88話 因縁の対決
それからどれだけの時が経ったのかわからない。
うっすらと覚えているのは長い均衡の果て、聖域が剣狼により破られ、テンペスターと入れ替えるようにシュデュンヤーを突き出した事だけ。
イザベラさんは今、正面から俺の左肩にもたれかかり、ぐったりしている。
俺の右手は力が入らず、辛うじてテンペスターを握ってはいるが剣先は地面に付いている。左手は逆に力が入りすぎているぐらいだ。
シュデュンヤーを痛いぐらい握り、俺はイザベラさんの重みを支えた。シュデュンヤーの黒い刀身は左肩にもたれかかっているイザベラさんの腹部に刺さり、背中を突き抜けている。
何故、聖域を破る事が出来たのかは俺にはわからない。
聖域を破れる程の威力が出ていたのかと思ったが、そんな訳はない。イザベラさんが一度聖域を使っていた事で、二度目の聖域が魔力不足に陥り、不完全な状態で発動したという方が理解出来る。だが、それについても確証はなく、真偽は不明だ。
シュデュンヤーで突き刺した以上イザベラさんの魂は剣を通して地獄に封印される。もうリヴァの傀儡になることも無いだろう。そして、たとえこんな望まぬ形であれ、もう二度と会う事はない。
「……クロト」
震える手で俺を抱きしめるように手を伸ばしたイザベラさんが意識も朦朧としているのであろう、掠れる様な声で、俺の名前を呼ぶ。
〈癒術 聖人の祝福〉
「強く……なったわね……」
温かい緑色の光が俺を包み込む。
「自分の力を……誇りなさい。そして、忘れないように。クロトを支えているものがなんなのかを……じゃあ、ね……あんまり早く、来ちゃ駄目よ……」
緑の光が消えると同時に、腕の力が抜けていった。温もりが消えていく。俺の胸を押さえた手はもう冷たく、もうイザベラさんが目を開ける事は無かった。
「ありがとうございます……イザベラさん」
◇
時は少し遡り。
クロトとイザベラ、エンリ達とレオの激闘が行われている二箇所とはまた別の場所。そこは特に広場にはなっていなかったが、二人の実力者が激戦を繰り広げていた。
「痕跡は消したはずだけど!」
飛んでくる矢を自らの土盾ではたき落としているのは四魔王アリス。
「“月の女神の投擲眼”は投擲以外にもあらゆる場面で力を貸してくれるでありんす」
そのアリスに矢を放っているのはシエラ。神眼を全開にし、アリスを射止めんと矢を放つ。
「“月の女神の投擲眼”……? なるほど、あなたは神眼の使い手なのね」
「だったらなんでありんすか?」
二人の距離は十メートルほど。
自然に二人は話しているが、その間も矢の攻撃と土の防御は常に行われている。アリスは魔力を削り、シエラは弓の残量を減らしながら攻防を続ける。
「神眼は魔眼に匹敵する唯一の力。あの方の邪魔をするのはクロトではなくあなたかもしれないわね」
「魔眼……? なんの話でありんすか」
シエラの放った矢は狙い通りカーブし、アリスの懐に入る。が、アリスの操る土塊の数は五を超えており、その程度では容易く防がれてしまう。
「ふふふ……だったらここで生かして帰すわけにも行かない。目的が別にあるとは言え、ここまで来たら危険でしかない……」
「だから何を言っているのかわかりんせん……!」
更に五本の矢を同時に放った。
シエラはアリスの放った殺気に警戒し、若干の恐怖心を抱きながらも怖じけずに攻撃を続ける。しかしその精度は明らかに落ちている。
それもそのはず、シエラは魔物との戦闘しかした事が無かった。
しかもそれはハンター隊との一方的な狩りであり、毎回安全な戦闘。今回のように対人、それも格上の者との本気の殺し合いではなかった。
クロト、エヴァ、レオに比べて実力は劣らないものの、圧倒的に経験がなかったのだ。本気の殺意に触れ、気持ちで負けてしまっている。
