探していたら、少し年上の女の子が1人で雨宿りをしていてね。ちょうどこんな屋根のあるベンチに。色白の肌に、透き通るような茶色の髪…。僕は少し緊張しながら間を空けて隣に座った…」


 約80年前。

「…。」

屋根に落ちる雨の音が2人を包み込む。

「雨は好き?」

少女は少年に話しかける。

「えっ…あ、好きです…」

「ふふっ、私も雨は大好き」

笑顔でそう言う少女を見て、顔を赤くする少年。


 「それから雨の日は、彼女とそのベンチで話をするようになった。雨が止むまでの短い時間だったが、本当に幸せな日々で」

穏やかに話す男性の顔をじっと見た穂積。

(彼女との甘酸っぱい思い出ってやつか)

「しかし、ある雨の日…彼女は来なかった。ずっと、ずっと待っていたが、夜になっても現れなかった…。その日以降、彼女が僕に会いに来ることはなかった。…何故だと思う?」

「え…引っ越したとか?」

「違うよ。彼女は…雨ノ人だったんだよ」

(雨ノ人…。あ、この前の授業で聞いたような…)

「最後に会った日、彼女は僕に言ったんだ。この先、雨が降り続いたら私達のせいかもね…って。だから僕は、雨が降るたび彼女を思い出すんだ。最後にもう一度会いたかったなって…」「…。」

(よくわかんねぇけど、何か後悔してるのかな?)

「お、止んだかな」

空を見上げた2人。

「じゃあ、僕は行くよ。聞いてくれてありがとう」

 杖をつきながら去って行く男性を気にかけながら、穂積もベンチから立ち上がった。


 水溜りを避けながら家に向かって歩いていると、

「あれ!穂積じゃん」

と同じクラスの友人が後ろから声をかけてきた。


 「なぁ、この前授業でやった雨ノ人?って、もういないんだっけ?」

穂積は一緒に歩く友人に問いかけた。

「お前、授業真面目に聞いとけよー」

「いつもは真面目なんだけどな」

「はいはい。で、雨ノ人がいるかって?」

「うん」

「いるわけないじゃん。一人残らず生贄にされたんだから」

「え…」

「そんなことより、さっきさぁ…」

(生贄…?)


 友人と別れ、家に帰り着いた穂積は、スマホで雨ノ人について検索を始めた。

「あった」

ズラリと並んだ文章と写真をゆっくり確認する。


 今から500年以上前『竜清』と言われる小さな村があった。そこに住む人達は【雨ノ人】と呼ばれる人種で、雨を操る力を持っていた。その力は村の中でのみ使うことが許されていた。特殊な力を持つ雨ノ人は、他の人種と交わることを禁止されており、少しずつ人口は減少していった。

 そして今から約80年前。西日本で過去最大の干ばつ被害が起こった。人々を救うため、政府は雨ノ人達の力を借りることを決めた。

 竜清の長は、村の外で力を使うことは命を落とす危険な行為だと反対したが、聞き入れられることはなかった。

 大人から子供まで、全村人が集められた雨ノ人は力を一つにし、大量の恵みの雨を降らせた。その雨は3日間降り続いた。

 雨が止み終わると大きな虹が各地で発生し、人々は喜びに包まれた。しかし、雨乞いを終えた雨ノ人達は全員死亡。

 それから毎年この3日間は必ず雨が降り続くのだ。


 「なんだよそれ…」

(…ってことは、あのじいさんが言ってた子は、この雨乞いという名の生贄の犠牲者ってことだよな…)



 数日後。

「最近の天気予報は、どうなってんだよ」

文句を言う穂積は雨に濡れながら、雨宿りできる場所を探していた。


 (人がいるけどいいか…)

公民館の軒下には少女が立っていた。

(うわ、可愛い…)

ラッキー、と思いながら少し離れた位置に立った穂積。

「…。」

「…雨は好きですか?」

(!?)

横を見ると少女と目が合った。

「…そんなにかな…」

(この前もおんなじこと聞かれたな)

「梅雨でもないのにたくさん降って、雨ノ人の仕業かもね」

「え…でも、雨ノ人って絶滅したんじゃ…」

「…歴史上はそうなってるし、竜清は滅んだ。だけど…雨ノ人の末裔は生きてるよ。…私とかね」

「…!?」

 前に授業の後、友人達が話していたことを思い出した穂積。


 「雨ノ人の女の子って美人らしいぞ」

 「色素の薄い茶髪に、色白の肌で、澄んだ瞳なんだろ?そんな可愛い子なら俺も会いてぇー」


 (あ、この子の見た目、まさにそうだ…)

少女は雨の降る空を見つめながら話を続けた。

「元々、政府は竜清の存在をよく思っていなかったの。そんな時に過去最悪の干ばつが起きて、雨ノ人を利用することを思いついた。長は最後まで抵抗したけど、結局村の人は雨乞いとして生贄にされた。…でもね、長は数人の少年少女達を隠し、村から逃していたの。竜清の細かい人口を政府は把握していなかったから、人数が足りないことがバレることはなかったの」

「え、でもさ、仮に生き残ってたとしても、雨ノ人って他の人種と結婚とか出来ないんじゃないっけ?」

「雨ノ人同士の子供じゃないと力が強く引き継がれないからだよ。他の人種との子供は力が減るの。だから長は村から外へ出る事、他の人種と関わる事を禁止したの。ま、私のひいおばあちゃんは、たまにこっそり村を抜け出して、村以外の人と会ってたらしいけどね」

(え、それって…)

「でも、力の存続よりも生き残ることを選んだの。だから今生きている末裔達は、ほとんど力がない」

「そうなんだ…」

「ふふ、信じてないでしょ?」

「いやっ…そんなことは…」

 少女はスッと立ち上がり、穂積の方を向くと片手を軽く上げ、手のひらを上に向けた。


ザァーザァー…


 急に雨が激しくなった。

(!?)

ニコッと笑った少女が手のひらを閉じると雨は止んだ。

「…。」

「雨が一生降らなければ、人間はいつか滅ぶんだよ。だから雨のこと嫌いにならないで。…じゃあ、私帰るね」

「…あのさっ!」

穂積は立ち去ろうとする少女を引き止めた。

「…君のひいおばあさんって、まだ生きてる!?」

「えっ…生きてるけど…入院してる」

「会いたがってる人がいるんだ」



 次の週。病室にいる穂積の前では、ベンチで会った年配の男性と少女のひいおばあさんが泣きながら抱き合っていた。穂積の横には、嬉しそうな顔をした少女がいる。


 穂積は窓の外で降る雨を静かに見ている。

(雨は嫌いだ。お気に入りのスニーカーは汚れるし、カバンに入れていたノートはふにゃふにゃになるし。…多くの命を守るために貴重な命を犠牲にした過去は、どんなに雨が降ろうが消し去ることはできない。きっと、何百年経とうが、雨はちょっとした憂鬱を俺たちに降り注ぐ)


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