87話 剣狼
「さてと」
「アリス様の所に戻ろう」
レオが倒されてからすぐ、一息ついたエンリとリンリはアリスの元へ戻る為、振り返った。
現在は砲撃のような音が森に鳴り響き、アリスの生み出した巨人はその足元へ全身から土の塊を放出しているところだった。
「あれは奥の手でもある凝土雨弾。魔力を普通の凝土弾の半分、尚かつ数は数倍になる魔術」
「アリス様しか出来ないけどね……魔力半分であれを使うなんて」
通常は地面から土を上空に打ち上げ凝土。そして標的に向けて放つのだが、巨人の体から放出するアリスの凝土雨弾はその工程の半分を無視出来る為、魔力の消費も半分で済むというわけだ。
「しかし、呆気ない男だった」
「彼?」
「ああ、強さで言えばクロトと同等かそれ以上かと思ったが、大した事はなかっ……」
「大した事……ない?」
エンリはハッと目を見開き、振り返る。
そこにはエンリとリンリの連撃、更には〈阿吽の太刀〉を受け地面に倒れていたはずのレオが立っていた。銀月を杖のようにし、立ち上がるだけで息も上がっている。
だが、どこか楽しそうな雰囲気の笑みを浮かべ、レオは立ち上がった。
「あれを食らって……エンリ、すぐにとどめを刺そう」
「ああ……!」
あの連撃と最後の〈阿吽の太刀〉はエンリとリンリの必勝パターンでもあった。
今までそれを防いだ者すら片手で数えるほどしか居らず、食らってなお立ち上がってくる者などただの一人たりとも居なかった。それが一日でクロトとレオ、二人も現れたのだからクロト一行を強敵と認めざる得ない。
エンリとリンリはレオを標的の一人から危険な存在へと認識を変え、再び武器を構えた。
「確かにお前らは強い。だが、圧倒的に足りないものがある」
「く……このっ!!」
「エ、エンリ!」
レオから放たれる殺気と自分たちの必勝パターンが破られたという焦りが、冷静な判断力を狂わせる。エンリは槍をこれでもかと言わんばかりに回し、リンリはワンテンポ遅れながらもそれに続いた。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『狂乱の太刀』〉
飛翔する鉤爪よりも荒々しく、早い斬撃が放たれる。この狂乱の太刀は、レオですら狙いを定めきれない無差別な高速斬撃。
前方に放たれた四本の斬撃をエンリとリンリはそれぞれの武器で破ってくる。が、その時にはもう遅い。
既にレオは次の技に移っている。
〈突破の型 『虎武璃』〉
神速の居合がエンリを襲う。殆ど本能的に槍でガードしたが、その速度とパワーに圧倒され、エンリは動きを止めた。
リンリはなんとか目で追いついたものの体が動かない。
〈突破の型 『突き立てる牙』〉
エンリのすぐ後ろでブレーキを掛けたレオは、そのまま無理矢理踏み込んでリンリに接近。スピードをそのまま乗せた一突きがリンリの左胸を捉えた。
幸か不幸かリンリは胸当てを着けていた為、刀が生身に触れる事は無かったが、衝撃で吹き飛ばされ、木々に直撃。強烈な衝撃を後頭部に受け、そのまま気絶してしまう。
「……ッ! リンリ!!」
「よそ見してんじゃねぇ!! おれらがやってんのはガキのチャンバラごっこじゃねぇ、殺し合いだぞッ!」
「……くっ!」
レオの一喝にエンリは怯むも、槍を握り直し、レオの攻撃に備える。だが、すでに勝負はついていた。
「…………くっ」
エンリは膝を付きそのまま倒れた。体からは血が滴り、地面を赤く濡らす。
〈至天破邪剣征流 相殺の型 『幻像実斬』〉
幻像実斬。あえて相手を追い込み極限状態にする事で感覚を鈍らせ、圧倒的闘気で錯覚を起こさせる至天破邪剣征流の中でも最難関であり、それでいて不確定な技だ。
「お前達に足りないのは敵を憎む圧倒的な憎悪、そして生と勝ちへの執着心。あとは容赦無く敵にとどめを刺す無慈悲さ」
「無慈悲さに関しては……はぁ……はぁ……お前も人の事言えないだろ」
エンリは起き上がる事が出来ず、倒れたままレオに反論する。
「リンリを……生かしただろう。“わざと”胸当てを突いた。私にも情けをかけたな この傷は殺すには浅すぎる」
「…………」
レオは無言で足元に這いつくばるエンリを見ていた。既に銀月は納刀され、勝負はついたと態度で示していた。
いつの間にかアリスの凝土雨弾も収まり、辺りはシンっと静まり返っている。
「お前達がクロトの知り合いらしいからな。それに、おれがこの大陸に来たのは強い奴に勝つためであって殺すためじゃない。勝負がついたのならわざわざとどめを刺したりはしない」
「甘い……な……」
「……レオ? レオっ!!」
草むらをかき分け、エヴァが顔を出した。シエラと別れた後、戦闘音を頼りにここまで来たのだ。
「エヴァリオンか。悪いがこっちは片付いたぞ」
「みたいだね……アリスはこっちに来なかった?」
「いや、知らないな」
「そう……ッ! なに、この……」
「殺気……?」
突如としてこの辺り一体を謎の殺気が覆う。レオは銀月に手を当てながら周りの木々を睨みつけている。エヴァもキョロキョロと見回しながら殺気の出処を探している。
〈闇術 死刀〉
森に声が響いた途端、ある一角より紫色の靄を纏った黒い短刀が飛んでくる。すかさずレオは抜刀し弾き飛ばしたが、黒い短刀は空中をクルクルと回転し、ある一点でピタッと動きを止める。切っ先を下に向け、そのまま急降下。
