表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パンティージャムジャムおじさん

作者: KOU/Vami
掲載日:2026/01/31

 ユーレイドレシア地方各地に伝わる童謡


 夜の街に現れる

 不思議なおじさん。

 その名は――パンティージャムジャムおじさん。


「パラダイス~☆♪♡」

 と歌いながら、石畳を軽やかに踏む。

 背中の小さな鈴が、風もないのにちりん、と鳴った。


 街灯の下、彼の帽子はどこか異国の道化師みたいで、

 長い外套の裾がふわりと踊るたび、

 見えない光の粉がひとひら舞う。


 子供たちは不思議そうに彼を見つめる。

 目が合うと、おじさんはにっこり微笑んで、


「ムッフン☆♪♡」

 と答えた。

 そして胸を張るように、


「パンティージャムジャムだよ!」


 その名を聞くと、みんなが笑い声を上げる。

 笑ってしまう。なぜだか、声が弾んでしまう。

 “パンティージャムジャム”という音が、

 口の中でころころ転がって、くすぐったいから。


「パンティージャムジャムおじさんだよぉ」


 おじさんは、おどけるように両手を広げ、

 街を練り歩く。

 その後ろに、いつの間にか小さな列ができる。

 最初は二人。次は四人。

 気づけば十人。


「キミもジャムジャム?」


 そう声をかけられると、子供たちはつい手を取ってしまう。

 手は温かい。けれど、温かさの奥に、

 夜の冷たさが一枚挟まっているような、

 妙な感触があった。


「ムホホ~☆♪♡」


 笑い声が響く。

 それだけで、街が少し明るくなる。

 怖いことなど何もない、と言われた気がして、

 子供たちは一緒に踊り出す。


 石畳の上で、くるり。

 街灯の輪の中で、くるり。

 影が重なって、ほどけて、また結び直される。


 ――でも、その姿に潜む謎を、誰も知らない。


 大人たちはどこかへ消えていた。

 家の窓は閉じ、店は看板を裏返し、

 遠くで犬が一度だけ吠えたきり。

 夜の街は、子供の足音とおじさんの歌声だけで満ちていく。


「パラダイス~☆♪♡」

「ムッフン☆♪♡」

「パンティージャムジャムだよ!」


 その言葉は、歌というより、合図だった。

 合図が響くたび、列は少しずつ伸びる。

 家の前を通り過ぎ、

 いつもの角を曲がり、

 いつもなら行かない路地へ入っていく。


「ねえ、どこまで行くの?」

 誰かが聞くと、おじさんは振り向いて、


「ジャムジャムは、遠いほど楽しいよぉ」

 と、さらりと言った。

 その声が、なぜだか胸の奥まで届いてしまう。


 道は、少しずつ変わっていく。

 街灯は間隔が広がり、

 石畳は土に変わり、

 店の明かりは遠くの点になった。


 それでも、おじさんの背中だけははっきり見えた。

 消えない光が、背中に縫い付けられたみたいに輝いているから。


 ふいに、おじさんが足を止める。


「つ・か・ま・え・た☆」


 囁き声。

 それだけで、みんなが驚き、笑い声が止まった。

 風が一度、列を横切る。

 鈴が、ちりん、と鳴る。


「みょだぁ」


 おじさんは、変なつぶやきを落とす。

 まるで、言葉の鍵穴に、別の音を差し込むみたいに。


 その時、列の一番後ろの小さな子が、

 遠慮がちに手を挙げた。


「おじさん、パンティーってなに?」


 問いは、針のように夜を刺した。

 おじさんは一瞬黙り、

 それから、ゆっくり優しく微笑む。


「それはね……」


 間を置く。

 その“間”が、やけに長い。

 長すぎて、子供たちは息を合わせるのを忘れた。


「パンティーはね、魔法の布なんだ。

 それをジャムジャムすると、幸せになれるんだよぉ」


 魔法の布。

 幸せ。

 子供たちは不思議そうに、その言葉を聞きながら、

 夢を見る目でおじさんを見つめる。


 “幸せ”って言われると、

 なんだか足が軽くなる。

 もう少し行けば、もっと楽しいことがある気がしてしまう。


「パラダイス~☆♪♡」


 再び歌い出し、

 おじさんは歩き出す。

 列も歩き出す。

 笑い声は戻らない。

 代わりに、みんなの口が同じ言葉を覚え始める。


「パンティージャムジャム♪」

「パンティージャムジャム♪」


 歌は、笛の代わりに道をつくる。

 歌の通りに足が動く。

 曲がり角は自然に曲がり、

 橋は自然に渡り、

 街の外れの古い水路へ、列は吸い込まれていく。


 水面に街灯が揺れる。

 そこだけが、妙に暗い。

 暗いのに、おじさんの背中の光だけが、

 ゆらゆらと頼りなく、けれど確かに導いている。


「ムッフン☆♪♡」

 おじさんが振り返り、

 にっこり笑った。


「パンティージャムジャムだよ!」


 その瞬間、歌が少し高くなる。

 鈴がもう一度、ちりん。

 光がひとひら、落ちる。


 そして――次の瞬間。

 夜の街は、急に静かになった。


 翌朝。

 パン屋がシャッターを上げ、

 牛乳屋が瓶を並べ、

 猫が路地を横切った。


「……あれ?」


 最初に気づいたのは、

 いつも一番早起きの母親だった。

「起きなさい」と呼んでも返事がない。

 布団は温かいのに、そこにいるはずの“子”がいない。


 次々と、同じ声が上がる。

 窓が開く。

 戸が開く。

 通りに人が出てくる。


「昨日、うちの子、夜に……歌って……」

「“パンティージャムジャム”って……」

「まさか、あの……」


 誰かが言いかけて、黙る。

 言葉にすると、音が消えてしまいそうで。

 笑ったはずの名を、

 今は誰も笑えなかった。


 その時、街の外れの古い水路の柵に、

 小さな光がひとつ残っているのが見つかった。


 鈴でも、星でもない。

 ただの、ひとひらの――“布”の切れ端。

 朝日を受けて、きらり、と光った。


 風が吹く。

 切れ端は、ふわりと揺れ、

 まるで歌うみたいに、かすかな音を立てる。


 ――パラダイス。


 聞こえた気がして、

 誰もが顔を上げた。

 けれど、そこにはもう何もない。


 ただ、遠くのどこかで、

 笑い声が一度だけ、ころん、と転がった。


「ムッフン☆♪♡」


 それは夢だったのか。

 それとも――新しい夜が、もう始まっているのか。


 街は今日も動き出す。

 けれど、誰かの口がふと、無意識に歌いかけてしまう。

「パンティージャムジャム♪」


 歌いかけて、はっと止まる。

 止まった声の先で、

 見えない誰かが、にっこり笑った気がした。


 パンティージャムジャムおじさんの謎は、

 深まるばかり。


 それでも、その歌声は――

 夜の静けさを破り、

 街の闇を照らし続ける。


 そしてまた、どこかで。


「ムッフン☆♪♡」

「パンティージャムジャムだよ!」


 また新たな夜が、始まる。

お読みいただきありがとうございました!

他の作品も読んでいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