11.オリビアの話 裏のさらに裏の話
ことの顛末は簡単だ。つまり破れ鍋に綴じ蓋で浮気男と横取り女がくっついたわけである。
「今回の件、うまく処理してくれたようね、シェリルさん」
「お義母様」
場所はヴィンセント家の庭園である。庭園とはいえ屋外ではない。温室内にしつらえられた庭園だ。
ヴィンセントの父のヴィルフェルム公は愛妻家で知られている。この温室の庭園もそんな彼が植物好きな妻であるクレアのためにしつらえた物である。
この温室では珍しい草花がいくつも取りそろえられていた。そしてそんな色とりどりな花の匂いが煙る中、そのテーブルと椅子は優雅に鎮座していた。
仕草で座るようにと進められ、シェリルは静かに一礼してから椅子へと腰掛ける。
今この場にいるのは義母とシェリル、そして義母が信頼している側近の侍女一人だけである。目の前の空のカップに見事な黄金色の紅茶が注がれるのをシェリルは静かに見つめた。
「わたくしもこの件では頭を悩ませていたの。なにせ友人達の娘さん方がそろって浮気性な男にたぶらかされたとあって……。あなたがうまいこと納めてくれて良かったわ」
その義母の言葉にシェリルは瞳を伏せた。
「過分なお言葉ですわ。今回はずいぶんと乱暴なやり方になってしまいました。本当ならばもっと秘密裏に納めるべきところを学園内だけとはいえ騒動を起こしてしまいました」
実はオリビアから相談を受けるもっと前、シェリルは元々義母から今回の件について相談を受けていたのである。
今回浮気男にたぶらかされた学園のご令嬢達の中には義母が親密にしている奥様方の娘も含まれていたのだ。なんとか浮気男のことを諦めさせてもっとまともな男をあてがいたいが、なにせ相手は身一つで学園に飛び込むようなご令嬢達だ。親の言うことなどどこ吹く風で聞き入れる様子はないと嘆いていたらしい。
そんなおりにオリビアからの打診があり、シェリルはそれを利用することを思いついた。そして結果的に他のご令嬢達に諦めさせることを成功したのである。
しかしこのやり方だといくらどのご令嬢が浮気相手だったのかを一応伏せているとはいえ、鋭い人には素性がバレてしまったことだろう。それこそオリビアが噂を利用して彼女たちのことを突き止めたように、アンジェリカあたりならば把握していそうだ。しかしもっと穏便に納められればそれが良かったのだけれど、と憂えるシェリルとは打って変わって、クレアはころころと笑った。
「あらいいのよ、あのくらい。恋に燃える人間なんて痛い目を見なくては目を覚まさないものよ。評判に傷がつくと言っても学園内で多少噂が流れる程度のこと。あのままあんな男にたぶらかされ続けるよりはよっぽどマシでしょうし、勉強代みたいなものよ」
「……それならばいいのですが」
「正直なところねぇ、もっと大事にしても良いと思っていたくらいなのよ。特にあの浮気男。もっと酷い目に遭わせても良かったのではなくて? 一人とはいえ誰かと結ばれるだなんて、あの男に与える結末にしては優しすぎるくらいだわ」
そう告げる彼女に、シェリルは「いいえ、お義母様」と柔らかく微笑んだ。
「あれは適切な処置ですわ」
「ええ?」
「だってああやってお互いをあてがっておけば、もう他の人をたぶらかして迷惑をかけることはないでしょう。男のほうも、女のほうも」
オリビアは満足している様子だったためもう他の男にちょっかいをかけてカップルを壊すことはないだろうし、悪評の立ったあの男にはもはやすがれるのはオリビアしかいない。『被害の拡大を防ぐ』という意味合いではとてもちょうど良い蓋ができたものである。
「まぁ、シェリルさんったら」
その言葉を聞いてしばし考え込んだのち、義母はふふ、と愉快げに唇をつり上げて笑った。
「とってもお上手なのね、感心したわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「やっぱり、あなたに相談して正解だったわ」
静かに頭を下げるシェリルにクレアはご機嫌にそう告げた。
「あのぅ、ところで今回の件はヴィンセント様には……」
シェリルは話がひと段落したのを見てとって懸念事項を切り出した。裏で『あくどいこと』をしたというのが彼にばれるのは非常に気まずい。それが例え彼の母からの頼みであったとしても、だ。
案じるシェリルにクレアはゆったりとうなずいてみせた。
「もちろん、話しません。この話はここだけの秘密よ」
シェリルはほっと胸をなで下ろす。そんな彼女にいたずら気に微笑むと、義母は人差し指を立てて口元に当ててみせた。
「乙女の秘密は殿方に知られるべきではないのよ」
その微笑みはとても可愛らしく、毒を孕んで艶やかだった。





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