第10話 光に映る記憶の扉
水族館の奥にあるショーステージ。
私たちは並んで座り、開演を待っていた。
「ここのイルカショー、光と音の演出がすごいそうですよ!」
そう話す彼の横顔を見つめながら、私も小さく頷いた。
胸の奥がふわふわと温かくて、でも少しだけ、落ち着かない。
ーーーショーが始まった。
水面に光が差し込む。
イルカがジャンプするたび、水しぶきが上がって、光の演出で天井にはプリズムのような模様がキラキラと輝く。
青、赤、金――きらきらと揺れる光が、まるでステンドグラスのようで…
(……教会?)
視界が、ふっと遠のく。
◇◇
――ステンドグラスの光が差し込む古びた教会。
パイプオルガンの音が静かに流れ、空気は神聖で、どこか切なかった。
白いヴェールを被った女性が、ゆっくりとバージンロードを歩いていく。
隣には、優しく手を取る青年。
そう、レオン様と……カミラ。
私はお手伝いとして参加していて、壁に沿って並び、拍手をしていた。
笑顔を浮かべながらも、その頬には一筋の涙。
「……レオン様、あなたの幸せをーー
私は……心から願っています」
でも、本当は………
この結婚式が終わったら、私は虹色の鳥になって、空へ還ることを知っていた。
(最後まで笑うんだ。
あなたに……悲しい顔なんて見せたくないから)
ずっと隣にいたかった…あなたの隣で笑っていたかった。
でも……あなたの側にいられた時間は…
とても、とても幸せでした。
静かに遠ざかる教会の鐘の音が、ずっと耳に残っていた――。
◇◇
「……さやさん?」
なつきくんの声で我に返ると、イルカたちが舞い、水しぶきが宙を踊っていた。
でも、頬が濡れていた。
「……あれ、私……泣いてる?」
「うん。……大丈夫?」
私は首を振る。理由は、うまく言えなかった。
「わからないの……でも、胸が締め付けられるような気がして…」
目の前に広がる光景は、記憶のカケラとは違うはずなのに…切なくて、哀しくて…
そしてふいに、そっと彼の腕がまわされ、私の肩を優しく引き寄せた。
驚きつつも、私は少しだけ彼の胸に寄りかかり体を預ける。
彼は何も言わず、ただイルカが跳ねる水面を見つめていた。
私もそれ以上は何も言わず、静かにその時間を感じる。
彼の腕の中は、安心するのに、どこか切なくて。
(なつきくんのこと、もっと知りたいと思ったはずなのに……
こんな風に心がざわつくのは、どうして…?)
心の奥にある“思い出”のような感情と、目の前にいる彼への想いが、まだ繋がらない。
それでも、彼の強く…優しいまなざしを見ていると、少しだけ安心できた。
彼のその眼差しに、さっきの記憶が少しだけ遠くに感じられて、気がつけば私は穏やかな気持ちで彼を見つめていた。
けれど、胸の奥に残るあの光と鳥の記憶は、きっと忘れられない。
そして、それが私と彼をつないでいる気がしてならなかった――。