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神社の管理人~ひょんなことから神社の敷地に住んだら大学生活が退屈する暇もなくなった~  作者: exa(疋田あたる)
つかれやすい

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4 誰そ彼

「ほーん、これがそのお守りかあ」


 試験勉強をするため庵にやってきた清春は、朝陽がもらったお守りを矯めつ眇めつ。

 

「朝陽のはずいぶん紐がゴテゴテしてんなあ。タロのは本体が超派手! んで、隙が多い、だっけ? タロがなんか憑かれやすいってのは、同意だわな」

「えっ、ひどい! 朝陽、清春が意地悪いう!」

「悪いが、否定できないな」

「朝陽までぇ!」


 タロが悲鳴じみた声をあげる姿は、年齢以上に幼く見えた。さっきまで、清春を相手に勉強を教えていたとはとても思えない。

 

 ──麟太郎さんは隙が多いと言っていたのだったか? すこしニュアンスが違うような気が。


 朝陽が返してもらったお守りをズボンのポケットにしまいながら、昨日の会話を思い出そうとしている間に、清春は「あ、もう五時過ぎじゃん」と広げていた荷物を片付け始めた。

 

「いやー、今日は試験勉強がはかどったわ! 朝陽センセのきれいなノートと、タロセンセの的確なアドバイスのおかげです。お礼に残ったお菓子はふたりで食べちゃって~」

「え、いいの? でも、いっぱい残ってるよ」


 タロが言うとおり、清春の持ってきたビニール袋にはまだまだ未開封のお菓子がいくつもある。

 場所を提供してもらって脳みそを貸してもらうのだから、と清春が買い込んできたのだが、一番よろこんで食べそうなタロは勉強に注力していたために、あまり手をつけなかったのだ。


 未開封なら持って帰ってもらえばいい、と思ったけれど、清春は小さめの肩掛けひとつに荷物をぎゅうぎゅう詰めている。

 荷物を減らしたいのだろうか、と朝陽は感づいた。


「今からサークルに直行か」

「うん、そう。だから荷物少ないほうがいーのよ」

 

 「てなわけで、もらってやって?」という清春の言葉に甘えて、庵のお菓子ストックを増やしておく。


「朝陽ぃ、俺たちもそろそろ出る?」

「そうだな。歩いていけばちょうど良い頃だろう」

「あ~、子どもの猫探し手伝うんだっけ。悪いなあ、サークルが無けりゃオレも行くんだけど」

「元々予定に入っていたんだ、仕方ない。それに猫を探すというよりも、ひとりでうろついている子どもの気持ちを落ちつかせるのが目的だから、今日は人数はそんなに必要ないと思う。見つからなければ家まで行って保護者に猫の捜索を申し出るつもりだから、そのときは頼む」

「おーう、任せとけ~」


 三人連れ立って庵の外に出れば、時間のわりに空はまだ明るかった。

 階段を降りきった先にある駐輪場で、自分の自転車を出しながら清春が声を上げる。


「あ、タロ。ちゃんとお守り持ったか?」

「うん、ばっちり! ほら、ここ」


 胸を張ったタロは、Tシャツの胸ポケットを叩いた。

 Tシャツとは違う素材、色をしたそのポケットは手縫いで後付けしたもの。麟太郎の店にあった『後付けチクチクポケットキット』の通りに作ったものだ。

 布の色柄は朝陽が選んだので、蛍光色ではない。


「よしよし。それじゃ、このお菓子も入れてやろう。猫も寄ってくるかもしれねえし」


 そう言って清春は、タロの胸ポケットに個包装の小袋を押し込んだ。

 いりこをカリカリに煎ったおやつは、たしかに猫を呼び寄せるのに使えそうだった。しかし三袋も持っているのは、なぜなのか。


「どこから出したんだ」

「ポケット。フットサルサークルの先輩が会うたびくれるんだよ。骨を丈夫に! ってさ。朝陽もいる?」

「いや、ひと袋あれば足りるだろう」

「そう? あ、じゃあこれ知ってる? 迷い猫探しのまじない」

「まじない?」

「なにそれぇ」


 首を傾げた朝陽とタロに、清春は「書道部の先輩に聞いたんだ」とその文言を教えてくれた。教えたそばから自分でけらけらと笑う。


「まあ、おまじない唱えて猫の方から帰ってきたら、めっちゃラッキーだけどな! じゃあ、気を付けて行って来いよ。あ、もういっこ、探検部の先輩情報。町外れには行くなよ。丘の分かりづらいところに崖があるから、近づくなってさ」


 本当にいくつのサークルに所属しているのか、清春は注意を寄越す。

 町外れまで足を伸ばす予定はないが、あの子どもが向かいたがらないともう限らないから、知っておいて損はない。


「ああ、清春も気をつけて帰れよ」

「また月曜日〜」


 自転車をぐん、と漕いでいく清春を見送って、朝陽とタロも歩き出した。

 



 神社の周辺は生い茂る木のおかげか、いくぶんか過ごしやすかったらしい。

 歩いていくうちに空はだんだんと明るさを失くしていくが、熱されたアスファルトはまだまだ冷めやらない。汗の噴き出る熱さのなか、ふたりは塀の影に並んで子どもを待っていた。


「あ~、どんどん日が落ちていく~。朝陽の顔も見えなくなってきちゃった。ねえ、あの子もう来ないのかな」

「どうだろうな」


 子どもはえてして、飽きっぽいものだ。

 何かにひどく執着したかと思えば、不意に興味をなくして放ったらかしにする。

 

 ──あの子にとっての猫も、そうだったのだろうか。

 

