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12.シェリルの話①

「ねぇねぇ、ミアさん、例の『恋の妖精』さんのお話はご存じ?」

 学園の中庭で、ある女生徒がそう囁いた。隣に座っていた女生徒がそれに頷く。

「もちろん存じておりますわ。なんでも相談すれば意中の相手と結ばれるアドバイスをくれるのだとか……」

「アンジェリカさんもレイラさんもご相談したらしいわ」

「まぁっ! あのお二人が?」

「ただの噂ですけれど、でもお二人が『恋の妖精』さんと懇意にされているのは有名な話ですし……、ねぇ?」

 何かを含むような視線を二人は交わす。

「ああ、わたくしも機会があればご相談させていただきたいわ!」

「あら、あなた! 相談するようなお相手がいらっしゃるの?」

「実は……」

 彼女は友人にひそひそと耳打ちした。そして二人で顔を見合わせて「きゃー!」と歓声をあげる。

「素敵だわ! でも確かに難しいお相手ではなくって?」

「だから相談したいの。だって、なんでも『恋の妖精』さんは……」

 そこで彼女は息を潜めた。

「『とても賢い方法』を伝授してくださるらしいわ」


「……ふーん」

 その二人の会話を木陰に隠れるようにして聞いている少年がいた。

 美しいブロンドの髪に翡翠色の瞳。少し気が強そうだがその顔立ちは非常に整っており、幼さのまだ残る顔ではその気の強さも魅力的に見える程度のものだ。

 彼は少しの間何かを考え込むと、すぐに休憩の終わる鐘の音が鳴ったためか静かにその場を立ち去った。

 彼の名前はウィリアム・トリスタン。トリスタン家の長男であり、アイリスの実弟であり、そして噂になっていた『恋の妖精』ことシェリル・トリスタンの異母弟である。


 アイリスはすべてが不満だった。

「なんでっ! わたしがっ! こんな目に……っ!!」

 行き場のない怒りをぶつけるように寝室のクッションを殴りつける。何度も殴られたクッションは破れ、中身の羽毛をそこら中に撒き散らした。

 その目障りな様すらも腹が立つ。

 シェリルと決別したあの夜、あれ以来アイリスの置かれた状況は最悪だった。

 まずアイリスは王子との婚約を破棄された。

 アイリス有責であったため、名誉を毀損しただのなんだのと言われ、賠償金を支払うはめになり、支払いきれなかった分は領地を一部切り取られることになってしまった。

 ついでトリスタン家は伯爵から子爵へと降格された。

 これまで侍女として仕えてくれていたうちの子爵位の家の出の者は軒並み姿を消し、それ以外の使用人達もちらほらと辞め始めた。繋がりのあった家も落ち目の家とは付き合えないと言わんばかりに離れて行った。

 そしてアイリスは自宅謹慎中である。

 いままで何をしても優しかった父が「もうこれ以上問題を起こしてくれるな」と憔悴した顔つきでアイリスに言い渡した。なんでも色々な対応に追われて寝る暇もないらしい。

 しかしそんなことはアイリスには関係がない。

(なんでわたしが全部悪いことになるのよ!!)

