第17話 小さな違和感
(……あれ?)
バイト先の休憩室で、ロッカーの扉がわずかに開いているのに気づいた。
きちんと閉めたはずなのに、鍵が中途半端にかかっていて、扉が少し浮いていた。
中を確認すると、特に物が盗まれたわけではない。
でも、どこか荷物の位置が変わっている気がして、胸の奥がざわついた。
(気のせい……? でも最近……)
外を歩いているとき、ふと背後に視線を感じることがある。
振り返っても誰もいないけれど、確かに“誰か”が近くにいるような感覚が残る。
不安だった。
でも、なつきくんには言えなかった。
せっかく穏やかで幸せな時間が流れているのに、水を差すようなことを言いたくなかった。
そんな気持ちを抱えたまま、数日バイトに入っていた。
◇◇
「……ここが、俺の部屋」
なつきくんに誘われて、初めて彼の家を訪れた。
シンプルだけど、どこか落ち着く部屋。
彼の匂いがふわっと香って、胸がきゅんと締めつけられる。
どうしよう、顔が熱い。
「家にさやがいるのは嬉しいけど…どっか行きたかったのに。」
「もうすぐテストでしょ?
受験生なのに、遊んでばかりもいられないよ?」
「だって…さやといたいなって……
勉強じゃ退屈じゃん?」
「わ、私もなつきくんとはいたいけど……
私もレポートあるし、退屈じゃないよ。」
2人で机に向かって勉強を始める。
彼の真剣なまなざしが前髪の隙間から見え隠れして、かっこよくて、胸が高鳴った。
ふと気になって、開いていたパソコンでバイト先の口コミサイトを開いた。
そこに並んでいたのは――
〈接客が雑。笑顔もないし、あんな子に任せてる時点で終わってる〉
〈雰囲気はいいけど、あのスタッフがいる限りもう行かない〉
(……うそ)
明らかに私を名指ししているような内容。
恐怖と怒りが一気に押し寄せて、胸の辺りの服をギュッと握った。
(最近のバイト先での出来事はやっぱり……気のせいなんかじゃなかった)
「ーーーと思ってんだけど……さや?」
「え? ……ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」
なつきくんの声で我に返る。
話しかけてくれていたことに、全然気づけなかった。
「……大丈夫? 最近、ちょっと元気ないよね」
心配そうに顔を覗き込んでくるその目が、優しくて温かくて、心に沁みた。
でもそれがまた、痛かった。
「平気だよ。ちょっと疲れてるだけ……週末、バイト続いてたから。」
「無理しないでね。何かあったら、ちゃんと言ってほしい」
(……ほんとは、言いたい。全部話したい。だけど――)
まだ不確かな違和感で、彼にまで心配をかけたくなかった。
でも私の知らないところで、何かが少しずつ崩れていってる気がしていた。
それでも私はまだ、笑ってごまかすことしかできなかった。