 そのほうが大人にとっては都合が良い。朝陽たちも、子どもがひとりで夕暮れ時にさまようことを心配しなくて良いのだから。

 なのに、それを寂しいと思ってしまう心も同時にあった。


 ──まったく、大人は勝手なものだな。

 

 自嘲した朝陽は空を見上げて、夕焼けと夜空の境い目の美しさに目を細める。

 気付けばずいぶんと日は暮れて、涼やかな風が足元を抜けた。

 

「……タロ、もうすぐ夜になる。あの子はきっともう来ないから」


 帰ろうか。

 そう口にするより前に、タロの悲鳴が聞こえた。


「うわっ!?」

「どうした!」


 はっとして顔を向けると、タロが大きく姿勢を崩している。

 倒れかけているのかと手を伸ばすけれど、よろけるように遠ざかったタロには届かない。


 ──いや、よろけたのではない。


 目を凝らせば、夕焼けの影に沈んだタロの左手をつかむ小さな影が見えた。

 子どもの手だ。

 小さな手がしがみつくようにしてタロに絡みつき、引っ張っているのだ。


 その力はどれだけ強いのか。抵抗しようとするタロの体が、ずるずると引きずられている。

 

「タロ!」

「あ、朝陽ぃ!」


 引き止めようと伸ばした朝陽の手は、届かない。

 タロも引っ張られているのと逆の手を伸ばしてきたけれど、ずるりと引きずられて遠ざかる。


「きゃはっ」

  

 無邪気な笑い声が響いた。


「お兄ちゃん、ほんとに来てくれた! 来てくれた! うれしいなあ、ボクといっしょに行ってくれるんだね!」


 タロの怯えた表情に全く不釣り合いな、弾けるような笑い声がきゃらきゃらと大気をゆする。

 その影は明らかに小さい。なのに、タロが抵抗しきれずにずるずると引きずられている。


 ──明らかにおかしい。


 そう思った朝陽はタロを追おうと顔を上げて、あたりの異様な静けさに気がついた。

 夕暮れの住宅街。車の往来は多くないけれど、買い物帰りの人が袋を下げて歩いたり、自転車で通りかかったり。あるいは犬の散歩をする人の姿もあった。

 ついさっきまでのことだ。


 それが今や、人の気配すらない。

 周囲の家々から聞こえていた煮炊きをする音や、家族との会話。テレビの音など、何もかもが消え失せていた。

 まるですべての人が黄昏時の暗さに呑まれたように、町はすっかり姿を変えていた。


 ──ここは本当にさっきまでいた場所か?


 朝陽の背中にぞくりと怖気が走る。

 知っているはずの道が、途端に恐ろしい場所に見えてくる。

 道の端にできた濃い影に足を踏み入れたなら、底なし沼のようにずぷりと呑み込まれるのではないか。

 そんな思いに駆られてしまう。


 しかし、躊躇した一瞬の間にも、タロはずるずると遠ざかる。

 その手を引く影はもはや子どもの形すらしておらず、暗い影が不定形に伸び縮みしながら地面を舐めるように滑り駆け、げたげたと耳障りな笑い声があたりにこだましていた。


「一緒にいこう、一緒に逝こう! ほら、はやく! いますぐ! ボクと一緒に!」

「くそっ、タロ! ふりほどけ!」

「むり、無理ぃ! こいつめっちゃ、力強いぃ!」

 

 走って追いかけるけれど、タロと朝陽の距離はまったく縮まらない。

 それどころかじわじわと引き離されていく。


「走り込みがっ、足りないか!」


 ──無事に帰れたら、神社掃除の日課にランニングを追加しよう。


 ふざけたことを口にしたのは、逃げ出したくなるような怖気を振り払うため。

 それほどに恐ろしかった。

 走る速度以上の勢いで周囲の景色が滑るように移り変わるのが視界の端に見えている。

 静まり返った住宅街がずるずると後方に流れて、人気のない草原が迫ってきたのが恐ろしくてたまらない。


 ──どこだ、ここは。こんな寂れたところ知らないぞ。俺はまだ現実にいるのか……?


 知らぬ間に死後の世界に引き摺り込まれている、と言われてもおかしくないほど、あたりの闇は深かった。

 足元の草と前を進むタロと子どもの声をした影だけが見えるもので、それ以外はのっぺりとした暗さに沈み込んでいる。


 それでも足を止めるわけにはいかなかった。

 どれだけ必死に駆けても、互いの距離はじわじわと開き続けていく。

 草に足を取られでもしたら、瞬く間にタロを見失ってしまう。

 そうなるとわかっていたから、朝陽は足を止めることも後ろを振り向くこともできず、ただひたすら走ることしかできない。


 ──どこへ連れて行くつもりなんだ。


 どれだけ走ってきたのか、それとも全く進んでなどいないのか。

 もはやそれすらわからなくなったころ、朝陽は自分が丘を駆け上っていることに気がついた。

 同時に、脳裏に思い出される声。

 

 「町外れの丘に崖がある」別れ際、清春がそう言っていた。


 ──ここがその丘だったなら……?

 

 影が向かっている先には、星もない真っ暗な空。

 闇に呑まれ途切れた草の道の向こう、底も見えない断崖が待ち受けている。

 生臭い風に揺れる千切れかけた規制ロープの横、朽ちかけた看板に書かれた『注意 転落死亡事故発生箇所』の文字がやけにはっきりと朝陽の目に飛び込んでくる。

 

 驚き、目を見開いた朝陽の視線の先で子どもの影の口がにたあっと歪む。


「ボクの猫、ずぅっと探してるのにいないんだ。だからお兄ちゃん、代わりにボクと一緒に死んでよ」


 いやにはっきりと耳に届いた言葉とともに、朝陽の目の前でタロと子どもの影とが宙に放りだされた。

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