76話 〈女闘士軍 アマゾネス〉
「巣まで来たのはいいが……」
「見張リガ居ルナ」
洞窟の前には、『はぐれ』に比べてかなり良い装備を付けたゴブリン達が居た。数は二体。明らかに巣の見張りとして配置されているのだろう。先のシルバー級冒険者の襲撃を受けて、敵も警戒しているのかもしれない。
俺達は少し離れた草むらに隠れており、まだバレてはいない。奇襲は容易、数も個々の強さも俺達が勝っている。
だが慎重に……
「ココニ居テモ話ハ進マン」
……行く気はないらしい。
雨刃は右手を突き出すと、マントについていた片手剣のうち、二本がゴブリン目掛けて飛んでいく。ゴブリンは気配を察知したものの、対応しきれずそのまま心臓を貫かれて死んだ。
引き抜いた片手剣を巻き戻しながら雨刃は草むらを出る。俺達もそれに続く。ゴブリンの血が付着したままの剣を強引に巻き取り、ローブに引き戻したため、血が飛び散ってエヴァが不快そうな顔を露わにする。
「コレハ……同胞、困ッタナ」
「うむ、思ったよりも小さい……」
「なんの話だ?」
「クロト達ハ普段、洞窟デ戦ウ事ハアルカ?」
「洞窟? いや、無いな」
「なら覚えておいて損はない。洞窟内では平野で戦うのとは全く勝手が違う」
「と、言うと?」
「洞窟は基本的に視界は暗い上に両サイドは岩に囲まれている。リーチの長い剣では思ったようには振れないし、動きも制限される」
「弓や魔術も同様だ」とリンが補足する。確かにテンペスターやシュデュンヤーを振るには洞窟は少し狭い。俺一人が前線に出ていれば問題無いだろうが、二人並んだりしたらかなり戦いにくいだろう。更に後衛が遠距離攻撃で援護と言うのも、前衛が邪魔になって上手く機能出来ない。かなり普段とは違う戦いを強いられてしまう。
「俺の剣術、レオの抜刀術は使い物にならないって事か……」
「アア、武器ヲ使ッテ戦ウノガソモソモ難シイ。俺モ全力デハ戦エナイ。同胞モ同ジクダ」
「かなり不利……だな」
「マ! 最悪ノ場合ハ洞窟ノ外マデ誘キ出シテ戦エバイイ」
「規模がわからない以上、警戒は怠らないようにしないとね」
最悪の事態を恐れてここでくすぶっていては始まらないという結論に至り、俺達は巣の中へ入っていった。
◇
北ルート。
クロト達一行が巣の正面入り口に突入した頃、別の入り口を見つけたディーナス達も早速中へ入っていた。
流石に冒険者の話を聞いていただけあり、背後への警戒も怠らず、数体のゴブリンを倒して奥へ奥へと進んで行った。
「強力な魔物の気配を感じますわ。でも……どこかゴブリンとは違うような……」
「考えても仕方にゃい。とりあえず進もう!」
「それもそうですわね」
次々と現れるゴブリンを倒し、順調に進んでいた。だが……
「……っ!?」
「足音?」
かなりの数の足音が後方から聞こえてくる。
次の瞬間、暗がりから飛び出して来たゴブリンを筆頭に、何匹ものゴブリンが現れる。瞬く間に退路をゴブリンの大群に塞がれた。
中には魔術師や大物もいる。決して油断は出来ない。
「まずいですわね」
「一旦このまま奥に逃げよう! ここで戦っても不利だ!」
「ちぃ……ステラ!」
「にゃい!」
〈嵐術 風上絢爛〉
ステラは肩に構えていた鎌に風を纏わせ、薙ぎ払う。
鎌はゴブリンと距離があった為直接は当たらなかったが、巨大な鎌鼬が通路の真ん中に出現し、鎌鼬がまた別の鎌鼬を生み出し、通路を完全にふさぐほどの竜巻が発生する。
不用意に突っ込んだゴブリンは体中を滅多切りにされ、倒れるわけだ。
因みに彼女らは洞窟内の戦闘もある程度こなしてきている為、洞窟内でもある程度自由に動けている。
「しばらくは道を塞いでみせる! 今のうちにゃ」
「今のうちに奥へ行きますわよ」
「ゴブリン如きに逃げるのか?」
