2.マリーの話①
マリーは悩んでいた。
悩んで悩んで……、だから最近まで『とある事情』で疎遠だったが、やっと再会できた昔からの友人に相談することに決めたのだ。
「どうしたらいいと思う?」
美しい翡翠の瞳を伏せて、その長い琥珀色の髪を風になびかせながらマリーはそう尋ねた。
「わたしの先日の夜会でのドレスがその子の真似だという噂が流れているの。しかもわたしがその子の真似をした刺繍をしているのはもっとずっと前の夏頃からだって言うのよ。そりゃあちょっとモチーフは似ていたかも知れないわ。でもドレス自体の色もデザインもまるで違うのよ。モチーフがかぶることなんてよくあることなのに……」
それは流行りの花の柄が同じだとケチをつけているようなものだ。季節に合わせたモチーフにする以上、その季節ごとの流行の柄というものはあるというのに。
「マリー……」
嘆くマリーに寄り添うようにして燃えるような赤毛の少女は目を伏せた。
「気にすることはないわ。普通に考えればそれが言いがかりなことくらいわかるのだから」
「でも……」
マリーは瞳を潤ませる。
マリーとて、ただの噂ならば不快に思いつつも聞き流せたかも知れない。しかしそれだけではないのだ。
「ジェイクがそれを信じているかも知れないのよ!!」
わっ、と目元を覆って彼女は泣き出した。その背中を赤毛の少女はかいがいしくさする。
ジェイクというのはマリーの婚約者である。真面目で正義漢な彼が最近どうにもよそよそしい気がしていた。
そしてある時マリーは目撃してしまったのだ。
ジェイクがある少女にその『悪い噂』を吹き込まれているところを。
「ジェイクが……?」
「ええ、そうよ! 最近はあんまり向こうからデートにも誘ってくれない! そしてこちらから約束を取り付けて会っても会話が弾まないの! きっとあの噂を信じているからなんだわ!」
そしてその噂を吹き込んでいた少女。その存在がマリーの心にさらに暗い影を落としていた。以前から彼が通う学園の同級生である少女の話は聞いていた。とても優秀で努力家な騎士科に所属する少女なのだと。婚約者の口から他の少女の話が出るだけでも少しもやもやするものを感じていたというのに、その少女が嫌に身体を密着させて彼と話し込んでいる姿を見てしまったのだ。
しかもよりにもよって、自分の悪口を!
「そんな……」
困ったように赤毛の少女は言葉に迷い視線をさまよわせ、そしてテーブルの上に置かれた本に目をとめた。
それは最近話題の小説だ。若い女性の探偵キャサリンが苦難を乗り越えて事件を解決する探偵小説である。マリーのお気に入りのシリーズの本のため、今日のお茶会にも最新刊を持ってきていたのだ。
「キャサリンがいればいいのに」
「……え?」
彼女のつぶやきにマリーは呆けて顔を上げた。それに彼女は慌てたように手を振って弁明する。
「いつだったかの話の中にあったじゃない。ほら、犯人を特定するために噂の根源をたどっていく話。確か一人一人に誰からその噂を聞いたのかを尋ねてたどっていくのよね。そんな風に解決してくれる探偵が本当にいたらいいのにって思って……」
そこまで言って彼女はばつが悪そうにうつむいた。
「ごめんなさい。茶化すつもりはないのよ。ただ本当にそんな人がいてくれたらいいのにと思って……。そんな人いるわけがないのにね」
「ああ、シェリル!!」
マリーはその友人のことを抱きしめた。
「ごめんなさい! わたしの悩みにあなたのことまで巻き込んで!! もうこの話はやめましょう! 今はせっかくの楽しいお茶会なんだから!」
「でも……」
「いいのよ! わたしには少なくともあんな噂を信じない大切な友人が一人は確実にいるんだから!」
そう言ってマリーは優しく微笑んだ。それにシェリルと呼ばれた赤毛の少女も弱々しくだが、穏やかに微笑みを返した。
(あの噂が『デマ』……?)
そしてそんな二人の会話を盗み聞きしていた男は眉をひそめた。
「ジェイク様、申し訳ございません。そのぅ、お嬢様の予定にずれがあったようでして……、すぐにお伝えしてきますので……」
その隣で彼を案内していた侍女は申し訳なさそうに申し出た。
ジェイクは本日、マリーと共に過ごす予定だった。一週間ほど前にマリーの方からその申し出があり、それに了承の返事をしたのだ。
しかし蓋を開けてみればどうだろう。マリーには他の来客があったようだ。もしかしたらジェイクと会う時間になる前に切り上げる予定だったのが話に夢中になって重なってしまったのかも知れない。
「いや、いい」
ジェイクはその秀麗な目元をつり上げてそう告げた。そして青色の瞳が覗く眼鏡を静かに位置を整えるように押し上げる。
「え、しかし……」
「かまわない。来客中なんだろう。僕のほうが出直そう。マリーには急用ができたので帰ったと伝えてくれ。また後日埋め合わせをしよう、とも」
それだけを告げるとその綺麗に結われた真っ直ぐな黒髪を翻し、彼は颯爽とその場を立ち去ってしまった。
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