75話 十六人の冒険者
雨刃達との一戦後、日が傾いてきたので今日の討伐はここまでにし、一旦冒険者ギルドに帰る事にした。結局俺達が倒した分と雨刃達に貰った分を合わせて二十五体分になっていた。報酬は銀貨七枚、銅貨十三枚にもなった。
半分以上は雨刃達のお陰だが、二日目にしてはかなりいい稼ぎになった。
シエラは深夜に帰って来たが、全身泥だらけで特訓の様子が伺える。
さらにその次の日の朝、俺達は四人揃って冒険者ギルドに向かった。
「頼む……頼む!! 俺達の……俺達の仇をとってくれや!」
扉のないギルドの敷居を跨ぐと叫び声のような、必死の叫びが聞こえて来た。人だかりが出来ているが、その中央にはたった一人の男しか居なかった。
ガヤガヤしてるし……何があったんだ?
「どうしたんですか?」
エヴァが受付まで行き、何事か尋ねる。
「はぁ、実は……昨日、ゴブリンの巣の話をしたじゃないですか……」
「確かシルバー級冒険者パーティが叩くとか……だから俺達に漏れたゴブリンの討伐依頼が回って来たんだよな」
「はい。で、あの中央に居るのがそのシルバー級冒険者パーティのリーダーなんですが、どうやら昨日、リーダーを除いて全滅したそうです」
ゴブリンの群れ相手にシルバー級が全滅した……?
シルバーと言えばブロンズ、アイアンに続く冒険者の位でゴブリン退治なんて余裕で出来るほどの力を持つ位だ。そのパーティがゴブリン討伐の依頼で全滅してしまったのか。
いや、何もあり得ない話ではない。ゴブリン単体の戦闘力は村人でも軽く追い払える程度のものだ。しかし、真に奴らの脅威となるのはその数。そして数が多くなればなるほど上位種と呼ばれる上位の魔物が統治し、勢力を拡大する。三級の魔物だと高を括れるのは単体または少数しか居ないと確信出来るゴブリンに限った話だ。
「なぁ、頼むわ……アウルの……トロイア、ドレッドの仇をとってくれやぁ!」
中央で膝を付きながら頭を下げているのは金髪の男だ。周りには明らかにその男より強い冒険者が複数いるが……
「ゴブリンなんてなぁ」
「第一、正規の依頼じゃねーんなら報酬でねーんだろ。ないない、時間の無駄だぜ」
「私あいつら嫌いなのよね。気持ち悪いし〜」
助ける気は無さそうだ。
元々冒険者は助け合いの精神があるわけではない。結局稼ぎが目的の荒くれ集団である為、同業者がやられたからと言って仇討ちするような連中じゃない。そもそも自分達のパーティメンバー以外仲間とすら思っちゃいないだろう。
「ナンノ騒ギダ」
そこへ、入り口から昨日見た戦闘狂針鼠……じゃなくて雨刃が現れる。そのすぐ後ろにはリンも居る。
「おお! 雨刃さんだ!」
「リンさんもいるぞ!」
なんだ、あいつらそんな有名なのか。
「実はな、雨刃さん……」
一人の冒険者が雨刃に事情を説明する。
「てかあいつの強さ、どう考えてもシルバー以上だろ? あいつに頼めばいいだろーに」
「あら? 知らないんですか?」
「何が?」
「雨刃さんとリンさんは普段サーカスの方に行ってらっしゃるので冒険者ギルドには中々来ないんですよ。こちらから赴く事も可能ではあるんですが、何分忙しい方々ですので……」
「サーカス? あいつ道化師なのか?」
「あら、本当に知らないんですか? 雨刃さんとリンさんはこのアイゼンウルブスが誇るサーカス一団、そしてオリハルコン級冒険者パーティ〈シルク・ド・リベルター〉のメンバーさんなんですよ」
「あの雨刃とリンって奴がサーカスの団員で、オリハルコン級冒険者パーティ〈シルク・ド・リベルター〉の一員ねぇ……え?」
