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5.マリーの話 裏話

「ねぇ、シェリル! あなたのおかげだわ! 全部うまくいったの!!」

 そう興奮気味に友人が話しかけてくるのに、シェリルは「しー」と人差し指を立てて見せた。

「もうマリー、声が大きいわ。ここはあなたの屋敷ではないのよ。こんな話が誰かに聞かれたら困るわ」

 そのシェリルの注意にやっと我に返ったのか、彼女はきょろきょろとあたりを見回した。

 ここはとあるカフェの一席である。富裕層がよく利用する流行りの場所で年若い貴族がお忍びで出かけてくることもある場所だ。

 観葉植物や衝立などが適宜置かれて個室に近い仕様になっているとはいえ、声が通って会話の内容が聞かれてしまっては困る。

 静かな店内に知り合いがいないことを確認した後、「でもね、シェリル」とマリーはひそめた声で続けた。

「本当に感謝しているのよ。問題が解決するだけじゃなくてジェイクとの仲もより良くなったの。あなたはわたしの名探偵、……ううん、『恋の妖精様』よ!」

「はぁ」

 神話に出てくる縁結びを取り持つ妖精になぞらえられて、シェリルはなんと言ったらよいか分からず曖昧に微笑む。

 今回のことの起こりは数日前、マリーから相談を持ちかけられたことだ。

「シェリル、どうしよう。ジェイクが他の女性に取られちゃうかも」

 そう言って泣くマリーのことを慰めて事情を聞き出したのも今はもはや懐かしい。

 話はこうだ。どうやら婚約者であるジェイクの通う学園には相手のいる男性にちょっかいをかける質の悪い女生徒がいて、その人にジェイクが目をつけられたというのだ。

 それをマリーは数少ない学園に通う友人の令嬢から聞いたという。

 そしてジェイクを奪うためにその女生徒はマリーの悪い噂を流しているのだという。

 最初は驚き戸惑うだけだったマリーもその『女生徒』がジェイクに言い寄りその『悪い噂』をジェイクに直接吹き込んでいるところを目撃してしまったことでそれが事実だと確信に至った。

 しかしそこからどうしたら良いのかが分からなかったらしい。

 ジェイクと会っても彼がなんだかよそよそしい。彼が彼女の言うことを信じてマリーのことを嫌ってしまったのではないか、とそうシェリルへと相談してきたのだ。

「落ち着いてちょうだい、マリー。まだわからないんでしょう?」

「でも本当に仲が良さそうだったの! もうだめかもしれない……」

 さめざめと泣く彼女に、シェリルは眉を寄せた。

 マリーはシェリルの幼い頃からの友人だ。つい最近までシェリルが継母や腹違いの姉によって外部との接触を制限されていたせいで親交を絶っていたが、解放されてから真っ先にシェリルのことを案じて連絡をくれたのが彼女だ。

「あなたがそんな大変な目に遭っているなんて、気がつかなくてごめんなさい」と謝ってくれたのも。

(正直、気は進まないんだけど……)

 大切な友人のことでなければ本来、このような口出しは控えるところだ。しかし泣き続けるマリーにシェリルは静かに口を開いた。

「いい? マリー。これからわたしがする提案のことは誰にも話してはだめよ?」

「シェリル?」

 涙に濡れた翡翠の瞳で見上げてくるマリーに、シェリルは苦笑しながらその目元をハンカチで拭った。

「『悪い噂』が流れているというのならば、そしてそれが『デマ』だというならそれを突き止めてもらいましょう」

「……でも、一体どうやって」

「マリーの好きな本、名探偵キャサリンならどうするかしら?」

 シェリルのその言葉に彼女ははっと何かに気づいた顔をした。それにシェリルはうなずいてみせる。

「そう、そうね、それがいいわ! 大変かも知れないけど、わたしやってみる! シェリルも手伝ってくれる?」

 そう尋ねてくる彼女に、シェリルは笑みを深める。

「いいえ?」

「え」

「わたし達は何もしないわ。真実はいつだって自分の手で見つけ出したほうが信憑性があるものだから」

「え? ええと、それってどういう意味?」

 その質問には答えずシェリルはテーブルの上に置かれた推理小説を手に取ると問いかけた。

「ねぇ、マリー。あなたの婚約者様は『名探偵キャサリン』を読んだことがあるかしら?」

「えっと、あると思うわ。わたしが貸したもの」

「なら問題ないわ」

 シェリルは微笑む。それは毒を含んだ花のような微笑みだった。


 そうして至ったのが今回の顛末である。

 シェリルはまずマリーにシェリルとジェイクの会う約束をダブルブッキングさせるように指示した。

 先にシェリルがマリーと居て、数分遅れてジェイクが到着するように仕組んだのだ。その際、侍女にはジェイクが到着したら案内するように言い含めて置くのも忘れなかった。

 そして一度シェリルに嘆いた内容をもう一度泣きながら訴えてもらう。その場面をジェイクに目撃させてそして誘導したのだ。

『名探偵キャサリンならどう解決しただろうか?』と。

 元々ジェイクは正義感の強い人だとシェリルはマリーから聞いていた。正義感の強い人間がその嘆きと提案を受けてどのように行動するか。

 事態はシェリルの予想通りに進んでくれた。

(まぁ、ここまで想定通りじゃなくても別に良かったんだけど……)

 今回はたまたまうまく行った要素も大きい。しかしそれで良かったのだ。

 もしもジェイクがその状態のマリーを目撃しても見捨てるような男なら、そもそも結婚相手としてはふさわしくない。そしてたとえば別の手段を使ってマリーの無実を晴らすなり信じてくれるようならそれはそれで良かった。

 前回の『アイリスの一件』でもそうだが、シェリルは『可能性』を置いただけだ。それを拾ってくれるならば良いし、拾わないのならば、そしてどうしてもマリーがジェイクが良いと言うのならば、再び別の方法でその『可能性』を置くだけだ。

 要するに、彼が引っかかるまで『可能性』を置き続ければいいだけなので一回や二回失敗したとてたいして問題なかったのだ。

「ジェイク様はとても良い方みたいね」

 なにせたった一回の『可能性』に気がついて拾ってくれるのだから。

 そうつぶやいたシェリルにマリーは満面の笑みを浮かべて笑ってみせた。

「そうよ、とても格好良くて真面目で優しい人なの!」

 その素直な言葉にシェリルも微笑む。そしてその後すぐに続けられた言葉に目を見開いた。

「もちろん、シェリル! あなたもね!」

「まぁ……」

 驚きにそう口にして、そして観念したように苦笑した。

「あなたもとても格好良くて優しいわ、マリー」

「あなたには負けるわ!」

 ふふふ、と二人で微笑み合う。

 静かな店内には少女二人が囁き合う声がしばらくの間、ひそやかに響いていた。

続きは本日10/2の11:50頃投稿予定です。


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