さっきまでエヴァと一緒だったが今は一人。心の支えとなるものも今は何もない。
「もう終わりかしら?」
〈土術 凝土弾〉
再三放たれた凝土弾がシエラの肩を掠め、背後の木に当たる。しかしそれだけでは終わらない。
次々と迫りくる凝土弾にシエラは避けるので精一杯、それも完全に避けきれず所々に傷を負っている。
「もっと頑張ってほしいわ。さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら」
「……ッ」
「わざわざあなたが得意な遠距離で戦ってあげてるのに……」
「舐めなんし!」
三本同時に放った矢が、一直線にアリスへ飛ぶ。だが、アリスは全く動かずにその矢を避けた。感情に任せて飛ばした矢ではそもそも狙いがそれていたのだ。
「もっとよく狙いなさい」
「黙りなんし」
アリスはただただ歩いてシエラに近づく。シエラは何度も弓を放つが、簡単に避けられてしまう。
お互い、距離にしてもう五メートルを切った場所にいる。
シエラの後ろに木があり、それ以上下がる事が出来ない。だが、アリスはそんな事お構いなしと足音を鳴らしながらシエラに接近していく。
「くっ……」
〈聖術 聖なる一撃〉
〈土術 土装甲〉
光を纏った矢が、ほぼゼロ距離で放たれるが、アリスは土を盾のような形に固め、ガードした。矢が刺さったままの土の盾はそのままアリスを守るように空中に浮いている。先程から矢を受けるのに使用している盾はこれだ。
〈土術 土武装〉
続いて新たに固められた土は剣のような形になり、アリスの手に収まる。
それは土から作ったとは思えぬほど鋭利な剣であり、軽装しかしていないシエラを引き裂くには十分であった。
シエラは完全に臆し、弓を上げることも、ましてや腰のナイフで反撃する事も出来ない。
「これで終わりよ。死になさい」
アリスの手に握られた剣が空を引裂き、振り下ろされた。
◇
「レオ、シエラの所へ行って」
「でも……」
「私は大丈夫。昔フロリエルには勝ってる」
黒氷の暴走で……だけど。でも、何があってもこいつはここで倒す。
今、私の身体には溢れ出る程の怒りがこみ上げている。こんなに怒りを覚えたのは久しぶりだ。最悪……黒氷の力を使ってでも勝つ。レオが居たら、レオにも攻撃をしてしまうかもしれないし、シエラは遠距離タイプ。もしアリスを発見して、一対一で戦っていた場合、不利すぎる。
リンリはエンリが殺されたショックで気絶してるから私の邪魔はしないはずだし……リンリに代わって私がフロリエルに裁きを下す。
たとえ敵側であっても、仲間を殺すなんて許せない。それも姉妹を引き裂くような事、到底容認は出来ない。
「行って!」
〈氷術 雹絶帝砲〉
片手から生み出した氷塊をフロリエル目掛けて放つ。それと同時にレオは「ああ」と言って森へ駆け出した。
シエラの場所はわからないけどレオの並外れた勘の良さがあれば大丈夫なはず。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ、よくもまぁ何度も何度も私の前に立ちはだかってくれますねぇ……」
フロリエルは雹絶帝砲を振り払い、片手で顔を覆い俯いている。気を抜いてはいけない。この男は危険過ぎる。
「三年前、いえ、もうすぐ四年になりますか。雪山であれだけ痛めつけたのにも関わりずまた私に抗うなんて……」
ドキンと心臓が痛いほど大きく波打ち、段々と鼓動が早くなる。確かに、初めて会った時に撃退出来たのは黒氷があったから。二度目は手も足も出ずに負けてる。今でも戦えば負けるかもしれない……
