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10.オリビアの話 裏話

 わんわんと女生徒たちは声をあげて泣いていた。みんな手を繋いだりその肩を抱き寄せて慰めあっている。

 それを横目にオリビアは地面に倒れたままのブライアンの近くへと屈んだ。

「オリビアさん? そんな男はもう放って行きましょう」

 なんとか悲しみから立ち直ったモニカがそう声をかけてくる。

「そんな男にこれ以上の時間を割くのは無駄ですわ」

 そうだろう。彼にはもう立場がない。

 本来なら賠償金ものの行為だが、婚約者がいる時から付き合っていた彼女たちにも落ち度がある以上、これ以上の騒ぎ立てはできない。むしろこの男と浮気していたという事実が公になれば彼女たちも傷を負うことになる。

 しかしオリビアはその言葉には応じず、小さく笑った。

「あなたはそうでも、あたしは違うの」

「……え?」

 怪訝な顔をするモニカに構わず、オリビアはブライアンの頬へと優しく手を触れた。

「ねぇ、ブライアン。さっきも言った通りあなたにはもう未来はないわ。……あたしと結婚する以外には」

「……へ?」

 ブライアンはぼこぼこに腫れた顔で、その目をきょとんと瞬かせた。

 それにオリビアはうっとりと微笑む。桃色の瞳が潤みを帯びて細まり、真っ赤な唇は緩やかに吊り上がった。

「騎士になるあたしには醜聞なんて関係ないわ。あなたはあたしと結婚すればいいのよ」

 背後に立っていた女性たちはぎょっと目を剥いた。ブライアンもおどおどと視線を彷徨わせる。

「あなた! 一体何を言っているの!?」

「そのままの意味よ。あなた達はブライアンを捨てるんでしょう? だからあたしが拾うの」

 ふふふ、と微笑む。

 すべてシェリルの計画通りだ。

 あの日、シェリルは他の浮気相手達を一掃する方法をオリビアに教えてくれた。

「敵に回すとムキになってしまうわ。まずは味方になって一緒に彼を捨てる方向に話を持って行きましょう」

 彼女は紅茶を優雅に飲みながらそう言った。

「彼が『無価値でどうしようもない男』であると彼女たちに印象づけるの。実際彼女たちにとってはそうでしょうし。みんながいらないと言ったものを欲しがる人は稀よ」

 そこで一度言葉を止めると、彼女はその青い瞳でオリビアのことを覗き込んだ。

「それでもあなたはその人が欲しいんでしょう?」

「そうよ!」

 オリビアは鼻息荒く頷いた。

 そしてシェリルに教えてもらった通りにオリビアはまず彼の浮気の噂を流した。そして浮気相手が誰なのかを調べると彼女たちに接触を図り、「一緒に復讐をしよう」とそそのかしたのだ。その際には間違っても彼を許す方向へは向かわないようにひたすら怒りを煽ることに終始した。そして彼女たちが決定的に彼に別れを切り出した今、彼に救いの手を差し伸べられるのはオリビアだけである。

 その計画を聞いた時、首をひねって『それってあたしが悪者になっちゃわない?」と尋ねるオリビアにシェリルは言った。

「大丈夫よ」と。

「もう十分に、あなたは悪者だから」

「……」

 しばらく黙り込んだのち、オリビアは笑った。

「それもそうね!」


 その時とまったく同じ笑みを浮かべてオリビアはブライアンの肩を支えてその身を起こす。

「あなたもあたしと同じく、騎士になればいいわ」

 歌うように、夢見るようにオリビアはそう囁く。

「えっと、でも俺は……」

 それにブライアンはおどおどと応じた。

「無理だよ。親にも教師にも期待されていない。そんな俺が騎士になんてなれっこない」

「あたしが期待しているわ」

 しかしそれをオリビアは一刀両断した。

「あたしがあなたを信じてるわ。あなたは確かに根性なしで怠け者よ。剣術の授業も手を抜いてばっかり!」

「うぐぅ……っ!!」

 とどめを刺すように心臓をえぐってくる言葉にブライアンは胸を押さえてうめいた。それに構わず彼女は続ける。

「けど体格はいいわ。筋もいい。もっと努力して筋肉をつけて、鍛錬すればそれなりのものにはなるわよ」

「そ、『それなり』……」

「そう、『それなり』」

 にっこりと太陽のように彼女は微笑んだ。

「『それなり』でいいじゃない! あたし達きっと、『それなり』に幸せになれるわ!!」

「う……」

 ブライアンはうめく。

 優秀な兄達を見返したかった。兄にばかり関心を向けてブライアンに見向きもしない両親のことも。

 けれど、それはもう叶わないだろう。

(なら、いいか……)

 憑きものが落ちたかのようにブライアンは思う。

 それならば、『報復』など考えず、自分の『幸せ』を優先してもいいか。

(たとえ『それなり』でも)

 オリビアと一緒にいれば、ブライアンはもう少し穏やかにいられそうな気がする。

 もとより彼にはもうそれ以外は一人で誹謗中傷に耐える以外の選択肢はないのだ。

「一人でいるより、あたしと二人のほうが絶対いいわよ!!」

 その思考を見透かしたように彼女はそう言った。

 ブライアンは真っ赤に腫れたままの頬で、殴られ過ぎてぼんやりとした頭で、彼女の剣だこの浮いた白い手をそっと掴んだ。

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