89話 氷姫乱舞
「これで、よしっと……」
俺は休む暇もなくすぐに街道に出て、まず馬車を探した。イザベラさんをこんな所に埋葬するのも躊躇われ、かと言ってその場に置いて行くわけにもいかず、またこれからの戦いに持っていくのもどうかと思ったため、一旦馬車に置いておく事にした。
幸運にもエリザベスとゴンザレスに引かれた馬車はすぐ近くにあり、エリザベス達も無傷であった。荷台にイザベラさんの死体を乗せ、エリザベスとゴンザレスには悪いがその場で待っててくれと言い聞かせ、皆の元へ向かう。
◇
「はぁ……はぁ……ひぇひぇひぇひぇひぇ、城下町で会った時を思い出しますねぇ。その姿」
エヴァが気を失ってから既に数刻が経過した。森は一部凍りつき、地面は所々抉れている。
その中心で二人は立っていた。一人は黒髪を伸ばした赤目の少女。もう一人は紫髪のフロックコートを着た男。
だが、男の方は既に満身創痍である。
体の三ケ所を黒氷柱が貫き、右腕は無い。頭からは血が流れ、片膝を付いている。対する少女は無傷のまま、なんの感情も籠っていない目で男を見つめている。
『さっきまでの威勢はどうした? 随分お疲れのようだが』
「ひぇひぇひぇ……本当に別人ですねぇ」
フロリエルは肩で息をしながら、それでも口調を崩さずに喋る。
一方エヴァは完全に男勝りな口調に変わり、既にフロリエルを殺す算段を付けていた。それも不可能な話ではなく、フロリエルは闇術に優れているものの、リヴァと違い異能に頼り、己の鍛錬をしてこなかった。
つまり異能を無効化してくるエヴァの黒氷やクロトの使う地獄の力を持つ者には全く敵わないと言うことである。
〈闇術 重力〉
「……続けて」
〈闇術 痛み〉
地面に亀裂が入り、エヴァに通常の何倍もの重力がかかる。そこに続けて闇の小球がエヴァの胸元から体に浸透し、全身に激痛が駆け巡る。……はずだった。
「……? 何故効いてないのです?」
エヴァは重力に対しても痛みに対しても全く反応せず、涼しい顔でフロリエルを睨んでいた。
我慢しているわけではなく、実際に効いていない。
『終わりか? ではこちらから行くぞ……』
〈黒き氷は汝を串刺しにせん〉
「やはりその詠唱……」
エヴァがフロリエルに手を向けると、地面から黒氷が突き上げ、フロリエルを突き刺そうとする。が、フロリエルは寸前で避け、後ろへ下がる。
だが、それだけでは終わらず、避けた先へ、更に避けた先へと黒氷が突き出され、フロリエルを追い詰める。
〈闇術 消滅〉
フロリエルの手の平から放たれたオーラが黒氷を相殺し、フロリエルはなんとか事無きを得る。だが、今まで負った傷と激しい動きで息は切れ、すでに頭は朦朧としている。
「その詠唱は、ひぇひぇひぇひぇひぇ、この大陸のものではないですね……」
『黙って殺されろ、虫ケラが……』
〈黒き氷は群れを成し汝を追い立てる〉
「……くッ!」
〈闇術 消滅〉
エヴァの周囲に現れた無数の黒氷柱は、フロリエル目掛けて烈火の如く空を突き抜ける。
最初の数弾を後ろに飛んでかわし、続く追撃を消滅で防ぐ。だが、それだけでは終わらずフロリエルの体を掠めながら黒氷柱は飛ぶ。
間一髪で避けきったフロリエルだが、確実に傷は増え、膝を付きながら息を荒げている。
「はぁ……はぁ…………なんなんでしょうねぇ。ひぇ……ひぇひぇひぇ……」
『全く歯ごたえのない奴だ。この程度で魔王? 笑わせてくれる』
「言って……くれますねぇ……」
『これで終わらせてやろう』
お互いに魔力を高め、相手を一撃で葬り去らんと狙いを定める。そして放つ。恐らくは相手を滅ぼしうる最大の技を。そして、相手の一撃を打ち破る技を。
〈闇術 死刀〉
〈黒き氷薔薇は血に染まりて咲き誇らん〉
◇
もうずっと森を走ってるが、まだエヴァやレオを見つけられていない。
