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2 お面様とコンビニご飯

 学内ではお面をつけたまま落ち着ける場所がないということで、朝陽はふたりを連れて借家に向かうことになった。


 大学から朝陽の住んでいる神社までは、徒歩三十分。朝陽は自転車で通学していたが、雨谷と佐藤は徒歩だというので、自転車を押しながら三人で歩く。

 佐藤は雨谷に手を引かれるまま、ゆらゆらと進んでいる。何とも不安になる足取りだが、お面のせいで視界が悪く、まともに歩けないのかもしれない。


 裏門を出てしばらくはすれ違う人の姿もちらほらあったが、だんだんとあたりは古い民家ばかりになって静けさが増していく。

 建ち並ぶ家々の向こうに、神社を擁する小高い丘が見えた。


「オレ、こっちのほう来るの初めて。家が真逆にあるんだよな、裏門通ったのも初めてだわ」


 学生向けのアパートは、大学の表側にあるものがほとんど。申し訳程度の裏門を雨谷が知らないのも、当然だった。


「こっち側は道も狭いから、車通りも少ない。静かで良いけれど、表通りのほうは店が多いから、そこは羨ましく思う」

「そうね、それはある。あ、ていうか。昼飯! お面様にまだ昼飯食べさせてないじゃん。どっかこの辺で食い物買えるところある!?」


 不意に慌てはじめた雨谷を不思議に思いながら、朝陽は通りの先を指さす。


「二つ先の通りを右に曲がってすこし行ったところに、コンビニがある。だがわざわざ買わなくとも、簡単なもので良ければ、俺の部屋で作れるが」

「え、朝陽、料理できんの? 超有能じゃん」


 うれしそうに顔をほころばせた雨谷だったが、隣に並ぶお面姿の佐藤に目をやって「いや」と笑顔を引っ込めた。


「たぶん普通の一人前じゃ足んないから、買って行くわ。悪いけど、付き合って」

「それぐらい構わないが。ところで、その背中の大荷物、重たくはないのか? 良ければ自転車のかごに入れられるが」


 大した寄り道ではない。

 そう思って気軽に返事をしたのだけれど。


「お面様、お面様。少しの間だけここにいらしてください」


 コンビニの駐輪場に自転車を止めてから店の前へ行くと、雨谷が佐藤の前で気をつけの姿勢をして頭を下げている。

 その横顔はまるで神仏に詣る者のように、真剣だ。

 けれど頭を下げる相手は、お面をつけた同学年の相手。


 一見滑稽で、だからこそ異様な光景だ。

 声をかけるのをためらう雰囲気にただただ見守っていると、雨谷が身を起こして朝陽に笑いかける。


「大丈夫そうだから、行こう」

「あ、ああ。佐藤は外で待っているんだな?」


 ちらりと目をやるけれど、立ち尽くした佐藤はぴくりとも動かない。

 顔も真っ直ぐ前だけを向いていて、面で隠されているせいだけではなく、どこを見ているのかわからない。

 

 ──置物……いや、壁にかけられた面のようだな。人が主体ではなく面が主人であるかのような……。


 確かにそこに立っているのにあまりに人らしさが感じられない佐藤の立ち姿に、どうしてか朝陽はぞっとした。

 そんな朝陽に、雨谷が肩掛け鞄から茶封筒を引っ張り出して、笑いかける。

 

「お面様のために、って村の年寄りから金もらったんだ。朝陽も欲しいもんあったら、紛れ込ませちゃえよ」

「ずいぶん分厚いな……よほど裕福な土地なのか?」


 茶封筒の厚さは親指の太さほどもある。中身がすべて千円札だとしても、けっこうな金額になるだろう。


 そんなことを考えていた朝陽は、コンビニに入るなり雨谷が冷蔵棚を空にしていくのを見て、驚いた。

 五種類並んでいたスパゲティを全部ひとつずつかごに入れ、その上に弁当も全種類。おにぎりをあるだけ入れて、さらにはカップラーメンも端からひとつずつ入れているのを見るに、全種類買うらしい。


 ──雨谷か佐藤、どちらかがよっぽど大食らいなのだろうか。


 あっけに取られて、自分の欲しいものを考える余裕など無くなった。

 その間も雨谷は流れるように商品を手に取っていくわけで、当然のようにひとつのかごに収まりきるはずもなく。両手に満載のかごを持ってふたつめのかごを取りに向かう雨谷を見かねて、朝陽は手を貸そうと申し出た。


「サンキュ。これで飲み物も選べるわ」

「まだ買うのか!」


 嬉々としてかごを二つとも渡してきた雨谷は新しいかごを持ってきて、まだ手に取っていないカップラーメンを次々にかごへ放り込み始める。コンビニの小ぶりなかごは、あっと言う間にいっぱいに。

 四つ目のかごにもカップラーメンやカップ焼きそばを入れたかと思えば、その上にペットボトル飲料をあれこれと乗せていく。


 大食らいというレベルを明らかに超えていた。

 高校時代に男ばかり八人ほど集まり飲み食いをして騒いだことがあったが。その時でさえ、ここまで大量の買い出しをした記憶はない。

 呆然としながら雨谷の後ろについてレジに向かう。商品が山盛りになったかごを四つもカウンターに並べたのだから、店の制服を着たご婦人が驚いた顔をするのも、当然だと思う。