「その如きに私達と同じシルバー級冒険者が全滅に近い被害を受けているのをお忘れなく。どんな強者でも、不意打ちのまま戦えば万が一があるかもしれませんわ」
喋りながら走っているうちに四人は巨大な空洞に出た。正面と、右側に通路が続いている。ディーナス達は空洞の中央まで走り、そこで振り返ってそれぞれ武器を構える。
「ギシャァァァァ」
「グガシャァァァァ」
今来た通路から大量のゴブリンが溢れてくる。
最初に来たゴブリンは鎌鼬で所々傷を追っているが、その後ろから来たゴブリンや魔術師、大物は無傷だ。風上絢爛の効果時間が切れ、生き残った者達が追って来たのだろう。
「さぁ……やりますわよ」
「もう一回行きます!」
〈嵐術 風上絢爛〉
再びステラが鎌を振りかぶり、鎌鼬を発生させる。鎌鼬は先程と違って、周囲が広くなったせいで多方に散ってしまい、通路の時ほどの威力は出なかったが、数体のゴブリンを斬り刻む。
続けてディーナスはレイピアを、イズは片手剣を抜き、駆け出す。
「行きますわよ!」
ディーナスのレイピアから放たれる高速の突きが各ゴブリンの急所を的確に突き、次々に数を減らしていく。
「アストロレイ、行くよ」
イズはアストロレイと呼んだ刃の赤い剣を両手で持って、横一文字に薙ぎ払う。アストロレイは、薙ぎ払われると赤黒い斬撃を放ち、ゴブリン達を真っ二つにしていく。
「チィ、食らいな!」
コモエフは後衛からナイフを投擲し、ゴブリンに攻撃する。
投げられたナイフ程度ではゴブリンを殺すまでには至らないが、それでも確実に相手の戦力を削っている。
「ふぅ、ただのゴブリンはあらかた殺りましたわね。でも……」
「魔術師、それに大物はまだ無傷……」
「チィ……こっちもこのまま戦うのは消耗が激しい。どうすんだ! ディーナス!」
「やるしかないですわ。私とステラで大物を……イズは魔術師を、コモエフは後ろから援護を頼みますわ」
ディーナスの言葉を聞き、三人は一斉に動き出す。
「はぁぁぁ!!」
「えいやーー!」
ディーナスの高速多連の突きとステラの大斬小散な斬撃を全身に受け、ホブゴブリンの一体が倒れた。
だがまだホブは三体残っている。三体ともまだまだ余裕の表情で、ディーナス達を見ながらニヤニヤと笑っている。
「三体同時に来る気ですわ。ステラ、大丈夫ですの?」
「もちろん行けるよ!」
別の場所ではイズと数体のスペルゴブリンが戦闘を繰り広げていた。スペルは火球を連続で放ち、イズを追い詰める。
「大丈夫? アストロレイ」
イズは剣に声をかけながら、火球を次々に避ける。イズは小柄な体格を利用し、軽々と相手の攻撃を避けていく。だが、五体もいるせいで、火球は休む間もなく放たれ続け、イズの体力は確実に削られる。
「仕方ない……アストロレイ!!」
イズが剣先をスペルゴブリンに向けると、赤黒いオーラの様な物が壁の様にイズの前に展開され、火球を防ぐ。
その壁はそのまま斬撃に変わり、無数の斬撃がスペルゴブリンを襲う。だが、致命傷には至らず、再び火球が降り注ぐ。
「きゃあ!」
その火球のうち、一つがイズの肩に当たり、後ろに倒れる。服が焼け焦げ、素肌が焼かれていた。スペルゴブリンの操る魔術は大抵は一属性であり、そこまで練度が高いわけでは無い。しかし、魔物の体という特異の体質のおかげか、魔力が人間に比べてもかなり多い。故に魔術そのものが底上げされ、威力が増しているのだ。
「イズ!」
〈結界術 展開防御壁・一〉
コモエフはイズに駆け寄り、結界を貼る。その間にイズの肩に癒術をかける。
「ギシャ、シャシャー!」
「グシャギシャ」
「ガシャシャ」
「ギシャー」
スペルゴブリンはお互いに何かを言い合った後、三体は引き続き火球をイズ達に放ち、他の二体は展開された結界を左右から回り込んだ。