雷化すればもっと早く駆けれるけど、この後も戦闘がある事を考えると今はまだ温存しておきたい。
さっき土の巨人……恐らくはアリスの異能で作られたものが見えたからそこに行ってみたが、その場所にはすでに誰もいなかった。
戦闘の形跡はあったからさっきまでは居たんだろうけど……
「集中しろ……耳を研ぎ澄ませ……」
さっきから嫌な予感が胸の中で渦巻いてる。
これは数年前、テリア山の合宿中に帰りが遅いエヴァを探しに行った時も感じた。何かが起きている。皆順当に勝ってくれていればいい。だが、相手は魔王。負ける事だって十分考えられる。無事ならそれでいい。命さえあってくれれば、何度だって立ち上がれる。
“何故止めるでありんすか”
“あれはどう考えても普段のエヴァリオンじゃない”
“でも……”
これは……この声はシエラとレオだ。俺は思わず立ち止まり、音の発信源を探す。レオの言葉……「普段のエヴァリオンじゃない」……まさか……いや、今はそれよりも特定が先だ。
“なにか嫌な雰囲気を感じる”
“あの魔王は……”
“多分死んでるな”
見つけた。
俺はおおよその検討を付け、草木を掻き分けて進む。しばらくするとレオとシエラの姿が見えて来た。
二人は影に隠れつつ、何かを議論しているらしい。先に俺に気づいたレオは軽く手を上げる。
「二人共、大丈夫だったか?」
「ええ、クロトの方も無事でありんすか?」
「一応な」
「それよりもクロト、あれはなんだ?」
レオが親指で指した背後には円形の広場が出来ており、木々は凍り、地面は抉れ、激戦があった事を思わせる。その中央でフラフラと揺れている黒髪の少女、黒氷を発動させたエヴァだ。
その近くで倒れているのは……フロリエル。アリスとリヴァの二人だけかと思ったが、来ていたのか。少し離れた場所ではエンリとリンリも倒れている。
「あの魔王と髪の長い方の白髪はもう死んでる」
「なに? レオがやったのか?」
「違う。あの白い方は悪趣味な魔王に殺された。で、その魔王を殺したのがエヴァリオンだ」
仲間割れ……? いや、それならリンリも殺されているはずだ。一先ずあのエヴァを放置しておくのはまずい。
「クロト!」
シエラが引き留めようとするが、構わずに走り出す。
昔、フロリエルと初めて会った時の様な暴走なら、なんとかなるかもしれない。もし、そうじゃなかったら……いや、それは考えないようにしよう。
「エヴァ!」
不用意に近づけば黒氷を食らう。ある程度の距離は保ちつつもすぐに近づけるように止まる。
『……ク……ロト……』
まだ微かに正気がある。俺の事を認識したうえで名前を呼び、攻撃もしてこない。あの時の様な獣の様な暴走じゃないならなんとかなるはずだ。
「エヴァ!」
俺が駆け寄ると糸が切れた操り人形の様に倒れかかる。すかさず受け止めたが、予想以上に俺も疲れていたらしく、そのまま座り込む。
エヴァの髪は未だに黒いままで、黒氷も溶けてはいない。完全に解除されたわけでは無く、エヴァ自身の体力や魔力が底を尽きて、強制的に動きが止まった感じだ。
『クロト……』
「どうした、エヴァ。もう大丈夫だぞ」
『また……これを使っちゃった……』
「いいんだ、今回はフロリエル以外に被害は出てない。抑えたんだ、エヴァ」
『……一つ、お願いがある』
「エヴァ……? 駄目だ、それは……」
今にも死にそうな、弱々しい声でエヴァは訴える。
今後の事を考える一方で、俺は直感で感じていた。これからエヴァが言う言葉を。思っている事を。何故感じれたのか、恐らく理屈で説明出来る話ではない。これまでエヴァと居て、この力について悩む姿をずっと見て来た。
だからこそ、今エヴァが何を考え、何を言おうとしているのか、俺の脳が勝手に予測している。
『お願い、クロト……今度こそ、私を……終わらせて』