「……!?」
「ちっ……」
「エン……リ……?」
いつの間にか意識を取り戻していたリンリが目を見開き、倒れたまま手を伸ばす。黒い短刀の刺さった先はエンリの背中、ちょうど心臓の部分だった。
「ぐ、ぐぁぁぁぁ……」
黒い短刀が刺さったかと思うと、紫の靄がエンリの全身を包み、エンリは苦しいのかうめき声をあげる。
エヴァは困惑し、エンリを見つめるばかりで体が動かない。
「う、くそぉ…………」
もがくにもがけず、逃げようにも逃げられない。リンリは涙を流しながら自分の姉に手を伸ばすが、レオとの戦いで想像以上にダメージを負い、それも空を掴むばかりでとても届かない。
リンリの叫びが森に響く中、エンリの体から力が抜け、指先が僅かに痙攣した。それきり、動かない。
……エンリは死んだ。
それはその場にいる全員が確かめずとも感じた事であり、事実としてエンリは死んだ。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ」
それを待っていたかの様に男は姿を現した。
レオと同じく紫の髪をチャラチャラとかきあげ、赤のフロックコート、黒いマントに身を包んだ四魔王の一角……
「不死不滅の……フロリエルッ!!」
エヴァの怒りの声が森に響いた。
◇
聖域は結界術の奥義と言われるだけあって最強の防御力を有した魔術である。
物理に対してはほぼ無敵。破れるのは剛力将軍ファリオスぐらいであろう。魔術に対しては無敵では無いものの高い抵抗力を持っている。こちらも魔将軍ヴァールハイトならば破れるだろう。だが、逆を言えばこの二人でしか破れないという事である。
対する雷帝流奥義である紫電一線は超高電圧、高密度に練り上げられた雷撃と共に斬り裂く技。その極意は圧倒的スピードと衝撃波にあり、動きを見切り、聖域を発動したイザベラにはまるで無意味であった。
「やっぱり、一筋縄では行かないですね」
「そうね……でもこの体、癒術を受け入れないみたいだし、食らったら終わりよ」
「なるべく一撃で……」
「ええ、頼むわね」
〈雷術奥義 雷化・天装衣〉
そこからは暫く、無言の突撃が行われた。お互いの持てる力と技術、経験をぶつけ合った。
一方の放った斬撃が大地を割り、もう一方の放った雷撃が木をなぎ倒して焦がす。森に打撃を与えながらも二人の剣士は止まらなかった。
一人はもう一人を苦しみから解き放つため。一人はもう一人の意思を汲み取り、それでいて手を抜かず、真剣に刃を交える。だが、二人の魔力を全開にし続けた戦いは長くは続かない。
「はぁ……はぁ……」
「ほぼ互角……ね」
いくら雷化・天装衣で高速と膨大な魔力量を手にしているとは言え、イザベラさんには簡単に攻撃すら通らない。
そして自分の体の違和感が、この戦いを通して目の前に迫ってきている。これまでの使用感、そして文献の“雷化・天装衣”とは何かが違う……成長しているのか? そんな考えが脳裏をかすめた瞬間、イザベラさんの刃が肩を裂いた。
「……っ!」
考え事をしていた所にイザベラさんの一太刀が炸裂する。
完全に気を抜いていた俺は避けるのが遅れ、肩に傷を負ってしまう。
「考え事してたでしょ」
この短期間に同じ事を二回も言われるなんて、俺も学習しないな。とにかく今は考え事をしている場合じゃない。集中しないと。
「すいません」
でも、この打ち合いで大体わかった。イザベラさんとの力の差はあと少しで埋まる。あと、一押しあれば。雷化・天装衣……いや、獄化・地装衣を使えば……だがこの後の戦いはどうする。
まだ魔力を温存したまま獄化・地装衣で戦う事は出来ない。
〈雷帝流 雷斬砲・獄〉
シュデュンヤーから黒雷の斬撃を飛ばし、俺はイザベラさんから一定の距離を保ちつつ周りを円形走る。
〈雷斬砲・獄〉は当然の如くイザベラさんの一振りに防がれてしまう。
〈雷帝流 雷斬砲〉
〈雷帝流 雷斬砲・獄〉
〈雷帝流 雷斬砲〉
続けざまに連続で斬撃を飛ばす。勿論全て弾かれるがそれでいい。
イザベラさんの周囲を回りながら遠距離の攻撃を続ければ、経験の豊富なイザベラさんは接近するのではなく俺の行動を先読みして遠距離攻撃をしようと考えるはずだ。
タイミングは一瞬、イザベラさんがこっちの動きに対応してきてから攻撃を放つまでの一瞬を狙って……
「ここ……」
「今だッ!」
〈黒帝流 剣狼〉
瞬動術を身に着け、更に威力とスピードの増した剣狼で一気に接近する。
「……!?」
完全に反応し遅れたイザベラさんは目を見開きながらも俺を見ている事しかできない。体は〈斬鉄砲〉を俺の来るであろう場所に打ち込もうとしていた為に、突然の剣狼を防ぎきれない。長い剣撃のぶつかり合いの中で考えた、経験豊富なイザベラさんを利用した戦法だ。
剣で受け止める事を諦めたイザベラさんが魔力を高める。結界術で受け止めるつもりだ。だが、今更止まれない。
このまま、この技で……倒す!!
「うぉぉぉぉ!!」
〈結界術奥義 聖域〉
左手だけを間一髪でこちらに向け最強の結界術を発動させる。対する俺の一撃はマックススピードで助走を付けた、ただの突き。
光を放つ魔法陣とテンペスターがぶつかり合い、火花が散り、力が均衡する。聖域が一際強く光を放ち俺の視界を白く染める。