オリハルコンの冒険者パーティ!? そのメンバーがあの雨刃とリンが!? ……いや、確かに実力は本物だし、おかしくはないが。
「エヴァ、知ってたのか?」
「ううん、今初めて聞いたよ」
にしては随分落ち着いてるな。
「ナルホドナ、事情ハワカッタ。行クカ? 同胞」
「そうだな……あまり気分は良くないしな」
「タダ、俺達二人デ巣全体ヲ抑エルニハ人数不足ダナ……オ! オ前ラ、良イ所ニ居タナ」
雨刃は俺達を見つけるとカシャカシャと音を立てながら近づいてくる。本人的にはにこやかな笑顔でも浮かべているつもりだろうが、赤く光る眼がくっきりと三日月型を象り、裂けた口がざっくり空いたその顔は、子供が見れば泣き出すに違いない。
こいつがオリハルコン級冒険者パーティの一員……強さはでたらめだし、見た目の意味不明さからも認めるしかないか。
「クロト、エヴァリオン、アト刀ノ奴。ソコノ青毛ハ……ハジメマシテダナ」
「よう、雨刃。昨日はありがとうな」
「オウ、気ニスルナ。トコロデ、ドウダ? 話ハ聞イテイタダロ? 一緒ニ来ナイカ?」
「あ、でも! この方たちはまだ……」
「最低位ダロ? 知ッテル。ダガ、強サハ俺達ト同等デ問題無シ。来ナイカ?」
「行く」
「ソウコナクッチャ」
「雨刃さんが行くなら俺たちも行くぜ!」
「あれは!」
受付嬢が思わず声を上げる。
名乗りを上げたのは斧を担いだ赤毛の男と白いローブを着、レイピアを腰に下げた金髪の女。そして血走った目がきょろきょろと動いている黒髪の男だ。
「誰だ?」
「シルバー級冒険者パーティ〈三首の鬼〉!」
受付嬢の情報では、赤毛がフーバ・ガイエン、レイピア女がラフ・ユリハカ。血走った目の黒髪男がドダラ・チナヤカ。
三人とも実力ならゴールドにも劣らないらしい。
「あ、あの……私も行きます! ブロンズさんが頑張るのに、私が行かないなんて、いけない事かな……なんて……」
「あれはゴールド級冒険者〈舞姫〉のナイアリスだな」
リンが少し意外そうに呟く。
ナイアリス・レヴァン。
赤毛で腰には三日月刀を三本携えている。ソロで依頼を次々と成功させる凄腕の冒険者。でもなんか体をもじもじさせてて、若干頼りなさげだ。
ナイアリスが声を上げた時にレオが小さな声で「ほう」と漏らす。端麗な容姿をしているので、レオも女の子に興味が出る事があるのかと思ったが、この闘志の漏れ出した目は多分違う。恐らくは本能的に実力者と見切ったのだろう。力量測りマシンのレオが反応するなら、まぁ強いんだろうな。
「私達も行きましょうか? ランシエ」
「あたりめーだろ! ゴブリンなんざ叩き潰してくれる」
ベポ・ルティエンス。シルバー級冒険者パーティ〈蒼紅の絁〉の一人で棍と呼ばれる木の棒を加工した武器を使う。紳士的な蒼髪の男だ。
そして荒々しく、紅髪なのがランシエ・ローズ。自分よりもでかい金棒を振り回す巨体の持ち主。一応女だ。
「私達も行きますわ。ゴブリン達に好き勝手されるの、好きではありませんし」
「ディーにゃスが行くにゃら私達も行かにゃいとにぇ!」
「女の子だけのパーティもあるんだ」
エヴァが少し不思議そうに言葉を溢す。
「あれは女性だけで構成されたパーティとして、他の街にも名の通った有名なシルバー級冒険者パーティですよ。名前は〈女闘士軍 アマゾネス〉」