「おやおや? 震えてるのですか? ひぇひぇひぇひぇひぇ、しかし貴女の相手は後で殺してあげますよぉ」
フロリエルはショックで気を失っているリンリに手を伸ばす。まずい、あのままじゃ殺される。
「……うっ、何……?」
駆け寄ろうとした時、何かに躓いてコケてしまった。足元を見ると白い何か……顔が……
「あ……ご、ごめんなさい……」
エンリに躓いた私はジリジリと後ろに下がりながら謝る。だがフロリエルはそれを見逃さなかった。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ、今がチャンスですねぇ」
〈闇術 痛み〉
フロリエルの人差し指から放たれた闇の小球はフロリエルに背を向けていた私の背中から体内に浸透し……
「う、きゃぁぁぁっっ!!」
痛い。
皮膚が焼けるように熱くなり、内臓が悲鳴を上げてる。筋肉が収縮し、骨がギシギシと音を立てながら軋むような痛み。まるで全身を絶え間なく鞭で打たれているような……
痛い、痛い痛い痛い……
「さて、これでやっと大人しくなりますねぇ。ひぇひぇひぇひぇひぇ」
視界が赤く染まって、次第に感覚が鈍く、意識が遠くなる。だめだ、このままじゃ、また……守られるだけだ。
「そうは……」
『させない』
私の意識は完全に闇に落ち、眠りについた。だが、体は立ち上がり、フロリエルを睨んでいた。
◇
アリスの手に握られた剣が弧を描き、振り下ろされた。
が、土の剣はシエラを斬り裂くよりも早くシエラの頭上で止まった。いつの間にかシエラの隣に立っていたレオの持つ銀月によって完全に止められていたのだ。
「……!? お前は……」
「うちの仲間が世話になったな。礼はさせてもらうぜ」
レオは土剣を力で押し上げ、土剣をアリスの手から弾き飛ばす。アリスは瞬時に後ろに飛び、レオと距離を取る。
遠距離相手だからと近づいたが、アリスも元々遠距離タイプ。根っからの近距離タイプとあの距離でやっては勝てないと踏んだのだろう。
「レオ、あの双子はどうしたでありんす?」
「倒した、だが少し厄介な事になった」
「厄介な事でありんすか?」
「ああ、もう一人の魔王が来たんだ。名前は確か……フロリエルっつったかな。そいつが双子の姉貴の方を殺しちまった」
「……ッ! やはり……ねぇ、それは本当なのね?」
レオの言葉に思わずアリスが反応する。
「本当も何も、お前らの作戦か何かじゃないのか?」
アリスは苛立った様子で何かを考えている。
「で、レオ。その魔王は……?」
「エヴァリオンが戦っている。何か訳有な様子だったが……」
「だったら早く助けに行った方が……」
「わかってるが、俺はエヴァリオンにお前の助けを頼まれた。どの道こいつをそのままにしては行けないだろ」
レオは銀月を鞘に戻し、抜刀の構えを取る。
対するアリスも膨大な魔力を撒き散らしながら何かを仕掛けようとしていた。
「悪いけどあんた達にこれ以上かまってる暇は無いわ」
〈土術奥義 巨兵創造〉
アリスの後ろに再び巨人が立ち上がる。
だが今回は一体で終わりじゃない。続けて二体目が一体目の巨人に向かい合うように、つまりレオ達の背後から立ち上がった。
「おい、まさかこんなデクの棒おいていくつもりじゃないよな?」
「そのまさかよ」
アリスはそれだけ言い終えると森の中へと消えた。残った二体の巨人はレオとシエラを叩き潰さんと既に腕を振り上げている。
「くそ、シエラ!」
シエラは恐怖の対象が消えた放心感、エヴァを助けないとという焦り、そして女神の怒りレベルの攻撃でなければ倒せない強敵の出現。
その全てが一気に押し寄せ、混乱を起こしてしまっている。
「危ない!」
レオはシエラを抱え、大きく右に飛んだ。
