第1話 夢と再開の朝
ろうそくの明かりが、ゆらゆらと揺れていた。
ゆれる光の向こうに、三つの影が映っている。
「……様、だーいすき!」
「……様、お慕いしております。」
好意を伝える女の子と女性。その横で、彼は優しく微笑んでいた。
「もうこんな時間か……また明日、楽しみにしているよ」
「もっとお会いしたいと思うのは、ご迷惑ですよね」
「私もそう思うけど……決まりだもの。仕方ないわ」
「すまないね。また語らおう」
彼はそれぞれの額へキスをして、静かに部屋を出ていった——。
ーーーピピピピピッ。
携帯のアラームが鳴り響く。
カーテン越しに、朝の光が差し込んでいた。
「……夢?」
何か、すごく大事なことを見ていた気がする。
でも、目が覚めるとほとんど覚えていない。
どこか懐かしいような、でも思い出せない……そんな夢だった。
「さやー!今日1限からでしょー?遅刻するわよー!」
下の階から、お母さんの声が響いてくる。
「やばっ……!」
私は慌ててベッドを飛び出し、着替えて階段を駆け降りた。
朝の余韻なんて吹き飛んで、いつもの一日がはじまる。
でも胸の奥で、あの夢の光がふわふわと揺れている気がした。
駅までの道を小走りで抜けながら、私はさっきの夢のことを思い出そうとしていた。
でも、何を見ていたのか、やっぱりまったく思い出せない。
「……でも、なんか変な夢だったなぁ」
朝の空はどこまでも青くて、雲ひとつなかった。
まるで何かが始まるって言ってるみたいに…
——そのときだった。
キーン……。
また、あの音が頭の奥に鳴ったような気がして、私は反射的に立ち止まった。
視線を感じて、そっちを向く。
目が合った。
そこにいたのは、昨日、声をかけてきた年下の男の子。
……緋山、なつき。
「……あ」
彼がこちらに歩いてくる。
「おはようございます。今日は少しお急ぎですか?」
「あ……うん、ちょっと寝坊して……ていうか、なんでここに?」
「偶然、かな。昨日のお礼を言いたかっただけです」
なつきは笑った。
でも、どこか寂しそうな、切ない笑顔だった。
「昨日の……本気で言ってたの?」
「もちろんです。冗談なんかじゃありません。初めて見たときから、ずっと目が離せなかった」
さらっと言ってのけるその言葉に、思わず心臓が跳ねた。
……ずるい。
「でも…ごめん、あんなふうに突然言われて、正直戸惑ってる」
私は少し目を逸らして、でもちゃんと答える。
「そうですよね。急にすみません。でも、気持ちは本当なので。」
「…………。」
「俺に……仲良くなるチャンスをいただけませんか?」
目を逸らして俯いていた私は再び彼の目を見る。
「連絡先交換してほしいです。ご迷惑はおかけしません。だめ…ですか?」
真剣な表情、真剣な瞳に目を逸らすことはできなかった。
「……いいよ。」
少しだけ、ほっとしたように彼は微笑んだ。
「じゃ今日はこの辺で行きますね!さやさん……またお会いできたら嬉しいです!」
「う、うん。また、ね。」
遅刻気味のため少し早歩きで大学への道を歩き出す。
そんな私の顔は少し赤い気がする…。
なんでこんなに心がざわつくんだろう。
年下のはずなのに、どこか落ち着いてて、やさしくて。
……ずるい。
また、心臓が鳴ってる。
まだ自分でもわからないこの感情はなんなのか…。
知らないはずの彼に、心が、勝手に反応していた。
その様子を、離れた場所から見ている人がいた。
木陰に隠れるようにして、鋭い視線をこちらに向けていたのは
天羽あやね。
「……何、あれ」
その声は小さく、でも明らかに不満げだった。
(なつきって……あんな子と知り合いだったっけ?)
見たことのない彼の顔に、胸がざわつく。
…それは私の知らない"緋山なつき"だった。