銀髪でどことなくお嬢様の風格をしているリーダー風の女性、ディーナス・ギル。それに応えたのはステラ・バルトフェルド。茶髪で鎌を肩に担いでいる。な行の発音が苦手らしい。その二人の近くにヤンキー座りしているのは同じパーティのエモエフ・バユラリ。紫の髪をかきあげて、腰には複数のナイフをさしている。
「ゴブリン退治だって。アストロレイ、頑張ろうね」
〈女闘士軍 アマゾネス〉最後の一人。赤毛のショートカットで剣に話しかけているのがイズ・オリオント。
「ウム、コレダケ居レバ良イダロウ」
否定的だった冒険者の流れが雨刃達の登場で変わり、多くの冒険者が参加する事となった。最終的に名乗りを上げたメンバーは、シルバー級冒険者パーティ〈三首の鬼〉。ゴールド級冒険者〈舞姫〉のナイアリス。シルバー級冒険者ペアパーティ〈蒼紅の絁〉。シルバー級冒険者パーティ〈女闘士軍 アマゾネス〉。
そしてオリハルコン級冒険者パーティ〈シルク・ド・リベルター〉から雨刃とリンの二人。最後に俺たちブロンズ級冒険者パーティ、俺、エヴァ、シエラ、レオの四人。
総勢十六人。シルバー級冒険者パーティを壊滅させるような群れだ。数を揃えても油断は出来ない。
「それじゃあ、さっさと出発してしまおうか」
リンと雨刃が動き出し、協力を申し出た冒険者達もそれに続く。
◇
唯一生き残った冒険者から得た情報をまとめると、巣は森の中心にある巨大な岩石の根本。裂け目から入れる洞窟の中にある。
洞窟に入って少しすると後ろから奇襲され、その後、洞窟の奥から魔術師小鬼に率いられていた小鬼達に襲撃された。しかもゴブリン達は剣や短剣、盾を持った前衛と弓を持った後衛に分かれていたようだが、混乱していた為はっきりとは覚えていないらしい。
だが、少なくとも魔術師小鬼以上の上位種が従える群れという事だ。
「入リ口ガ一ツトモ限ラン。パーティ毎デ分カレ、見張リヤハグレノ小鬼ヲ倒シツツ全方位カラ巣へ接近。入リ口ヲ見ツケ次第、各自ノ判断デ突入ダ」
って事で俺達も森に入っているわけだが……
「なんでお前らもいるんだよ!」
「ナンダ? 急ニ」
「すまんな。周りから見ればお前達はルーキー。私達が助けに入るとしたらここしかないんだ」
「まぁ、それはわかるけどよ」
俺達は今回の作戦の最高戦力とも言える雨刃とリンが居る事から巣の正面入口を担当する事になった。正確には最終的に全員正面入口に来るはずだが、他のパーティは別の入り口を探してから来る手はずになっている。逃走も視野に入っている程の上位種が居た場合、逃すと後の被害を招く事になる。だから、別の逃げ道が無いかを予め探っておくんだそうだ。
俺達は一刻も早く、ゴブリン達を討伐する為、最短ルートで森を進んでいた。
シエラの“月の女神の投擲眼”と俺の耳で周囲を常に警戒しつつ、巣へと向かっている。
「おい、剣のお前」
「雨刃ダ。オ前ハ?」
「レオだ。その剣の仕組み、どうなってんだ?」
「……俺ハ糸ヲ操ル魔術、思糸術ヲ使ウ一族ノ末裔ナンダ。思糸術ハ糸ヲ操ル事ハ出来ルガ、ソノ性質マデハ変エラレナイ。ツマリハ“タダ操ルダケ”ナンダ」
「ただ操るだけ? どういう事だよ」
「例エバ糸ヲ束ネテ硬質化出来タラソレダケデ武器ニナルダロ? ダガ、ソンナ事ハ出来ナイ」
「で、それを補うために片手剣を括り付けてるのか?」
「ソウダ。マ、切レタ糸ヲ繋ゲタリ、糸ヲ伸バシタリ、ソレグライナラ出来ルゼ」
そう言えば昨日、レオに切られたはずの糸がいつの間にか繋がってた。そういう事だったのか。
「クロト!」
「どうした、シエラ」
「見えんした。巣の入り口でありんす!」
「いよいよ、だな」
リンが少し緊張した様子で呟く。
