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最弱属性魔剣士の雷鳴轟く  作者: 相鶴ソウ
第三章 絆愛編

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91話 〈氷の悪魔 ネグラ〉

 今のは……エヴァの記憶だ。エヴァは今、俺の腕の中で目を閉じている。一瞬焦ったが、眠っているだけのようだ。

 エヴァの過去は本人があまり話したがらないので、深く聞いた事は無い。あまりいいものではないと思ってはいたが、これは想像以上に……



 今までこんなに長く一緒にいたのに、どうしてもっと早くに聞いてやれなかったんだ。こんな小さい体に、どれだけの悲しみや寂しさを抱えて生きてきたんだろうか。もっと俺がはやくエヴァの心の支えになってやれていれば、こうはならなかったのかもしれない。



「エヴァ……」





 目を覚ますと私は、真っ白な、どこまでも地平線が広がる空間にいた。



 あれ、私何してたんだっけ。フロリエルと戦って……そうだ、それで黒氷を使っちゃったんだ。フロリエルは倒せたんだけど、私も倒れて、それでクロトが来てくれて……



 あ……



 私はその後の事を思い出して恥ずかしくなり、考えるのをやめた。あんなに嬉しいと思ったのはいつぶりだろう……初めてクロトに会った時かな?

 ううん、さっきの方がもっともっと嬉しかったなぁ。



“愛してる”



 そういえばなんであんな疲弊してたんだろう。魔力切れとも違う、衰弱?



『そう、本来ならお前は自力で立てないほど非力な体だからな。オレの力を使いきればああなる』


「えっ……」



 慌てて後ろを振り返ると私が居た。

 十年ぶりに会ったもう一人の私。最初に会った時はわからなかったけど、クロトの話を聞いて確信した。これは黒氷を使った時の私の姿なんだ。



「久しぶり、だね」


『ああ、こうやって面と向かって会うのは何年ぶりだろうな?』


「うーん、結構長い間だよね」


『ふっ……ああ、長いな』


「それで、どういう事なの?」


『お前は元々病弱だったろ?』


「うん」


『それをオレの力で、正確にはその胸の魔石で無理やり補強してたわけだが、今回はお前の精神的揺れが強すぎて、オレにまで影響を与えたわけだ』


「えーと……」


『黒氷が発動する時、それはお前が何かに心を不安定にさせられた時だ。一度目は母の死、二度目は最愛の人の危険、そして今回は死への強い恐怖』



 最愛の人!?

 そんな、直接的ないい方しなくても……でも、あんまり悪い気はしないなぁ。



『残念ながら、オレはお前の考えてる事の殆どが筒抜けだぜ。で、話を戻すと今回はその揺れが大きすぎた故にオレも力を出し過ぎ、お前の体を支えるほど力が残ってないってわけだ』


