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3.マリーの話②

 さて、その日からジェイクは行動を開始した。マリーの疑惑を晴らすためである。

 実のところを言うとその『悪い噂』は確かにジェイクの耳にも届いていた。そして最近までその噂の真偽がわからず戸惑ってしまい、マリーに対して素っ気なくなってしまっていたのも確かな事実であった。

(一体いままで何をしていたんだ、僕は……)

 そのことに唇を噛みしめる。

 そうだ。噂の真偽がわからないのならばあの赤毛の少女が言っていたように調べるべきだったのだ。それを中途半端に放置していたせいで大切な婚約者を傷つけてしまった。

 ついでにその『悪い噂』をかき消せるならば言うことはない。

「ジェイク様、何をなさっているの?」

 さてどこから調べるべきか、と学園のベンチで思案していたジェイクに、そう声をかけてくる人があった。

「オリビア」

 視線を向けた先には少女がいた。美しいピンクブロンドの髪に濃い桃色の瞳をした少女である。

 彼女はこの学園の生徒であり、男爵令嬢であり、ジェイクの同級生である。本来このセントラル学園は貴族の子息が通いながら他の貴族の子息達や王宮勤めの教師や騎士達と交流を図り学ぶ学園であり、女生徒は非常にまれだ。ほとんどの貴族の女子は通常家庭教師をつけて自宅で学ぶからである。しかしここ数年、女性騎士の台頭や王宮で働く女性の権限の拡大に伴い一部の革新的な貴族の女子も通うようになってきていた。

 そしてオリビアはその数少ない女生徒であった。一学年の時にはまだ騎士を目指すか王宮勤めを目指すかなどは定まっていない生徒が多い中、彼女は最初から騎士を目指していると公言しており、そして現在はその宣言通りに騎士科に所属し、優秀な成績を収めているうら若き女性騎士候補である。

 騎士科ではないジェイクとも科目によってはかぶることがあり、その関係で会話を交わすようになった仲だ。

 彼女はその可憐な顔を心配げに曇らせてジェイクのことをのぞき込んだ。

「なんだか浮かない顔だわ。なにかあたしに手伝えることがあるかしら?」

「ああ、たいしたことではないんだ」

 そう断りかけて、いや、これは好機だな、とジェイクは考えた。

 ジェイクがあの『悪い噂』を聞いたのは他でもないこのオリビアからだったのだ。

「あなたの婚約者のことだから、黙っているのが心苦しくて……」と彼女は親切にもその噂をジェイクに教えてくれたのだ。

「いや、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「ええ、なにかしら? あたしにできることならなんでもするわ!」

 にこりと花のように微笑んで彼女はジェイクの座るベンチの隣へと座る。そしてそのまま身を寄せようとして、

「先日君から聞いた僕の婚約者の噂なんだけど、君は一体誰からその噂を聞いたのかな」

 そのジェイクの言葉にピタリと彼女は動きを止めた。

「え、ええ……? どうしてそんなことを……?」

「実は僕の婚約者がその噂のせいでとても悲しんでいてね。ああ、その噂は誤解なんだ。一度だけたまたま彼女と他の令嬢のドレスのデザインが似てしまったことがあるだけで、決して彼女はドレスのデザインを真似したりなどしていないそうでね」

「……、それを婚約者様がおっしゃっていたの?」

「ああ、そうだよ」

 ジェイクの言葉に彼女はわずかに思案するような表情を作ると、「ねぇ、ジェイク様」と息をひそめて囁いた。

「そりゃあジェイク様に尋ねられたらその婚約者様は誤解だとおっしゃると思うわ。だって人のドレスのデザインを盗んだだなんて素直に認められないじゃない」

「ん?」

「つまり、そのぅ……、申し訳ないんですけれど、その婚約者様のおっしゃることが真実だとは限らないんじゃありませんこと?」

 その言葉にジェイクは不快げに眉をひそめた。その反応にオリビアはちょっとだけ身を引く。

 その反応に自分が思ったよりも怖い顔をしてしまっていたことに気がついて、ジェイクは眉間の皺をほぐした。

「……ああ、すまない。いや、誤解だよ。彼女は僕に直接そう弁明したわけじゃない」

「え?」

「ただ友人にその悩みを打ち明けている場にたまたま僕が訪れてしまって会話を聞いてしまっただけなんだ。彼女はとても悲しそうだったよ。僕にはあれが嘘には思えないな」

 そう、マリーは非常におとなしく慎ましい女性だった。人の物を盗むなど大胆なことはできないだろうし、ましてや嘘や隠し事をして平然としていられるような女性でもない。幼い頃から婚約者だったジェイクはそれを知っていたはずなのに、その彼女のことを信じ切れずに傷つけてしまった。