いくら相手がゴブリンとは言っても、現にシルバー級冒険者パーティを全滅させているわけだ。どんな危険が待っているのか、冒険者を長くやっていればよくわかるのだろう。
◇
巣を真上から見て、正面入口は西を向いている。
その方向にはアイゼンウルブスがあり、クロトや雨刃が通っているのは西ルートだ。そして南ルートはシルバー級冒険者パーティ〈三首の鬼〉が担当していた。先頭を歩くのは金髪のレイピア使い、ラフ。その後ろにフーバとドダラが続く。
「こんなちまちました事やってらんねぇぜ、ちくしょう。……どうだラフ、何かいるか?」
「正面から……いや、これは全方位からね。囲まれてるわよ、フーバ」
「ひひ、早く……早く血を浴びたい……ひひひ」
「相変わらず気持ち悪いな。ドダラ」
「もう気にならなくなって来たわ」
「ひひ……来るぞ?」
ドダラが言い終える前に草むらから多数のゴブリンが飛び出してきた。数は二十を軽く超えている。
全方位から一斉に飛び出してきた為、周りを囲まれている。
巣の中に居た奴に比べると装備は貧弱だが、それでもゴブリンが付けているものにしてはかなり良い方だった。
「ちっ! 森に入って早々、この数に囲まれるとはなァ」
「でも、問題ないわ。見たところただのゴブリンばかり」
「ひひ……殺戮だ」
◇
北ルートを進んでいるのは女性だけで構成されたシルバー級冒険者パーティ〈女闘士軍 アマゾネス〉。
四人ではあるが、四人ともが次期ゴールドと噂される程の実力者である。
「これは……」
北から巣に向かって進んでいた四人は途中で巨大な段差に当たった。地盤がズレたかのようなこの段差は大きく裂けており、洞窟として奥に続いていた。
「別の入り口ってやつだにゃ」
「雨刃のヤローが言ってたやつか」
「こらこら、コモエフ。雨刃さんでしょ? ミスリル級冒険者なんだから、敬意を払わなくちゃ」
「チッ、うるせーよ、ディーナス。で、行くのか? 行かないのか?」
「勿論……行きますわ」
「別の入り口だって、アストロレイ。頑張ろうね」
◇
「ったく……何がゴブリンだよ。めんどくせーなー」
東ルートは東北ルートと東南ルートに分かれ、探索を進めていた。東北ルートを担当するのはゴールド級冒険者〈舞姫〉のナイアリス。
普段は弱気なフリをしているが、一人になるとその本性が出る。
「ギシャァァ!」
「シャグァァァァ」
前方から飛び出した二匹のゴブリンをちらりと見ただけで腰に三本さしている三日月刀を二本抜き、体を回転させて流れるようにゴブリンを斬り捨てる。
踊るように回っただけで二匹のゴブリンは確実に急所を斬られ、絶命している。この演舞にも見える戦闘法から〈舞姫〉と呼ばれ、外見も相まってひそかな人気は高い。性格にはやや難あり。
◇
「ふん 雑魚が」
「ふう、なんとかなりましたね。ランシエ」
東南ルートを進むのはシルバー級冒険者ペアパーティ〈蒼紅の絁〉。
金棒を振り回すランシエと棍を操るベポのパーティだ。つい先程襲ってきたゴブリンを討伐したばかりである。二人の周りには五十匹程度のゴブリンの死体が転がっていた。
「しかし、まるで私達が来るのをわかってたみてぇに待ち伏せてやがったな」
「すこし、奇妙ですね。巣から離れたこんな森の浅い場所に五十以上のゴブリンが居た事も気になります。もしかすると、そう簡単な依頼では無いのかもしれませんよ」
「でも正面担当は雨刃とリンだろ? じゃあ問題ねぇじゃねぇかよ」
「それはそうですが……オリハルコン級の案件でなければいいのですがね」