「そっか……ごめんね」


『別に謝ることじゃない。むしろ被害を受けるのはお前だ』


「いつ頃目覚めるの?」


『力が戻るまでに多く見積もって一ヶ月。お前の精神力次第じゃもっと早く目覚めるだろうよ』


「一ヶ月か……」



 クロトには何も言えずに気絶しちゃったし、一ヶ月は辛いなぁ。



「そういえば、三回とも私の体を乗っ取らずに助けてくれてるよね」


『乗っ取れるほどオレの力が強ければ、とっくに乗っ取ってるさ。勘違いするなよ、お前が死ねばオレも死ぬんだ。オレはまだ死にたくねーからな』


「ふふ……そっか」


『やっぱり変なやつだな』


「あなたもね。……そう言えば、名前はあるの? それとも、あなたもエヴァリオン?」


『お前みたいな弱虫の名前、まっぴらごめんだね。オレの名前はネグラ。伝説級をも超越せし氷の悪魔、ネグラだ』


「氷の悪魔?」


『お前も一時期その名で呼ばれたらしいが、オレにとっちゃお前みてーな弱虫が俺と同じ二つ名で呼ばれるのは気に食わなかったぜ』


「私のせいじゃないんだけどな」



 でも私が氷の悪魔って呼ばれてる事と、ネグラの事は無関係じゃなさそう。



『最初はお前の身体なんざさっさと乗っ取って、オレ本来の肉体を取り戻してやろうって思ってたんだけどな……お前の人生を見ていくうちに、最期まで見てみたくなった』


「え?」


『幼い時に両親を亡くし、それが自分の力の暴走のせいだと苛まれ、周りの人には悪魔と罵られた少女が、これからどんな人生を送るのか、興味が湧いた』



 興味……?



『お前を守る本当の理由だ。お前は不運に見舞われた可哀想な子だ。だから、オレが……』



 可哀想な子……

 今まで何度もそういう目で見られた。恐怖、もしくは哀れみ。私を見る人達の目には、必ずどちらかが含まれていた。

 でもクロトは違った。ガイナやマナ、レイグ。そしてレオ、シエラも。



「ネグラ」


『あ?』


「私はもう、“可哀想な子”じゃないよ。……今は、一緒に泣いて、笑ってくれる仲間が……愛してくれる人がいる」



 死にたいとさえ思うほど、弱く、何からも守れなかった私の心を、クロトのくれたたった一言の特別な言葉が変えた。もう私は死にたいなんて思わない。誰も傷付けないし、誰も失わない。そのための力なんだって、胸を張って言えるから。



『…………』


「私だって、強くなってるんだから」


『フッ……じゃ、オレのやって来た事は取り越し苦労ってわけか。一つ勘違いをしているようだから訂正しておいてやる。元々お前の親父はお前を守る為のその魔石を作ったんだ。〈氷の悪魔 ネグラ〉から力を吸い出し、魔石に封じ込めてな』


「そうだったの?」


『ああ、あの白髪のじじいが言っていた通り、お前の父親はお前を愛していた。これまでも、これからもな。……くそが、悪魔とまで言われたオレにこんな事言わせんじゃねぇよ』


「ネグラが勝手に言ったんじゃん。……ふふ、でもありがとう。もう私は自分の足で立って、歩いて行ける。仲間達と一緒に」


「……いつか本当の体で会いたいもんだよ。ま、今話してるオレと本当の人格は別もんだから、会えば敵として、だろうけどな』


「それは嫌だなぁ、伝説級より強い相手は」


『……もう一人でもやっていけそうだな』


「え?」


『オレは眠る事にする。お前が黒氷を使っても倒れないように、百パーセントの力を、その権限をお前に譲ってやる』


「でもそれって……」


『もう二度と会うことは無いだろうな』


「待ってよ!」


『ちゃんとオレの力をコントロールしろよ? じゃあな』



 ネグラは少しずつ消えていき、最後の言葉を言い終えると同時に光の粒になった。

 私が初めてネグラに会った時に抱いた感情。初めての友達……私はひどい喪失感を覚えながら、精神世界でも意識を失い、現実の体、精神世界の心の両方が眠りについた。





 エヴァが眠りについた頃、森の外れでは……



「やっと見つけたでありんす。ゴンザレス、エリザベス」


「おい」



 街道に放置したままだった馬車をシエラとレオが見つけていた。



「どうしたでありんすか?」



 レオは荷台を覗きながらシエラに呼びかける。



「死体が……乗ってるぞ」


「え?」



 レオが見つけたのはイザベラの死体であった。だが、二人にとってイザベラは会ったことも聞いた事も無い人物で、しかもそれが死体で自分達の馬車の荷台に乗っていることは摩訶不思議であり、奇妙であった。



「綺麗な人……ではありんすが」


「とりあえずそのまま連れて行こう」


「……!? 正気でありんすか?」


「ああ。この周囲に人の気配は無いし、わざわざ俺達の馬車に死体を乗せる物好きも居ないだろう。てことはエヴァリオンかクロトが乗せたんだろう。弔うのは合流して、聞いてからでも間に合うだろ」


