第29話 前世編EP6-不安とぬくもりの狭間で
カミラは苛立ったように窓辺に立ち、ソフィーが1人で掃除する庭を見下ろしながら声を荒げた。
「ダイアナ、あなたね、あの子にばかり構ってていいの? 使命を果たす気があるの?!」
部屋の埃をはたいていたダイアナは、ゆっくりと顔を上げる。
「……ソフィーが不安そうだったから。だから私がそばにいた方がいいと思うの……」
「それじゃ、いつまで経ってもあなたは選ばれないわよ?」
強い語気のカミラ。しかしその瞳の奥には、どこか不安げな揺らぎがあった。
「……でも、次からは2人きりになるわ。レオン様とソフィーの時間に、ちゃんと」
微笑みながらそう答えたダイアナは、彼女なりに覚悟を決めていた。
けれどカミラはふいっと視線を逸らし、唇を噛む。
「私は絶対選ばれる!……でも、あの子が原因であなたが選ばれないなんて……そんなの絶対に許さないから」
カミラなりに、ダイアナを心配しているようにも聞こえた。
(カミラ……ごめんね)
ダイアナは心の中で、そっと謝った。
***
流れる星に願いをした翌日、ソフィーは1人で庭の掃除をしていた。
(今日から……2人きりの時間になるんだ)
ほうきを握る手は自然と力が入ってしまう。
まだ怖さもあるけれど、レオン様が優しい人だと知ってから、胸の奥に芽生えた気持ちの方がずっと大きくなっていた。
(ちゃんとできるかな……でも、レオン様となら)
頬が少しだけ熱くなる。目の前には眩しいほどの青空と、色とりどりの草花。
まるでその胸の高鳴りを祝福するような、美しい昼下がりだった。
——しかし、次の瞬間だった。
「ううぅぅ……」
低く、獣のうなるような声が聞こえた。
「え……?」
不安そうに顔を上げたソフィーの視線の先には、毛並みの悪い野犬が唸り声をあげていた。
牙を剥き、今にも飛びかかろうとするそれに、ソフィーの全身から血の気が引く。
「きゃ、きゃぁああ!!」
足が、動かない。
逃げなきゃ——そう思っても、震える膝は言うことを聞かず、彼女はその場に座り込んでしまった。
「いやっ……やめて……」
涙が滲む。
そのまま野犬が飛びかかってくる——そう思った瞬間、
鋭く響く刃の音と、野犬の悲鳴。
ほんの一瞬で、危機は去っていた。
「ソフィー……大丈夫か…?」
動けないままのソフィーの前に膝をついたレオンは、そっと彼女を抱き上げた。
温かくて、優しい腕。
「レ……オン様……」
「もう大丈夫。怖かったね」
その声に、張り詰めていた涙があふれる。
レオンはそのままお姫様抱っこの姿勢で、彼女を優しく抱えながら静かに歩き出す。
「ダイアナのところまで、連れて行こう」
ソフィーは震える手で、彼の服の袖をぎゅっと握った。
震えはまだおさまらない。
けれど……そのぬくもりだけが、すべてだった。
風が静かに吹き抜け、遠ざかる庭の花の香りが淡く揺れる。
ソフィーは胸の奥のぬくもりに身を任せ、そっと目を閉じた。
——彼の腕の中は、何よりもあたたかかった。