 だってそれまでは父もアイリスの行為を歓迎していたではないか。

 シェリルのことを最初に蔑ろにしたのは父だ。そしてアイリスがシェリルのことを罵っても殴っても怒りもしなかった。

 シェリルの作ったドレスを身にまとったアイリスを見て称賛し、舞踏会でいろんな男性から誘われるのを見て上機嫌だった。

 王子を射止めた時にはそれはもう大喜びで、「シェリルのことはお前の召使いとして王宮にも連れて行きなさい」と言っていたというのに。

「全部全部!! あいつが悪いのよっ!!」

 そう叫んで破れかけたクッションを引き裂いて羽毛をまき散らすのと、

「姉様」

 扉が開くのは同時だった。

 その結果として一体どうなったか。

「うぶふっ!!」

 扉に入った瞬間に猛烈に舞い散った羽毛を全身に浴びたその人物は口の中にも羽毛が入り、強烈に咳き込んだ。

「おっふ! おっほ!!」

「きゃーっ!! ウィル! ウィリアム!! ごめんなさい!!」

 そのまま窒息しそうな勢いで咳き込む弟の姿に、アイリスは悲鳴を上げて駆け寄った。


「大丈夫? 落ち着いた?」

「……うん、ありがとう。姉様」

 数分後、なんとか呼吸を取り戻したウィリアムは弱々しく頷いた。

 そしてその部屋の惨状を見て眉を寄せる。

「また暴れてたの?」

「えっと、そのぅ……」

「まぁ、別にいいけどね」

 気まずそうに言い訳を探す姉に彼は興味なさそうにそう流す。

 実際汚れた部屋になど彼の関心はなかった。彼は全身についた羽根をうっとうしそうに一枚一枚取りながら、

「それよりも朗報だよ、姉様」

「え?」

 驚く姉にその静かな翡翠の目を向けた。

「姉様、どうやらあのシェリルは最近女性達をそそのかしているらしいよ」

 そして耳に挟んだ噂話を彼は姉に伝えた。その称賛にも取れる噂の内容にアイリスの機嫌はますます下がる。

「どこが朗報なの? あのクソ女がうまくやってるってだけじゃない!」

「朗報だよ。噂が出回って注目を浴びているということはスキャンダルが出れば失脚する可能性が高いということだからね」

 姉様みたいに、とまでは彼は黙っておいた。そして言葉を続ける。

「この噂は非常にセンシティブだよ。まるでおまじないみたいに女性達の間では囁かれているけれど、うまいこと操作して流せば『シェリルが裏で悪どいことを画策している生意気で鼻持ちならない女だ』とも取れる内容だ。少なくとも僕は噂を聞いてそう思ったよ。これを利用しない手はない」

 弟のその提案にアイリスは目を輝かせた。そう、彼女の弟は頼りになるのだ。これまでアイリスが王宮関係者とのやりとりや関係で困ったことも、弟に相談すればすぐに対応策を考えてくれたのだから。しかしすぐに困ったように首を傾げる。

「でも具体的にどうやって?」

「そうだな、今はまだ小規模なこの噂を公の場に引きずり出すのがいい。特に男性もたくさんいる場所でね。そもそもあの姉様の一件も本当に『偶然』ヴィンセントが真実に気づいたのかも疑わしいことなんだ。姉様が言われた台詞も含めて……。うん、わざとヴィンセントの前にハンカチを落として真実を暴かせるように画策したんだとも取れる。この噂と姉様の失脚を仕組んだんだという告発を合わせれば『シェリルはずる賢くて信用ならない女だ』という説の信憑性が増す。それを公の場でヴィンセントに伝えて明るみに出すといい」

 アイリスは今度こそ目を輝かせて両手を合わせた。

「良くやったわ! これであの女の鼻も明かせるしわたしたちの汚名も晴らせるわね!」

「何を馬鹿なことを言ってるのさ」

 しかし姉の手放しの称賛を弟は冷めた目で見た。

「僕たちの汚名は変わらないよ。ただあの女の本性がばれてヴィンセントに婚約破棄されてくれればいいんだ。僕たちだけが泥を被ってあいつだけがのうのうと玉の輿なんて許せないだろ。家族なんだからあいつにも一緒に落ちぶれてもらおう」

「……えっと、そう。そうね! さすがは我が弟だわ!!」

 ウィリアムの言うことは実は難し過ぎてアイリスにはよく分からないことが多い。しかし姉としてそれをあからさまに出すことは躊躇われた。

 ひとまず「シェリルを引きずり落とすことができる」ということだけは理解したアイリスは元気いっぱいに頷いておいた。もちろん賢い弟への賞賛も忘れない。

 そんなわかっていない姉の様子に、ウィリアムは小さくため息をついた。

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