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17.シェリルの話 秘密の話

 数刻後、シェリルは回廊を歩いていた。もちろん側にはヴィンセントも同行してくれている。

 あれからルーファスとシェリルのダンスにより会場はなんとか和やかな空気を取り戻した。

 ルーファスはそれなりに騒動に対するリカバリー能力を評価されたようだ。まぁ、身内ばかりを集めた決起集会だったので許容されたというのもある。

 ダンス後はシェリルもしばらく周囲を人に囲まれ、悲劇のヒロインとして慰められ、もてはやされていたが、それにも少々辟易してきたので休憩のためにホールを抜け出してきたのだ。

 今は休むために休憩室へ向かう途中である。

(確か温室に行ってもいいと言っていたな)

 ルーファスの言葉を思い出す。

 別れ際、「もしも休憩室が空いてなかったら温室で休んでもかまわないよ。話は通してある」とシェリルのことを気づかって申し出てくれたのだ。

 ひとまず空いている休憩室を探してみてなかったら温室にお邪魔させてもらおう、と廊下を歩いていると、

「シェリル」

 すぐ隣を歩いていたヴィンセントから声がかかった。

 声をかけるのと同時に立ち止まった彼にとっさに立ち止まることのできなかったシェリルは数歩前に進み出る形になってしまい慌てて振り返る。

「どうされました? ヴィンセント様」

 振り返って見た彼の表情は、非常に気難しげだった。

(あ、やばいかも……)

 その表情にシェリルは悟る。

 これは不穏な話だ。

 幸いなことに周囲に人気はなかった。それを見て彼も話を切り出してきたのだろう。

「さきほどの話なんだが……」

 彼はその誤魔化しを許さない紫色の目で真っ直ぐにシェリルのことを見据えた。

「君がわざと俺の前にハンカチを落としたというのは真実なのか?」

「…………」

 シェリルは返答に迷う。

 ここで嘘をつくのは簡単だ。しかしこの質問をしてくる程度には疑惑を持たれている以上、口先だけの否定に意味はないだろう。

 だからといってそれを肯定するのか。

 戸惑うシェリルに、彼は「ああ」と言葉を続けた。

「勘違いしないでくれ、君を責めているわけではないんだ」

「……え?」

「その、君も俺の母がどういう人間なのかは知っているだろう。母は昔から父のことをうまく立てつつ裏ではあれこれとお膳立てをする人だった。それを俺は小さい頃から見て育ったんだ。だからまぁ、色々と根回しやらなにやらをする人間を嫌ってはいないつもりだ。……俺自身は父に似てしまったのかそういったことは不得手だが……」

「……はぁ」

 一体何が言いたいのかがわからない。とりあえずシェリルのことを責める気持ちがないことだけはわかった。

 しかしそれならば何故、シェリルにそのようなことをわざわざ尋ねようというのか。

 その疑問を察したのか、彼は苦笑した。

「ええと、つまり、……俺はどうやら趣味が悪い人間だったらしい」

「え?」

「ああ、つまりね、君がたとえ彼女が言っていたように作為的なことをしていたとしても別にかまわないと思っているんだよ」

シェリルは驚きに目を見開く。それに彼は柔らかく微笑んだ。

「君が偶然ではなく、自らの意思で選んで他の誰でもなく俺の目の前にハンカチを落としてくれたのだとしたら……、そんなに嬉しいことはない。そう思ったんだ。おかしいかな?」

「……ヴィンセント様」

 シェリル今まではヴィンセントが純粋な好意ではなく同情に近い感情で婚約してくれたと思っていたし、それでかまわないと思っていた。

 しかし、少しはうぬぼれてもいいのだろうか。

 こんなに性格の悪い人間でも、好いてくれるだろうか。

 シェリルの手が緊張に震える。唇を引き結んでから、ゆっくりと開いた。

「秘密です」

「え?」

 驚きに固まる彼に、シェリルは微笑む。

「わたしが偶然落としたのか、それともわざと落としたのか。あなたが好きな方で捕らえてください」

 ふふ、と笑みを漏らす唇を扇でゆっくりと隠して見せる。扇の上から覗くその青い瞳は、とても愉快げに、そしていたずらっぽく輝いていた。

「だってわたし、あなたの好きなわたしでいたいの」

 もっと真剣に考えて、わたしにもっと夢中になればいい。

 そう考えて告げた言葉に彼はわずかに目を見開き、そして苦笑した。

「そうか、俺の婚約者殿はなかなかに意地悪だったようだ」

「……お嫌いですか?」

「いいや」

 わずかに不安を感じながらも問いかけた言葉に彼は首を横に振った。そしてシェリルへと一歩歩くだけでその距離を縮めるとその腰へと手を回し抱き寄せる。

「意地悪なきみも愛しているよ」

 そっと耳元に囁かれた言葉に、シェリルは頬を染めてゆっくりと目を閉じた。

 二人の唇が柔らかく重なる。

 いつだったか、クレアの言っていた言葉を思い出す。彼女の言ったことはまったく持って真理だった。

 そう、『乙女の秘密は明かされるべきではない』のだ。

最後までお読みくださりありがとうございました。

これにて「あなたの知らないわたし」連載版は最終回となります。


お知らせになってしまいますが、この度こちらの作品の電子書籍化が決定しました。

リブラノベル様より、10/25からコミックシーモア様にて先行配信予定です。

2話ほど書き下ろしもあります(侍女メリアとヴィンセントの話です)ので、よければ見てみてください。


また、おもしろいなと思っていただけたらブックマーク、⭐︎での評価などをしていだだけると励みになります。

よろしくお願いします。

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