13.シェリルの話②
数週間後、シェリルは大忙しで準備をしていた。
「お嬢様、髪のセットが終わりました。こちらでいかがでしょうか?」
「とっても素敵だわ。ありがとう、メリア」
「お嬢様、ドレスをお持ちいたしました。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
舞踏会の準備である。
今夜は王宮で開かれる舞踏会に参加する予定なのだ。
「ルーファス殿下の生誕祭に招かれるだなんて昔は考えられなかったわ」
シェリルの言葉に同意するようにメリアはうんうんと頷いてみせた。
ルーファス第一王子殿下はアイリスの件で若干評判を落としたもののまだ失脚には至っておらず、一応王太子のままである。
とはいえ今まで目立った失点がなかっただけに、この件は他の王子殿下を支持する人々にとっては付け入る隙となっていた。
端的に言えば王位継承争いに若干の熱が入りかけてきているのである。
それまではルーファス殿下が優勢過ぎて勢いのなかった勢力達が陰でこそこそと蠢き始めている。
「今回の舞踏会は身内の結束を固めるためのものでしょうね」
鏡を見て装飾品の確認をしながらシェリルはつぶやいた。
ルーファスと懇意であるヴィンセントはいわずもがな第一王子派閥の人間である。
今回の舞踏会は主に第一王子派の人々と中立派の人々が招待されているらしく、これから始まるかも知れない王位争いへ向けて、可能なら味方を増やし、元々味方の人々には結束を促す集会の意味合いが強かった。
「あら、お嬢様。わたしは今回の舞踏会は王子殿下の新しい婚約者を見つけるためかもってお伺いしましたよ」
しかしシェリルの言葉にメリアはきょとんと目を丸くして言った。それにシェリルは頷く。
「そういう側面もあるかもしれないけれど、でもそれは表向きの理由ね。殿下は近隣の王族から婚約者を見つけてくるかも知れないって話もあるし……」
アイリスの失脚以降、ルーファス王子の婚約者は空席のままだ。
それは二度目は失敗できないというのもあり慎重になっている側面があることと、国内のめぼしい貴族の娘はみんな軒並み婚約者が決まってしまっている、というのも理由のひとつである。
アイリスが婚約者になるまでは当然他にもルーファスの婚約者候補はいたわけだが、ルーファスがアイリスと婚約を結んでから皆立て続けに他の者と婚約してしまったのだ。
当たり前だ。
彼女達は皆ルーファスと婚約するかも知れないから婚約者の座を空けていたのであり、その目がなくなれば当然、他の者との婚姻を決めなくてはならないのだから。
ゆえに国内ではなく国外から妻を迎えるのではないかと一部では囁かれているのだった。
(まぁ、今回の舞踏会でめぼしい貴族の方から婚約の打診などがあればまた話は変わるのでしょうけど……)
内々でそのあたりの打ち合わせをするためにも開かれた舞踏会なのだろう。
とはいえそのあたりの事情はシェリルにはあまり関係のない話である。
『派閥の結束を固める』方がシェリルとしては関わりのある部分となってくる。
「お嬢様、できました!」
その時メリアが声をあげた。その声で思考の海へと潜っていたシェリルの意識は浮上する。
「大変素晴らしいです! お嬢様!」
目の前の姿見に映るシェリルは、確かに『完成』していた。
燃えるような赤毛は編み込みながら緩やかに結い上げられ、その髪にはアクアマリンの飾りが散りばめられていた。
その宝石よりも濃く深い青色の瞳はぱっちりと長いまつ毛に彩られ、その頬は薄く桃色に色づいている。
そして華奢な首元から続くその全身は水色のドレスに身を包んでいた。
伝記に出てくる『水の蝶』をテーマにした衣装である。
腰には蝶を思わせるような大きなリボンが巻かれ、グラデーションを描いて地面に近づくほどその色は濃い青色へと変化していた。
ドレスのスカート部分には白と銀で縫われた刺繍がびっしりと施されており、しかしその淡い色合いからくどくはならず、光の加減で繊細な模様が浮かび上がるようにして見えるようになっている。
ドレスの上に浮かび上がる蝶はきちんとSの字を含んでいた。
「さすがよ、メリア。ありがとう」
「お嬢様の刺繍が素晴らしいからです!」
周囲にいる他の侍女達も同意するように頷いていた。その時ノックの音が響き、それに応えた侍女が扉越しにやりとりを行う。その後シェリルの方へと駆け寄ってきた。
「シェリル様、ヴィンセント様のご支度も整ったようです」
「ありがとう。すぐに向かうとお伝えして」
そう言うとシェリルは転ばないようにゆっくりと扉の方へと歩き出した。