第16話 歪みのはじまり sideなつき→sideあやね
【side なつき】
放課後、会いたくてさやの大学の前で彼女を待っていた。
俺に気がつくと、彼女が笑顔で近づいてくる。
それだけで、胸がふわっと温かくなる。
「今日はバイトあるんだよね?」
「うん、18時から。なつきくん、一緒に来る?」
「……うん、行く。バイト先、見てみたいな」
彼女の頬がほんのり赤くなる。誘われたようで、なんだか嬉しかった。
2人で並んで歩く道は、夏の匂いが混ざった風が吹いていて、季節が進んでることを肌で感じた。
駅を過ぎて、騒々しい通りをひとつ入ると、おしゃれなカフェが見えてくる。
「ここだよ」
ナチュラルウッドの看板、アンティークな扉。
カフェとバーの間みたいな大人っぽい雰囲気で、俺はちょっと背筋を伸ばしてしまう。
「おしゃれ……高校生が入っていいの?」
「うん、大丈夫。昼はカフェだけで、お酒出すのは夜のバータイムからだから。
時間まで何か飲もっか。」
そう言って笑う彼女に、また心を奪われる。
(ああ、本当にこの人が好きなんだな)
そんな想いが、胸の奥でじんわりと広がっていく。
店内に入ると、すぐに店長さんが声をかけてきた。
「さやちゃん!バイト希望の子でも連れてきてくれたの?イケメンだし即採用!」
「違いますよー!………彼です。」
さやは少し照れながら俺のことを紹介してくれた。
「やだっ!え、どこでこんな子拾ったの?!卒業したらうち来ない〜?」
「店長っ!………時間までデートさせてください!」
笑い合う2人の間に混ざって、俺も笑う。
でもふと、彼女がこんな世界に自然に溶け込んでいることに、少しだけ寂しさも覚えた。
(俺も、あの隣に似合う男になりたい)
胸の奥で、そんな想いが芽生えた。
【side あやね】
静かな通りの奥。カフェの外観を、少し離れた場所から見る。
(やっぱり、いた)
こっそりスマホで撮った写真。SNSのタグ。足取りをたどれば、いくらでも手がかりはあった。
バイト時間も場所も、全部突き止めた。
なつきと一緒にいる、あの子。
自然に笑い合って、お店に入っていく姿を見た瞬間、喉の奥が焼けるように熱くなった。
私のほうが、ずっとそばにいたのに。話して、支えて、見守ってきたのに……
なのに、私には一度だって、あんな笑顔を向けてくれなかった。
(どうして……あの子なの)
胸の奥がギリギリと軋む。
ずっと傍にいたのに、後から来た誰かに全部奪われる。そんな理不尽、許せない。
私の「好き」は、ずっとそこにあったのに。
「……絶対、壊してやる」
呟いた言葉が、小さく夜風に消えていく。
その後、なつきが帰ったのを確認して、私は店の扉をくぐった。
「いらっしゃいませ!…1名様でよろしかったですか?」
振り返ったその笑顔に、私はゆっくりと頷く。
「…アイスコーヒー1つ。」
「かしこまりました。アイスコーヒーおひとつ、少々お待ちくださいね。」
案内された席につきながら、彼女の背をじっと見つめる。
「お待たせしました!」
机に置かれたコップを手に取り、静かに口元に運ぶ。
(いつまで、そんな笑顔でいられるのかしら)
その微笑みが崩れる瞬間を思い描いて、私は冷たいコーヒーをひと口飲む。
少しずつ“居場所”を崩してあげる。
これから、静かに、少しずつ削ってあげるんだから…。
ひっそりと座りながら、私はもう一度コーヒーに口をつけた。