片方の巨人が腕を振り下ろし、シエラがいた部分を殴りつける。レオの咄嗟の行動でなんとか巨人の攻撃を免れたシエラはなんとか正気を取り戻した。
「ご、ごめんなんし」
「気にするな。それよりどうする?」
「あの巨人一体ならわっちが倒せるでありんす」
「そうか、じゃあおれがもう一体をやろう」
「わかりんした」
レオとシエラはお互いに背を合わせ、それぞれ巨人を見据える。デカさおよそ十メートル。
「いくぞ」
納刀したまま大きく飛んだレオは、凹凸のある巨人の体を逆手に取り、崖上りの要領で登りだす。ロックドラゴンの時にも見せたロッククライミングだ。そして太もものあたりまで登り詰め、抜刀。体を大きく回転させて一斬、巨人の太ももに大きく切り込みを入れる。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『剣征之斬大輪』〉
だが、それだけでは終わらない。
その切れ込みを足場にし、更に上へ飛んだレオは更に三連撃を巨人に叩き込む。一撃一撃が大きな弧を描き、巨人の体に半分ほど食い込み抉り斬る一撃。腹の部分に巨大で深い傷を残す。
それを無視も出来ない巨人ははたき落とそうと左腕をレオに向かって振り下ろす。レオは対抗するように腕へ斬撃を放つ。
斬撃は肘から下を捉え、蟹の鋏の様に綺麗に斬り裂いた。
「おらぁぁぁぁ!」
そのまま腕に飛び乗ったレオは体を丸め、前転に合わせて一斬。巨人の腕を斬り裂いて行く。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『大風車』〉
「これで最後だ……」
肘から下を斬られた巨人の腕を駆け抜けながら銀月を巨人の腕に付けて走る。
レオが通った後はガリガリと削れ線が出来る。そのまま肩へ登り詰め、銀月を握る力だけを込め、腕全体を脱力し、目を閉じた。
剣征之斬という技は至天破邪剣征流の中でも一番最初に作られた技の一つで、一つ一つの技を繋げて連撃にするように作られた技だ。故になるべく体力を使わないように、なおかつ次の動きへ移行しやすいよう、各技に改良が施されている。
しかし、画竜点睛はまた別だ。
必ず最後に使う技として作られ、完全に脱力した体に真っ直ぐな力を乗せることで他の技よりも大きな攻撃力を生む。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『剣征之斬・画竜点睛』〉
横一文字に大きく振りかぶった銀月は巨人の首を捉え、大きく斬り込みを入れ、目に見えるほどの斬撃の衝撃波が半円形に広がり、巨人の首はどんどん削られて行く。
そして首を両断しきった斬撃は霧となって消え、首が飛んだ巨人は全身の土が崩壊へと向かっていった。土塊の巨人とはいえ人としての性質、つまりは脳から全身へ命令が行われるという部分は忠実に再現されており、その最も大事な神経である脊椎の詰まった首を切られれば機能を失い崩れる造りになっている。
「ふぅ……」
巨人が崩れた事で高さ十メートル程度から落下したレオだが、何事も無かったかのように立ち上がり服についた土を払う。
「神眼発動」
〈“月の女神の投擲眼”〉
「集え、月の光よ……」
そして、レオの後ろでシエラは右目の神眼を発動させていた。
〈月之女神式魔法陣展開・女神の怒り〉
シエラから放たれた三本の矢は、巨人の頭上まで飛び上がり、素早く回転。そして詠唱と共に魔法陣が展開され、神眼“月の女神の投擲眼”の力で聖なる一撃の上位互換に当たる女神の怒りを放つ。
膨大な量の光が巨人に降り注ぎ、その身を崩れさせる。腕が関節で断ち切られ、手から指が飛び、指が粉々に消え消え去る。
こうして二体の巨人は斬り裂かれて土に返り、光に召され土に返った。