 そもそも彼女はジェイクに対して弁明していたわけではないのだ。聞かれていない状況で嘘をつく理由もないだろう。

「……そのご友人に対して嘘をついていたのかも」

「まさか。一体なんのために?」

「それは、……言いづらいことですけれど、悪い噂が出回る中で周囲の同情を引いて身を守ろうとされているのでは?」

「……、どうにも君の話を聞いていると頭が痛くなってくるな」

 一度ほぐした眉間の皺は努力のかいなく再び固くなってしまっていた。

「君は僕の婚約者のことをおとしめたいのかい?」

「そんな……」

「そうでないのならばなぜそうかたよった見方を提案するのだろう?」

 純粋に疑問に思って尋ねた言葉に、しかし彼女は押し黙ってしまった。それにジェイクはため息をつく。

 正直ジェイクはあまり人付き合いのうまい方ではない。男性相手ならまだしも、特に女性相手は苦手だ。

 顔がしかめっ面になりやすい傾向がある上に直裁的に物を言いすぎるのだ。そんなジェイクのことを理解していつも好意的に言葉を解釈してくれるマリーが婚約者となったのはジェイクにとって幸運なことだった。

 オリビアもまた、マリーのように付き合いやすい女性だと思っていたが、……どうにも今日は気が合わないようである。

「それでどうかな?」

 本題を思い出してジェイクは再びそう切り出す。話の流れが変わったと思ったのか彼女は顔をあげた。

「え?」

「君はその噂を一体誰から聞いたのだろうか?」

「……」

 黙り込む彼女にジェイクは静かに尋ねる。

「実はその噂の出所を探ることにしたんだ。その噂がデマだとしたら発生したのには何か理由があると思うんだ。だからまずはどこから始まったのかたどってみようと思ってね」

 ジェイクはマリーとシェリルと呼ばれていた二人の少女の会話を思い出す。マリーのお気に入りの探偵小説はジェイクも目を通したことがあった。マリーに勧められたことがあったからだ。シェリルが話していた内容は確か三巻の内容だったはずだ。噂を流したと思われる人物の一人ひとりに聞き込み調査をして噂を一番最初に口にした人物を特定する話だった。気の遠くなるような作業ではあるが、何もしないよりはましである。

「それで君はその噂を誰から聞いたのかと思ってね。その人物からも誰から噂を聞いたのかを確認したいんだ」

「えっと、その……」

「誰だろうか」

「お、覚えてないわ!」

 そう叫ぶように言うと突然彼女は勢いよく立ち上がった。その顔色は何故だか真っ青だ。

「友達はたくさんいるもの! その内の誰かだったかも知れないけどわからないわよ!」

「……そうか」

 まぁ友人が多ければそういうこともあるだろう。

 では他の人から噂の出所をたどってみるか、とのんびり考えるジェイクにオリビアは強い視線を向けた。

「きっと他のみんなもそうよ! 誰から聞いたかなんて覚えてないに違いないわ!!」

「そうかな」

「そうよ!」

「でもそうじゃないかも知れないから僕にできることをまずはしてみるよ」

 もしもそれで解決しないのならばそれこそお金を払って本物の探偵に依頼するのがいいのかも知れない。

 幸いなことにジェイクは父親から領地管理の一部をすでに任され始めており、その分の報酬も少しだが受け取っている。そしてそれを特に使うあてもないので資金に困ってはいなかった。

 しかしその返答にオリビアの顔からはさらに血の気が引いた。

「そ、そんな……」

「ああ、そうそう、オリビア」

 しかしそんなことには気づかずジェイクは言葉を続ける。

「もしもまた同じ噂について聞いたり話す機会があったら、それは誤解だと伝えておいてくれないか。必要ならば僕のほうからそれを説明するからその相手のことを教えてほしい」

「…………」

 その時ふいに予鈴の音が響いた。休憩時間はそろそろ終わりのようだ。

 ずいぶんと話し込んでしまった、と思いつつジェイクは立ち上がる。

「もう授業が始まってしまう。僕は教室に戻るよ」

 確か次の授業は彼女と同じ教科ではなかった。そのためジェイクは立ち尽くしたまま動かない彼女を無理に促すことはせず、そのままその場を立ち去った。

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