82話 翡翠の戦士
昇格の話も済んで、ゴブリン事件の騒動も落ち着いてから更に次の日。
俺達は一先ずは休暇を取る事にした。予想外に多くの報酬が入って来たので、急いで仕事をする必要が無くなったのだ。各々消耗品が底を尽きそうになっていたので、報酬を山分けにし、調達に向かった。
が、俺は特に必要な物が無かったので適当に街を歩く。
レオは銀月の調整を、シエラは矢の補充や弓の修繕を、エヴァは……
「見てみて、クロト! あ、あっちもいいな。でもこれも可愛い……」
買い物を満喫していた。
昨日今日、憂いるような表情はしていない。ゴブリン戦で少し自信を取り戻したんじゃないだろうか、と俺は思っている。このまま何事も無くいつものエヴァに戻って欲しいと思うが、結局あの謎の魔術と黒い氷。これらが解決しないとエヴァは心の底から笑えないのかもしれない。
「クロト?」
「あ、いや悪い。どうした?」
「もう! ちゃんと聞いててよ」
「悪い悪い」
エヴァの買い物はまだ続きそうだ。
◇
別の通りを歩いているのはレオ。
二代銀月を調整に出す為、鍛冶屋の多い通りを歩いていたのだ。だが、どの鍛冶屋がどうなのか、土地勘の無いレオにはわからず、結局こうして歩き回っているのである。
そんな時……
「お、良い刀持ってるね。兄ちゃん」
と、突然声をかけられた。
声の主は家の中に居るらしく、開けっ放しの引き戸の奥から聞こえてくる。
「わかるのか?」
レオは家の敷居を跨ぎながら聞く。
声の主は白髪混じりの頭にねじりはちまきを巻き、タンクトップを着たおじさんだった。その上腕二頭筋はキンミー村のアルテ・ロイテにも負けず劣らずのムキムキさだ。
「まぁな、どうだ? 俺に鍛えさせてくれねぇか?」
「腕は確かなんだろうな?」
「そりゃぁお前さん、もちろんよ」
「わかった、預けよう」
レオは腰から二代銀月を外し、おじさんに渡した。
「夕方までには終わらせよう。俺の名前はデッテツ。よろしくな」
「おれはレオだ、よろしく」
レオはデッテツと握手を交わし、家を出ようと振り返ると顔馴染みがレオに気付き近づいて来ていた。
「レオ!……と、ガーデルさん!?」
クロトとエヴァだ。
レオに手を振りながらその後ろで二代銀月の具合を見ていたデッテツを見てかなり驚いている。
「誰があのバカ兄貴だ」
二代銀月から顔を上げたデッテツがクロトの言葉を否定する。
「あ、すいません。知り合いの武器職人に似てた……って、兄貴!?」
「おうともよ。お前さんが言ってるのはエルトリア帝国城下町で店を構えているのは俺の兄貴、ガーデルだろ?」
テンペスター、ローズレインの産みの親であるガーデルの実弟。クロトは存在すらも知らなかったが、まさかこんな所で偶然出会うなんて想像出来るはずがない。
「弟が居たなんて知らなかったな」
「俺たち兄弟は元々ここの生まれよ。兄貴は武器を極めるとか言って飛び出したがな」
「そうだったのか……」
「二本も剣を持ってるようだが、どれ、鍛えてやろうか」
「ホントか!」
クロトはテンペスターとシュデュンヤーを鞘ごと抜き、デッテツに差し出す。デッテツは二本の剣を暫く眺める。その目は真剣そのもので、ガーデルがテンペスターをクロトに渡した時にしていた眼差しとそっくりだった。
そしてテンペスターとシュデュンヤーをひとしきり観察した後、首を振りながらクロトに返した。
「すまんな、こいつは鍛えられねぇ」
「ど、どうして?」
「この白い方の剣は兄貴の剣だろう。俺が口出し出来るほどぬるい剣じゃない。既に完璧な状態に近い。そしてこの黒い方の剣だが、こいつはまだまだ成長する……が、それを為すのは俺じゃない」
「……そうか」
「おう、わりぃな」
シュデュンヤーはゾンビとなった人達の魂を地獄へと戻すパイプ役でもあり、送った魂の数に比例して性能が上がる剣だ。鍛冶では鍛えられないのも無理はない。
その後、クロト、エヴァ、レオはデッテツにお礼を言い、宿に戻って、その日を終えた。因みにシエラの買い物もうまく行ったようで、部屋には大量の矢が置いてあった。
◇
それから一週間弱、俺達はミスリル級冒険者パーティとして依頼を受け、過ごしていた。
ゴブリンの一件が終わってからフーバやディーナス達とも仲良くなり、たまに一緒に仕事に行ったりもする。雨刃達は何でもすごい依頼とやらがあるらしく、サーカス一座揃ってこの街を出てしまった。
結局〈シルク・ド・リベルター〉のサーカスを見られなかったというのだけが心残りだ。
そういえば一番皆が驚いていたのが、他者を拒み孤高を貫いていたナイアリスがレオと共に仕事に行った事だ。
