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7.アンジェリカの話 裏話

「……というわけで、シェリルさんのおかげでとってもうまく行きましたの」

 そううっとりと恋する乙女の瞳でことの経緯を説明してくるアンジェリカに、シェリルは「はぁ……」と相槌を打った。

 彼女とはある舞踏会で知り合った仲である。有力な辺境伯を母方の祖父に持つ彼女は同じ伯爵家といえどシェリルのトリスタン家よりも格上の存在だ。

 刺繍の一件でもなければこうしてお茶を飲む仲になることはなかっただろう。

 そんな彼女からある日打ち明けられた悩みはこうだった。

『婚約者が浮気しているのは察しているが、立ち回りが巧妙でなかなか証拠がつかめない。そしてアンジェリカ自身は他に両片思いの好きな人がいるのでできればこの婚約を相手有責で破棄か解消したい』


「ねぇ、シェリルさん。どうしたらいいと思う?」

「……なぜわたしに尋ねられるのですか?」

 口元をわずかに引き攣らせながら聞き返すシェリルに、彼女は「あら」とおっとりと微笑んだ。

「だってシェリルさん。あの『ドレスの事件』ではとってもお上手な立ち回りだったのですもの。そんなあなたならきっと良いアイディアを思いつくのではなくて?」

「……そうですねぇ」

 その確信を持った態度にシェリルは誤魔化すのを早々に諦めた。ここで自分は何も画策していないなどとカマトトぶっても、彼女は納得しないだろう。

「うかつな女性と浮気をするように誘導してはどうです?」

「『うかつな女性』?」

「ええ」

 シェリルは思い出す。

 先日の友人からの相談だ。彼女の婚約者に擦り寄っていた女性は確か学園に通う『パートナーがすでにいる男性』によく擦り寄っていたという。

「たとえばあなたと婚約者が仲良くしている様子を見て羨ましく思った女性がその婚約者に近づくことがあるかも知れません。怪しいと思ったあなたはその女性を見張っていて浮気が露呈するかも知れませんね」

「まぁ!」

 シェリルの『例え話』に彼女は目を輝かせた。

「それってとっても素敵な話だわ、シェリルさん! その『うかつな女性』にも心当たりがあるわ、学園のご学友なのだけれど」

「ついでにうまいことすれば浮気の発見はその『意中の方』にお任せできるかも」

「あら、どうして?」

 きょとん、とアンジェリカはその青い瞳を瞬かせる。

「わたくしが見つけてお父様にお伝えするのが自然じゃないかしら?」

「意中の方とは両片思いなのでしょう?」

 シェリルは澄ました顔で紅茶を口に運んだ。

「彼もあなたを助けたいと思っているのでは?」

「まぁあああっ!」

 その提案はとても魅力的だったようだ。彼女の瞳は星のようにきらきらときらめいた。

「なんてロマンチックなのかしら? 彼がわたくしのことを助けてくれて結ばれるだなんて! さすがはシェリルさんだわ!」

「お気に召していただけて嬉しいわ」

 やんわりと微笑むシェリルに彼女はこくこくと力強く頷いてみせた。

「さすがはヴィンセント様を利用して腹違いの姉を追い落とした方だわ!」

 それはわざわざ口に出さなくていい。

 そう思いつつも何も言うことができず、シェリルは柔和な笑みを浮かべて首を傾げてみせるので精一杯だった。


「わたしは犬をけしかけろなんてアドバイスはしてませんけどね」

 先日の出来事を思い出してうんざりしつつ、いまだにうっとりとしているアンジェリカにシェリルはそうぼやいた。

 その足元にはシーザーと名付けられた彼女の愛犬がお行儀良く伏せている。

「だって彼ったらこれだけお膳立てしてあげたのに、ちっともプロポーズしてくれないんだもの」

 シェリルの言葉に彼女は可愛らしく頬を膨らませてみせた。

 だから犬を新しい恋敵と誤認させるとは、なかなか考えたものだ。

 とはいえ、

(『犬』ねぇ……)

 シェリルの視線の先でシーザーは「わん!」と元気に吠えてみせる。

 シェリルにはその彼女の『意中の方』が、将来うまいこと彼女におだてられつつコントロールされる未来が見えた気がした。

 今回と同じように。

(まぁ、それはそれで幸せなのかしら?)

 なにせ気づいていないとはいえ、相手もそれを喜んで受け入れているのだろうから。

 破れ鍋に綴じ蓋ねぇ、と自分のことは棚に上げるシェリルである。

「それにしてもアンジェリカさん、あなたどうしてわざわざそんな下手な刺繍をしているの?」

 話がひと段落して、シェリルはずっと気になっていたことを尋ねた。

「あなた、もっと上手にできるじゃない?」

 その問いかけに彼女はシェリルと話しながらもせっせと縫っていた刺しかけの刺繍を膝に置いて微笑む。

「まぁ、さすがはシェリルさん、おわかりになられますか?」

「そりゃあ……」

 シェリルは呆れてその手元を見た。

「修正する度に下手になっていくのだもの。うまくいきすぎたところをわざと下手に直しているようにしか見えないわ」

「うふふ」

 彼女はその指摘にとても嬉しそうに微笑む。

「だって、彼は刺繍の腕なんか気にしてはいないのですもの」

「だからって……」

 わざと下手ぶる必要などないだろうと言おうとしたシェリルに、彼女はにやりと笑った。

「彼以外の人に好意を向けられるだなんて、気持ちが悪いでしょう?」

「…………」

「うふふ」

 にこにことアンジェリカは微笑む。その笑みはまるで毒花だ。

「ああ、でも彼と結婚したらもう言い寄られることもないでしょうから、もう少し刺繍が上手になってもいいかしら?」

(ああ、この人が自分の敵じゃなくてよかった)

 その彼女の発言に、シェリルは内心で安堵すると共に舌を巻いた。

 彼女は敵に回すにはあまりにも厄介な相手だった。

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