説明のバランス
Web小説を極める ― 作者の“快感ベクトル”と読者の“欲求ベクトル”のズレ
書けば書くほど気持ちいい。
理論や設定を詰め込むほど、自分の中で「完成度」が上がっていく。
――それは作者として当然の感覚だ。
だが同時に、読者はその「詰め込み」にうんざりしている。
「うわ、また説明か」「設定が多すぎて覚えられない」
そう感じた瞬間、ページを閉じる。
作者の快感と、読者の快感は、
違うベクトルで動いているのだ。
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作者の欲求:ラーニン×ランクの快感
作者は「理解」と「達成」によって快感を得る。
構築した世界、緻密な設定、理論的整合性。
それらを積み上げるほど、脳内ステータスが上昇する。
ラーニン(学び)の充足と、
ランク(自分の知的価値の上昇)の快感。
つまり、作者にとって「説明」はご褒美なのだ。
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読者の欲求:ユナイト×ライフの快感
一方、読者が求めるのは共感と生感覚。
キャラクターの感情、物語のリズム、行動の余白。
読者にとっての快感は「自分が物語と一体化できること」。
過剰な説明は、その“同調回路”を遮断する。
ユナイト(共感)が途切れた瞬間、
読者の脳は“飽き”を感じる。
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情報量の黄金比
ここに「食事バランス」の原則がある。
作者にとって、説明や理論は“おかず”であり、
読者にとっては“ご飯”の味を邪魔するスパイス。
つまり、情報は調味料であって主食ではない。
詰め込み過ぎれば、物語の“栄養吸収”が阻害される。
黄金比はこうだ。
理解3:共感7。
説明は飾り程度、読者が“体感で理解できる”レベルに留める。
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サイサイセオリー的解釈
•作者:ラーニン(理解)+ランク(達成)を満たす快感構造
•読者:ユナイト(共感)+ライフ(体感)を求める快感構造
この2つのベクトルは、方向が異なる。
つまり、作者が気持ちいい構成ほど、読者は疲れる。
だからこそ、作者は「詰め込む衝動」に対して
“構造的な自制”を設計しなければならない。
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結論:読者の満足は、作者の我慢から生まれる
書けば書くほど、自分の頭はスッキリする。
だが、読者の頭はいっぱいになる。
作者が快感を得た瞬間、読者の快感は冷める。
だから、本当に上手い作者は、快感を“抑制”して書く。
物語を極めるとは、
「書きたい情報を、書かない技術を身につけること」だ。
それは、最も高度で、最も成熟した“創作者の快感”である。




