第23話 記憶の蓋
(……きてくれた。)
彼の上着に包まれた肩が、ほっと緩む。
さっきまであんなに怖かったのに。
胸元を荒々しく掴まれた手の感触も、ぞわっと肌に残る嫌悪感も、
今、このぬくもりに包まれると、すうっと薄れていく気がした。
「ごめん。少しだけ、我慢して」
そう言って彼は静かな建物へと向かい出した。
あんなことの直後なのに、彼と一緒に入るこの空間に…
なぜか、安心感と少しのドキドキが混ざって胸の奥で揺れていた。
部屋に入ると、彼は私を気遣って、ベッドではなく向かいのソファに腰掛けてくれる。
(優しいな……)
そう思いながらも、どこか落ち着かない違和感が、頭の奥でざわめいていた。
その安心感の裏側で、頭の奥に鈍い痛みが走っている。
(……あれ?)
ずきっ。
(痛……)
今度は鋭い痛み。
目をぎゅっと閉じても消えない。
(なにこれ……なんで……?)
胸を締めつけられるような痛みに、息がうまく吸えない。
「……っ」
頭の中に、光景が流れこんでくる。
草花が揺れる風の中。
どこか懐かしい庭園。
走ってくる誰かの影。
そして——野犬のうなり声。
(これ、なに?……誰の記憶?)
視界が揺れる。誰かが自分に覆いかぶさるようにして、私を守る姿。
その人の腕の中で、私は宙に浮いていた。
なつきくんじゃない。
もっと……背の高い、凛とした青年の姿。
そしてその声は、確かに私を呼んでいた。
『ソフィー……大丈夫…?』
ずきん、ずきんと頭を叩くような痛みが襲う。
ソフィー……誰?
私……?
わからない。わからないのに、涙が出るほど懐かしい。
(こんなの、知らない……のに……)
手が震える。視界が白くにじんでいく。
ベッドに座っていたはずの身体が、ふっと力を失った。
「さやっ!?」
駆け寄る彼の声が遠くから聞こえる。
彼がわたしの肩を抱いて、名前を呼んでいる気配がする。
けど……もう、意識が、深く沈んでいく。
音も、光も、ぬくもりさえも、遠ざかっていく中で。
ーーー記憶の扉が、静かに開いた。
私の頬に、一筋の涙の跡を残して……




