第18話 歪みの片鱗
私は、数日の出来事が心配で、バイト先に足を運んでいた。
「……あの、店長……ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの、さやちゃん」
「最近のお店の口コミ……私のことだと思うんです。」
「でもさやちゃんの働きは、僕が一番よくわかってるよ。あの内容とは全然違うし、大丈夫だからね!」
「あと……ロッカーの鍵が開いていたり、誰かに見られてるような気がして……。はっきりとは言えないんですけど……」
店長は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「そっか……何かあったらすぐ言って。しばらくシフト外してもいいよ?」
「はい……ありがとうございます。助かります」
「さやちゃんがいないと寂しいけど、安全が第一だからね。無理しないで」
店長と話し終えてお店を出ようとすると、カウンター奥に視線を感じた。
杉山さんが、こちらをじっと見ている。
(……また)
目が合ってしまったので、ぎこちなく会釈をする。
彼はすっと視線を外したが、その目に宿った熱に、私は冷たいものが背中を這うのを感じた。
外に出ると、なつきくんとりくくんが待っていた。
「話、終わったの?」
「迎えに来たよ〜。あ、俺はおまけね?」
2人の明るい笑顔に、少しだけ胸が軽くなる。
「終わったよ〜。来てくれて嬉しい」
「さやに会いたかっただけだよ。
…りくも一緒にって、聞かなくてさ」
「ちょうど帰り道一緒だったし、ついでってことで!」
笑い合いながら、3人で歩く帰り道。
横断歩道の手前まで来たときだった——
突然、背中にグッと押されるような衝撃を感じた。
「——っ!」
足元がふらつき、体が前へと投げ出されそうになる。
「さやっ!!」
なつきくんが間一髪、腕を掴んで引き寄せた。
私は彼の胸に抱き込まれるように倒れ込み、すぐ目の前を車が通り過ぎていった。
ほんの数秒遅ければ、きっとーーー。
「大丈夫……?」
彼の声が震えていた。私は小さく頷く。
「……ありがとう。助けてくれて」
そのとき、後ろで声が上がる。
「おい、あやね!」
振り返ると、りくくんが、水族館で詰め寄ってきた女の子の腕を掴んでいた。
「天羽、なにしてんの……?」
なつきくんの声が、今までに聞いたことのないほど低く、冷たかった。
「離して……私は……私は……っ!」
あやねは苦しげに叫び、りくの手を振りほどいて、ふらつきながらその場を走り去った。
一瞬、辺りがしんと静まり返る。
なつきくんが、ぽつりと呟いた。
「……俺、りくに言われて、ちゃんと気にしてたつもりだったのに……。
俺のせいだ……ごめん……」
「なつきくんがいたから、私は無事だったの。……ありがとう」
私はそっと、彼の手を握り返す。
彼の手の温もりが、胸の奥の不安をゆっくり溶かしていく。
震える指先を、彼がそっと包み込んでくれる。
(このままじゃいけない。何が起きているのか、ちゃんと向き合わなくちゃ)
今はまだ、全部を言葉にできないけれど——
彼といると少しだけ、強くなれる気がするんだ。