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9) 新しい『アメリカン』

1ヒロさんの『アメリカン』


 夢さんが東京に行ってしまったあと、若い女性たちが店をまかされていた。その中でもヨシコさんが、客が少なくなった『アメリカン』を盛りたてようと頑張った。ヨシコさんは平和運動のために、原爆のフィルムを持ってアメリカの学校などで上映して回った行動的な女性である。マスコミとのつながりを利用して、『アメリカン』のことを新聞で取り上げてもらった。彼女の始めた百円英会話のおかげで、また新しい客がつき始めていた。

 そんな時、あの元過激派のヒロが『アメリカン』を買った。『アメリカン』を自分のもののように愛する連中たちは、新しい経営者に当惑した。ヨシコさんも、手を引いてしまい、ヒロのお披露目パーティーに、店を手伝っていた女の子たちは誰も来なかった。

 ヒロは店の壁を塗り替えたが、前の方が雰囲気があって良かったなどと言われた。料金は女性を除いて時間制にしたので、男性は話に興がのってきたところで、時計を見て、もう帰るということになった。 

 昼間、『アメリカン』に行くと、薄暗い奥まった場所で、一人でビデオを見ていたりワープロを打ってたりするヒロの背中が見えた。

 その内、結局、営業は夜だけになった。特製カレーの張り紙が壁にあった。閉店時間が近くなると、ヒロが声をかける。

「カレー、食べない」

「お前が食べろよ」

 口の悪い常連が悪態をつく。ヒロは言い返しもせず、山積みの皿をカウンターの中で洗い出す。 

 ヒロは外人を店に来させるために、いろいろ工夫した。たとえば、外人を増やすために日本語レッスンをボランティアで若い女性たちにさせた。英語を使いたいという気持ちを満足させてくれるので、喜んでやる人たちがいた。確かに外人は増えたが、彼らのコーヒー代まで無料にするやり方に差別だと怒る客もあった。

 また店で外国人教師の英会話レッスンを始めた。生徒が増えたら、歩合の手取りが増すというやり方で先生も熱心に教えた。日本語レッスンと英会話の生徒や先生が、レッスン後も残って、おしゃべりした。

 ヒロなりの経営の仕方が、しだいに実を結び、『アメリカン』に活気が戻り始めた。


2ピエールとユキ


 しばらくするとヒロに、強力な相棒ができた。フランス人のピエールである。フランス語を習う人は少ないので、ピエールには職が見つからない。ほっそりした長身で、甘いマスクの映画スターのようにハンサムな青年だったのに、みすぼらしい身なりをしていた。『アメリカン』を手伝って、こづかい程度の分け前に預かっていたらしい。

 私はヒロにも相手にされないのに懲りず、せっせとピエールを目当てに通っていたが、彼にユキという恋人がいるのに気づいた。白いドレスが透き通るような肌をきわだたせている女性だった。

 ある晩、店が終わってから、ヒロとピエールとユキと高校の男性教師と私とで食事に行った。

「みんなですべて分け合おう。料理もビールも女も男も」

 いかにもヒロらしい冗談で食事が始まった。ピエールとユキは、皆の前もかまわず、キスをし合っている。

「ユキはもっと僕にフランス的になってほしいと言うんだ」

 ピエールが心外そうに訴えた。

「ピエールは日本語を覚えるのも早くて、とても頭がいいわ」

 ユキは、ピエールにめろめろである。

「ユキは家族にフランス人のボーイフレンドがいるってことを言おうとしないんだ」

 ピエールがこぼした。

「そりゃあ、言えないよ。親が仰天するさ」

 社会科の教師が答える。

「日本の女の子は両親の言うままだ」

 ピエールは、強い調子で憤慨している。

「日本では個人よりも社会を大切にするからなぁ。だけど、もっと自由になって楽しむべきだ」

 ヒロもピエールに同調した。ここで、どうにかして私は反論しなければならない。

「ピエール、私、前にフランス人のペンフレンドを持ってたの。彼女、結婚してないのに子供ができたって書いてきたの。女の立場って弱いのよね。そのことは、どう?」

 それは、むずかしい問題だけど、僕たちは大丈夫だよね、ユキ」

 ピエールは甘い声で、ユキを引き寄せ、キスをした。フン、何がどう大丈夫なのかしらと、私は、息子の嫁に嫉妬する姑のような顔をしていた。 

 高校の先生はにやにやしながら、意見をはかない。ガールハントもお盛んであるとの噂が伝わっている先生は、社会のルールを守りながら、個人の自由を満喫しているお人なのだ。教師同士の共稼ぎで、子供の保育園への送り迎えは交替でしている。金曜日の夜は彼の休日であり、土曜日は奥さんの、そして日曜日は普段、家事を受け持っているおばあさんの休日だそうである。

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