「あ、それとホットスナック。あるだけ全部、ください」

「「えっ」」


 朝陽と店員の声が重なった。


 まだ買うのか。声には出なかった思いも、おそらく朝日と店員とで同じだろう。


 昼時だからだろうか、ホットスナックの什器は八割ほど商品で埋まっている。

 それを全部となると、パーティでもするのかという勢いだ。


「あ、袋もください。これ全部入れるには、何枚いるだろ?」


 首をかしげる雨谷の顔は、冗談を言っている風もない。

 何でもないことのように言う姿こそが、朝陽には空恐ろしかった。

 

 


 大きなビニール袋を左手に持ち、右手には佐藤の手を握った雨谷と並んで歩く。

 けっきょく、買ったものは四袋になった。もちろん、大きいほうの袋だ。


 一番重たい飲み物の入った袋は朝陽の自転車のかごに入れて、ハンドルの左右にも一袋ずつぶら下げた。


 ──うまそうな匂いだ。


 風が吹いたのか、ぎっしりと詰められたホットスナックの肉と脂の匂いが朝陽の鼻腔をくすぐる。

 不意に、視界の端で佐藤が叫んだのはそのときだった。


「アアアァォッ」

「お面様!」

「わあっ」


 雨谷の手を振りほどき、面をつけた佐藤がとびかかってくる。

 突然の行動に驚いた朝陽だったけれど、とっさにビニール袋をひとつ掴んで、差し出した。

 佐藤は嬉々として袋をわしづかみ。地面に胡坐をかいたと思えば、膝の上に袋を置いて中身に手を伸ばす。


「アアウッ。アアァ!」


 面が鳴いていた。

 その下にいる佐藤ではない。なぜわかるのかといてば、声にあわせて面の口が大きく開くから。

 木肌のように乾いたものが裂けたように穴を広げる。

 めきめきと音が聞こえないのが不思議な光景に、朝陽は瞬いた。


 ──佐藤の顔、見えないのだな。


 顔を覆うものが裂けたなら、その下に隠されているものが見えるはず。けれどぱかりと開かれた翁の口のなかにあるのは、真っ暗い穴だけ。

 まばらな歯の向こう側に広がる闇には、底などないよう思えた。

 

 その口でフライドチキンに噛みつこうとするも、紙に挟まれていることに気づいていないのだろう。翁は何度も紙を噛んでは、苛立った声をあげている。


 作り物の面が動き、声をあげるなどあり得るはずがない。

 明らかな異常事態だ。


 けれどあまりにもわかりやすく異常なことが起こったせいで、朝陽はむしろ驚くよりも冷静になってしまった。


 ──たぶん佐藤……いや、お面様は手助けを必要としているのだろう。


 きぃ、かしゃん。


「貸してくれ」


 自転車のスタンドを立てて、朝陽は佐藤の前にひざをつく。

 手を伸ばしても面の口が歯を剥かないのを確かめてから、朝陽はチキンにまとわりつく紙を剥がしてやった。


「ほら、これで食べられるだろう」

「アアウ!」


 促せば嬉々として面を肉に押し付けている。いや、確かに翁の口が物を食っていた。抜けた歯では食いにくいのだろう、ちびちびとだけれど、確かにチキンは削り取られていた。


 その様を眺めて、朝陽は手に残る紙ゴミをどうしたものかな、と見下ろす。

 脂と塩でべたついた紙を、食べ物と同じ袋に入れるのはちょっといただけない。


「雨谷、要らない袋など持っていないだろうか?」

「は、はは……驚かねえの? いま、見ただろ。お面が物食ってるの」


 呆然と立ち尽くしていた雨谷が乾いた笑いをこぼす。


「見たというか、今まさに見ていると言うか。驚きはしたが、外せない、喋ることができなくなるお面という時点で十分驚いていたのでね」


 本物のように見える翁の顔が、本当に動いたところで「なるほど、動くのか」という感想しかわかなかった。


「ふはっ。朝陽さ、変なやつって言われねえ?」

「不本意ながら、しばしば。だが噛みついてくる様子もなく、蛇やムカデのように毒があるようにも見えないのだから、そこまで恐れることもないと判断した。そういうものなのだと言われれば、そういうものなのかと思う他ないだろう」

「ふはは! やっぱ変なやつ!」


 今度こそ破顔した雨谷の顔からは、強張りが取れていた。

 ちょうど佐藤、いや、お面様も肉をひとつ食べ終えたところ。次の肉を鷲掴む前に、膝の袋を取り上げて再び自転車のハンドルにかける。


「行こう、佐藤。いや、お面様と呼ぶべきか? 部屋についたら熱い茶を淹れよう。道端で座って食べるより、ゆっくり味わえるだろう」


 呼びかければ、佐藤がふらりと立ち上がる。お面は相変わらず怒りの形相ではあるが、飛びかかってこないところを見るに朝陽の言葉が通じているように思えた。


「まじか。お面様が普通に言うこと聞いてるよ……ほんと、朝陽って変なやつだな」

「褒め言葉だと受け取っておく。行こう」

「ああ」


 雨谷が佐藤の手を取って、三人はまた歩き出す。

 いくらか進んだところでふと、朝陽は鼻をひくつかせた。


 ──また梅の香り。


 揚げ物の匂いに負けない、さわやかな甘い香りが届いた。ほんの一瞬。けれど確かに。


 ──狂い咲きだろうか。

 

 周囲の塀の隙間に花弁が覗きはしないかと目を向けると、神社をいただく丘はもうすぐそこに見えていた。

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