第31話 前世編EP8-約束の花
ソフィーは小さく深呼吸をして、レオンの私室の扉の前に立っていた。
昨夜、彼に気持ちを伝えたあとの初めての夜。
今日は、1人で会いに行こうと決めていた。
思い出すだけで胸がぽっと温かくなる。
けれどやっぱり、緊張は簡単には消えてくれなかった。
それでも……
扉の向こうにいるのは、優しい声と、あたたかなぬくもりの人。
ソフィーは少しの勇気を込めて、扉をノックする。
「ソフィー。どうぞ」
変わらない穏やかな声。
彼女はほっと微笑んで、扉を開けた。
「こんばんは、レオン様」
「こんばんは、ソフィー」
部屋にはやわらかな灯りと、心をほぐすようなハーブティーの香りが広がっていた。
ソフィーは席につき、用意されていたカップを両手で包み込む。
その指先が、ほんの少し震えていることに気づかれないように。
「今日は何してたんだい?」
「はい、図書室に行きました。それでね……!」
ぱっと顔を上げたソフィーの目が、嬉しそうにきらめいた。
「お花についての本を読んだんです。花には一つ一つ意味があるんですって!」
興奮気味に、薔薇やひまわり、ガーベラ……次々と花の意味を語り始めるソフィー。
その様子をレオンは静かに見つめながら、時折頷いていた。
「……レオン様には、ひまわりを贈りたいです」
「ふふ、どんな意味かな?」
「それは……内緒ですっ」
照れくさそうに笑って、ソフィーはそっとカップを置いた。
「いつか、本物のひまわり……見てみたいな。レオン様と、一緒に」
その言葉に、レオンの瞳が少しだけやわらかく揺れる。
「……約束だ。いつか連れて行ってやろう。たくさんのひまわりが咲く場所へ」
彼はベッドに腰を下ろし、そっと腕を広げた。
「こっちへおいで、ソフィー」
ためらいがちに立ち上がったソフィーは、ゆっくりとその腕の中に身をゆだねた。
膝の間にすっぽりと収まり、背にまわされた手のぬくもりに、小さく肩を揺らす。
「おまえが笑ってくれるなら、どんな世界でも見せてやる」
「レオン様……」
静かな夜風がカーテンを揺らし、星がまたたく。
ソフィーはそっと顔を上げ、戸惑いながらも言葉を継いだ。
「あの……私……」
その距離に、温もりに、吐息の近さに——
心が跳ねるように鼓動を刻む。
けれどその瞬間、レオンがふっと優しく微笑んだ。
「焦らなくていいって、言っただろう?」
「……はい」
微笑みが、自然とこぼれた。
その頬は、赤く染まりながらも、どこか幸せそうだった。
「私……レオン様といると、あたたかいです」
「僕もだよ、ソフィー」
見つめ合う視線が静かに交わり、やがて2人の唇がそっと触れ合った。
この時はただ、信じていた。
いつかこの小さな約束が、本当に叶う日が来ると——。
そしてそれは、彼と手を取り合って歩んでいく未来の、最初の一歩なのだと——疑いもせず…
このあたたかさが、永遠に続きますようにと、幼い願いを胸に、そっと目を閉じた。