コモエフの結界は一方向にのみに展開されている為左右からの火球には無防備である。
「うぐっ!」
「アストロ……レイ」
だが、イズの手に握られた片手剣は反応せず、火球はイズ達を襲う。
左右からの火球を受けると同時に正面に貼っていた結界も破られ、一気に三方向からまともに火球を受けてしまう。
「イズ! コモエフ!」
ホブゴブリンと対峙していたディーナスはその様子を横目で見、ホブへの注意が一瞬逸れてしまった。
「ディーにゃス!」
ステラが叫ぶよりも早く、ホブゴブリンの持っていた棍棒に吹き飛ばされ、ディーナスは洞窟の壁に頭を打ち、そのまま気絶してしまう。頭の打ちどころが悪かったようだ。
残ったステラはディーナスを助けようとしたが、ホブゴブリン三体に道を塞がれ、動けない。
まさに絶体絶命。その時……
「グォォォォォォォォォッッ!!!!」
空洞に突然の怒号が響き渡り、とどめを刺そうとしていたスペルとホブは動きを止めた。
ディーナス達は気づかなかったが、入ってきた通路から見て左奥の暗がりには更に奥へと続く通路があり、そちらを凝視したまま動かない。現れたのはホブよりも大きく、筋肉質な赤い皮膚。強靭な腕と屈強な肉体。頭からは角が生え、手には鉈を持っている。
「そ、そんにゃ……一級魔物……人喰い鬼!?」
「ち……ちくしょ……う……イズ……なんとか立てるか?」
「う、うん……」
イズはコモエフの肩を借りながらもなんとか立ち上がる。二人共何度も火球に晒され、すでに全身ボロボロだ。ディーナスは未だ気絶したまま、ステラも傷こそ浅いものの恐怖に飲まれてしまっている。
通路から出てきたオーガは二体。オーガの強さはゴールド級冒険者パーティが五人以上で一体倒せるレベル。今の状況では倒せる確率は絶望的だ。
「グォォォォォォォォォッッ!!」
「ギャシャァァ!」
「グギャァァァ」
オーガの咆哮に応えるようにゴブリンが叫ぶ。
「ど、どうしたら……」
「イズ、アストロレイは?」
「……今日はもうダメみたい」
「魔剣様も一日にそう何度も使えないか……」
イズの持つ剣は魔剣アストロレイ。赤黒いオーラを斬撃や障壁として使えるが、一日に使える量は決まっており、普段は奥の手として取っておいている。しかし、今回は強敵と認識し、最初から全開にしていた為、底が尽きてしまった。
「グッギャッギャッギャッ」
オーガは状況を把握すると勝ち誇った様に笑う。
ホブゴブリンはディーナス達の退路を塞ぐように立ち、スペルゴブリンは引き続きイズ達を囲んで身動きが取れないように陣形を組んでいる。
その時、どこからかカチャカチャと金属が触れ合う音が響き、ゴブリン達は頭を傾げる。
「ウルサイナ……ン? ドウヤラ……好キ勝手ヤッテクレタラシイナ?」
独特のなまりが含まれた声が空洞に響く。
その声の主が放つ威圧感に押され、スペルもホブも再び動きを止め、今度はそちらを凝視する。オークは笑いを止め、訝しげに声の方を見る。
ディーナス達が入った時に見えた右側の通路から数人の人影がこの空洞に入ってきていた。
「魔術師小鬼ガ五体、大物小鬼ガ三体。加エテ人喰イ鬼マデ居ルナ……殺ルゾ」
「ああ」
〈雷帝流 雷斬砲〉
〈至天破邪剣征流 突破の型 『地を這う大蛇』〉
〈氷術 雹絶帝砲〉
雷の斬撃が、イズ達を囲んでいた一体のスペルゴブリンを捉え感電、体を引き裂いた。続けて地面を削りながら這うように放たれた斬撃が、三体集まっていたスペルゴブリンへ直撃。三体ともが体を引き裂かれる。
そして矢のごとく放たれた氷の一撃がイズ達を囲んでいたホブゴブリンの最後の一体を捉え、その身を凍らせる。
「これでいいのか? 雨刃」
「アア、上出来ダ」