「……レオって」


「?」


「変なところで賢いでありんすね」


「余計なお世話だ!」



 その後二人は馬車を引き、クロトやエヴァの居る場所まで戻る。





 しばらくしてもエヴァが起きそうにないので俺はエヴァを抱え、あたりを見回す。フロリエルの死体は……後で埋めておくか。エンリとリンリは……



「……誰だ!」



 木の陰から一人の女が現れる。おそらくはそこの陰で一部始終を見ていたのだろう。魔王の一人、アリスだ。後ろにはリヴァもいる。

 こんな時に……

 俺は臨戦態勢を取ろうとエヴァを降ろして、テンペスターを握るが、それをアリスは手で制した。



「何しに来た」


「…………」


「こっちはもう参ってるんだがな……」


「安心して、戦いに来たわけじゃない」


「おおよそ魔王の言わなさそうなセリフだが?」



 鵜呑みには決して出来ない。さっきまで命を懸けて戦っていた相手だ。……だが、正直に言えば今はそっちの方が有り難い。もう俺にこの二人と戦う程の体力、魔力は残ってないし、精神的にも勘弁してほしい。

 アリスは俺達に近寄る事はなく、気を失っているリンリの方へ歩いていく。そしてリンリを仰向けに寝かせると胸に手を置き、魔力を込める。これは見たことがある……と言うかやった事がある。

 レオと初めて会った時、奴隷紋を解除した時と同じだ。



 予想通り、しばらくするとリンリの胸から奴隷紋は消え、アリスもそれに合わせて立ち上がった。



「大魔人様からとある命を受けた。エンリとリンリの抹殺だ」



 エンリとリンリの抹殺? フロリエルがエンリを殺したっていうのはそういう事か。



「だけど、私は……私の心はそこまで魔王になりきれないらしい」


「何を言ってやがる……」


「あとは頼んだわ」



 それだけ言い残し、アリスとリヴァは消えた。もう頭が疲れてろくに考えられてないが、整理は落ち着いてからやろう。とりあえず、エンリとリンリは魔王の支配から逃れた。なら、ここに置いて行くのは可哀想だ。連れて行こう。

 イザベラさんも弔わなきゃいけないし、エンリは同じ所に埋めてやろう。

 リンリはとりあえず連れて行って、手当してやろう。元気になれば、後はリンリは自由に生きれる。姉を失った悲しみはしばらく襲ってくるだろうが、それは俺達ではどうにもしてやれない。



「クロト!」



 良いタイミングでレオとシエラが馬車を引いて戻って来た。



「戦いは終わった! ここに留まり続けるのも危険だ! 旅を続けよう。今出発すれば夜中には着く!」


「この死体はなんだ?」



 あ、そうか。イザベラさんについては二人共知らないんだったな。



「あとで説明する! ひとまずは出発だ」


「わかった」





 それから四時間後、俺達は無事にヘレリル公爵領に入った。

 フロリエルはあの森に埋め、エンリとエザベラさんは荷台に乗せてある。エヴァとリンリは目を覚ます様子もなく、馬車に揺られていた。幸いだったのは馬車が大の大人六、七人を乗せても窮屈ではないほど広かった事だ。

 危うくこの疲労の中歩くところだった。



「これからどこへ向かうんだ?」


「ヘレリル公爵領には入ったでありんすよ?」



 ヘレリル公爵領は広く、入ったからと言って目的の場所に辿り着くのには時間がかかる。もう日が半分以上沈んでるし、そろそろ野営の準備をするか。



「目指す場所はブルーバード、汚い酒場だ」


「ブルーバード?」


「知ってるのか?」


「いえ、知りんせん」


「着けばわかるよ。とりあえず今日は休もう」

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