第4話 姉の影と、元婚約者の視線
私が姉の髪の毛をハサミでバッサリ切った数日後、姉はカツラを被った。黒髪のおかっぱ頭に変身したのだ。
町の仕立て屋が用意した金髪のウィッグではなく、あえて黒髪のカツラを選んだので驚いた。
おしゃまな女の子だった姉が、そんなカツラを選ぶのが不思議だった。
「どう、似合ってる?」
「似合ってない」
私が正直に答えると、姉は苦笑した。
翌朝、朝礼の後に侍女長のナーディアさんから、話があるから残るようにと言われた。もしかして、書斎に侵入したことがバレたのかしら?
私は言い訳を考えようと、あれこれ頭を巡らせた。
「ちょっとこれで、お洒落な服を一着買いなさい」
手渡されたのは銀貨だった。私の給金より多いじゃない。呆気にとられた私の顔を見て、ナーディアさんは笑った。
「また、ルーちゃんを連れてきてね」
猫好きのナーディアさんの部屋には、何度かルーを連れていったことがあった。その可愛がりようで、この人の猫好きは本物だと思った。
でも、さすがに貰いすぎだ……。
「いいのよ。あなたはほとんど実家に帰らず、仕事に精を出してくれたわ。それに、給金を貯めて実家に仕送りしているのでしょう? 私も同じ立場だったから、気持ちはわかるわ」
「ありがとうございます」
侍女長のナーディアさんは、私の生い立ちが「貧乏な家」だと信じ込んでいる。もしかして、私ってそんなに貧相に見えるのかしら。
ただの雑用係だった私に、新たな仕事が舞い込んだ。
双子の娘たちの世話を言いつけられたのだ。
ルチアとミーア。やっと掃除から解放されたけれど、この五歳児たちは厄介だった。とにかくいつもいなくなるので、目が離せない。庭に出れば植え込みに隠れ、見つかればキャッキャとはしゃぐ。
かくれんぼの相手に選ばれただけか。でも、なんだか気晴らしになった。私は本気で双子を捕まえ、悪戯がひどいときは叱責した。
貴族の子の相手なんて簡単だわ。私と姉は仲が悪いけれど、この双子はとても仲がいい。いつも一緒に悪巧みをしている。なんだか、少し羨ましく思った。
私の仕事は遊び相手だけではない。先生役も仰せつかった。私が双子の勉強を見ていると、ライネーリ伯爵家の長男ジェラルドが部屋に入ってきた。
「へー、本当に大人しく勉強してるんだ」
ジェラルドは姉ルイーザの元婚約者候補だ。私は戸惑ったけれど、顔には出さなかった。机に向かっていた双子が振り返る。
「モニカの教え方が上手いのよ」
「どれどれ」と、ジェラルドが近づいた。教えていたのは算術だ。頭のいい双子は足し算引き算を早々に卒業し、今では掛け算と割り算を教えている。
「うーん、女の子に算術は必要ないと思うけど」
「裁縫はこの子たちの得意分野ではありません。いずれ複式簿記を覚えた方が役に立つと思います」
「複式簿記? 商人に嫁ぐのならありかな」
「貴族が没落する原因は、領地内の放漫経営です。それを正すには、算術の基礎を学ぶことが必須だと思います」
ジェラルドが私の顔を覗き込むように近づいた。私は思わずのけぞった。
「あ、ごめん。モニカ……だったよね」
「はい」
「いずれ、また」
そう言って、ジェラルドは居間から出ていった。
私は冷や汗をかいた。もしや姉の妹だとバレるのではないかとドギマギした。
「モニカ、顔が赤いよ」
「ほんとだ。熱があるんじゃない?」
双子が言った。
からかっているのだ。本当に、貴族の子どもって耳年増なんだから。こうなったら、目一杯しごいてやるわ。覚悟しなさい!
昼食を終えて、厨房へルーの餌を取りに行った。賄いを食べ終えたウーゴが待っていた。
「ありがとう」
「いいってことよ」
私は鍋を受け取った。ルーは昼間は庭で遊ばせているので、いつもの餌場で待つ。
ニャーオー。
ルーが尻尾を立ててやってきた。いつものように鍋に顔を突っ込んで、ガツガツと食べている。
食べ終えたルーは、私の足に体を擦り付けた。抱っこしてほしいのね。いいわよ。
「まるで赤ちゃんをあやしているみたい」
マリエッタがやってきた。私の隣に腰を下ろす。
「ルーが羨ましいわ。モニカを独り占めできるなんて、ずるい」
「マリエッタも、ルーと同じくらい好きよ」
「嬉しい」
マリエッタが、私の肩に頭を預けてきた。おいおい、こんなところを見られたら誤解されるじゃない。
実際、普段から一緒にいることが多いので、仲の良さは屋敷中に知れ渡っているけれど……。
「私、ルーちゃんに嫉妬してるみたい。猫に生まれたらよかったな。じゃあね」
マリエッタは立ち上がって雑木林に向かった。このところ、義眼の痛みが激しいらしい。川の水で患部を冷やす頻度が多くなっていた。
私はマリエッタの後ろ姿を見つめた。
目の痛みは限界に近づいてるかもしれない。