ナイアリスは討伐専門の冒険者のため、レオが願っていた『強い奴と戦えてがっぽり稼げる依頼』を回される事が多い。その事を知るや否や「バラバラに受けた方が報酬も増えるだろ」と珍しく正論を吐いてさっさと二人で行ってしまった。
そんな事もありつつ、俺達は資金調達に物資調達を完了させ、そろそろ旅立つ事にした。
「忘れ物はないか?」
「二週間ぐらいしか居なかったでありんすが、随分長い事滞在した気がするでありんす」
「そうだな」
「レオ、荷物全部忘れてるよ」
「うお、いつの間に」
「しっかりしてよ」
今までお世話になった〈ホワイトパピー〉の女将さんやフィールにお礼を言い、宿代を払った。
「長い間、お世話になりました!」
エヴァが笑顔でお礼を言うと、女将さんもフィールも笑顔でこちらこそと返してくれた。
「お客さんたちが来てから賑やかで楽しかったわ。もしまたこの街を訪れる事があったら是非うちに泊まって頂戴!」
「またねー!」
二人の見送りに再度感謝の言葉を伝えながら、俺達は宿を後にした。
そして街の入り口にある馬宿に止めておいたエリザベスとゴンザレスを久々に馬車に繋ぎ、荷物の積み込みが今終了した。
二匹とも「やっとか」と言わんばかりの目つきでブルブルと鼻を鳴らしている。
「お待たせ、また頼むぞ」
俺は二匹に餌をやり、皆が最後の荷物チェックを終わらせるのを待つ。
暫く考えないようにしていたが雷化・天装衣の物理無効を破った皇帝鬼や、それを意図的に作ったらしい人物も気になる。魔物を作り出すなんて、並みの人間が出来るわけない。おまけに正式に伝説級に認定される程の魔物を。となれば俺が知っている中で最も怪しいのは四魔王や大魔人だろう。いつかはそいつとも対面する事になるのかもしれない。
「クロト、準備オッケイだよ!」
エヴァが荷台から顔を覗かせた。それを合図に、俺も乗り込んでゴンザレスとエリザベスを進ませる。
次に目指すはヘレリル公爵。
ヘレリル公爵へ直通で行くと途中で大きめの森を通る必要があるらしい。行商人も行き交う道があるらしいので比較的安全との事だが、だからこそ盗賊団とかに狙われるんじゃないかと思わずにはいられない。
とは言え、そこらの盗賊程度なら何とかなるだろうと言う楽観視とその森を通れば大幅に時間短縮出来るという理由から、その森目指して馬車を走らせる。
◇
同刻。とある酒場のとある男達の会話。
「おい、聞いたか?」
「何をだよ」
「魔王の話だよ」
「また何かあったのか?」
「あったもあった。今度は伯爵邸が襲われたらしい」
「またか?」
「ああ、幸いにも死人は出なかったらしいが、伯爵の私兵が一人残らず倒されちまったらしいぜ」
「マジかよ。またあいつか?」
「ああ、“翡翠の戦士”だ」
「最近現れた、魔王に与する超強い剣士だよな」
「ああ、翡翠色の髪に妙な仮面を被った剣士……こえーよな」
「出来れば会いたくないぜ」
「魔王ってのも今頃どこにいるのやら……」
◇
アイゼンウルブスとヘレリル領を繋ぐ道に跨る鬱蒼と茂った森。その中間部に、紺色の振袖の付いた着物風ワンピースを着た黒髪の美女と、白髪をショートにした褐色肌の少女が居た。
「リンリ、さっきのは行商人?」
「はい、アリス様。この森を通り抜けようとしていましたので、途中で少し脅かしましたところ、慌てて引き返していきました」
「そう……その調子でお願いね」
四魔王のアリスとその奴隷姉妹の妹、リンリだ。
「エンリの様子はどう?」
「……? いつも通りですが」
アリスの主旨不明な質問に対し、リンリは訝しげに答える。エンリは現在、アリスと同じ四魔王、〈死者ノ王〉リヴァと共に周辺の偵察に出ている。
「そう……ならいいわ。これから今までで一番苦しむ戦いをする事になるわ」
「私達が苦戦する……という事ですか?」
「……まぁ、そうなるわね」
「……? 心してかかります」
歯切れの悪いアリスを不審に思いつつも、リンリは決意を固める。そこへ丁度リヴァとエンリが偵察から戻ってきた。
「この周辺は人もおらんようじゃし、丁度良いかもしれんのぅ」
「そう、後は奴らがここを通るのを待つだけね。……そういえば、この前伯爵の私兵と戦ったのは何故?」
「大魔人様の仰った負のエネルギーを集める糧にもなるし、アレを試したかったからじゃ」
「……なるほどね。それでどうなの? 使えそう?」
「うむ……これなら今回の戦いで十分実戦で活躍してくれるじゃろう」
「なら安心ね。エンリ、リンリ……二人共、いつでも戦闘態勢に入れるようにしておいて」
「わかりました」
「……了解」




