73話 ゴブリン討伐
「グギャシャァァァ」
草むらからゴブリンが飛び出して来る。
緑色の肌に髪のない頭。目は血走っていて、口には牙が生えている。身長は俺達の半分ほどしかないが、俺達の身長より高く飛んでいる事から基礎的な身体能力の高さが伺える。
「はァッ!」
俺は、手のひらから雷を放出しながら横に薙ぎ払う。雷が盾の様に展開され、ゴブリンはそれにぶつかって弾き飛ばされる。
「グシャァァァ」
〈氷術 氷の弾丸〉
尻餅を付いたまま動けていないゴブリンの胸部に氷柱が突き刺さり、ゴブリンは声にならない叫びを上げながら絶命した。
「ふぅ……」
突然の事で驚いたが、ゴブリンは三級魔物で、今の俺達が苦戦する様な相手ではない。
それにしても、エヴァの魔術の威力が落ちてる気がする。スピード、パワー、強度や数も、前の方がずっと優れていた。
氷術を使う事に躊躇いがあるのだろうか。なるべく早くどうにかしてやりたいけど、どうしたものか……
「とりあえず、後味は悪いが耳を削ぐか」
倒したゴブリンの耳を削いで冒険者ギルドに提出するとそれが討伐した証拠になり、報酬がもらえると言う仕組みになっている。
しかし、このゴブリン……武器こそ持っていなかったが、一応ちゃんと服を着ている。ゴブリンってのは普通、全裸もしくは布切れを巻きつける程度の衣文化しか無いはず……
シルバー級冒険者パーティが叩くらしいゴブリンの巣。おそらく群れの中でもカースト最下位に近いゴブリンですら服を着ている。
もしかすると想定しているよりもずっと強大な巣なんじゃないだろうか。
「クロト?」
「あ、いや、なんでもない。行こう」
「うん」
その後も出会ったゴブリンをひたすらに倒し、倒した数が十を超え始めた頃。
どのゴブリンも身につけている衣服はゴブリンにしては上等な品で、武器を持っている個体も数匹見かけた。
そしてもう一つ気になるのはその量だ。冒険者ギルドの様子を見るに相当な数の冒険者に声をかけていた。そしてただのゴブリン退治にしては破格の報酬にその殆どの冒険者が依頼を受けていた。
にも関わらず森の浅い部分にいる俺達の所にまで十以上のゴブリンが現れる。いくら森が広いとは言っても若干違和感を感じる多さだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ゴブリンの耳を回収していると、突然森の中に女性の悲鳴が響いた。
俺達は悲鳴を聞くと同時にお互いの顔を見合わせ、うんっと頷く。悲鳴は一度きりだったが、それを頼りに悲鳴のした方向へ走り出す。
アグリア戦以来使っていなかったが、感覚を研ぎ澄ます為に集中する。耳に神経を集中させ、音を集める。葉のさざめく音、鳥のさえずり、冒険家の息遣い、足音。……この比較的軽い足音はゴブリンだ。
更に範囲を絞る。
ゴブリンの複数の足音、その中にゴブリン達に比べてかなりでかい奴がいる。そのすぐ近くで荒い息遣い。これは人の物だ。何か小声で言っているが、ほとんど言葉になっていない。
俺は目を開け、エヴァと目を合わせる。
「こっちだ!」
◇
悲鳴の出処。
そこには五、六体のゴブリンに囲まれ、大太刀を肩に担いだ人間サイズのゴブリン、ホブゴブリンがいた。三級魔物のゴブリンに対し、ホブゴブリンはゴブリンの上位種で二級魔物。身長が人間サイズである事と、通常のゴブリン同様に基礎的な身体能力は高い為、注意していなければブロンズ級の冒険者であれば簡単に殺されてしまう。
そしてその群れに襲われているのは、クロト達と同じくブロンズの冒険者。男女のペアでゴブリン退治に来ていたらしく、男の方は気絶し、女に抱きかかえられている。
とは言え、女の方も完全に腰を抜かし、目には涙を浮かべている。
「お、おねがぃ……お願いだから助けてください……」
ホブゴブリンは真っ直ぐ女の冒険者を見つめニタニタと笑う。
上位種が支配しているゴブリンの群れは知能的で統制の取れている群れが多い。ただ殺すだけでなく、女を攫って数を増やすなんて事も平気でやる。更には人間に追い詰められた時、人質として使ったり、時には非常食として食らう時もある。
ゴブリンは一体一体の強さは決して警戒すべきものではないが、恐るべきはその貪欲さと憎悪の強さ。どんな不意打ちや卑怯な手を使ってでも復讐する恐ろしい執着心。これらを侮った冒険者が迂闊に手を出し、全滅するというケースはよくあった。
この男女の冒険者も似たようなもので、ゴブリンならと侮っていた結果、二級魔物であるホブに出会い、こうなってしまっている。
「グギャァァァァ」
「グ!」
「グギァ?」
ゴブリンが襲い掛かろうとしたのをホブゴブリンが止めた。疑問を覚えたゴブリンだが、すぐにホブに道を譲った。
ホブは人間サイズとはいえ、通常のゴブリンのサイズは、その半分。それに見慣れていた女冒険者にとって、ホブはまさに怪物。
恐怖で足を震わせながらも、なんとか後ずさろうとするが腰は抜けて、おまけに気絶した男冒険者を担いだ状態ではとても逃げられない。ホブゴブリンは楽しそうに笑いながら大太刀を振り上げる。
狙っているのは男の方。女は連れて帰ると決めたらしい。
「お、お願いです。助けてくださぃ……もうやめます! もう帰りますから……お願いします!」
格下と見ていたゴブリンに頭を下げる屈辱も、プライドも投げ捨て、女は泣きながら許しを請う。
だが、ホブゴブリンがやめるはずもなく、そのまま大太刀を振り下ろす。
「……ッ!」
激しい金属音が鳴り響き、大太刀が男の背中を斬り裂く直前で止まった。
真っ黒な髪に黒いマントを身に着けた男。そしてその男の持つ、これまた真っ黒な剣がホブゴブリンの大太刀を止めた。
「ギリギリになって悪い……助けに来た!」
◇
耳を頼りに草むらから飛び出すと、数体のゴブリンと、でかい……と言っても俺達と同じサイズのゴブリンがいた。
その目線の先、木の根本には男女の冒険者がいて、男の方は気絶しているらしい。女の方はなんとか意識を保っているが、完全に怯えてしまっている。
でかいゴブリンが手に持っていた大太刀を振り上げ、男の方目掛けて振り下ろす。咄嗟にシュデュンヤーを抜き、冒険者とゴブリンの間に割って入り、大太刀をシュデュンヤーで受け止めた。瞬動術が無意識に発動してギリギリ間に合った。
「ギリギリになって悪い……助けに来た!」
……そして現在に至る。
「エヴァ! こいつはなんだ?」
「ホブゴブリンだよ。ゴブリンの上位種で、体の大きさ以外に特に注意する必要は無い二級の魔物」
まだ草むらの近くで立っていたエヴァがこっちに向かって走りながら答える。二級魔物という事はテリア山で散々戦ったオークやベアーと同じ階級。むしろ雪山特有の耐性が無い分、こいつの方がいくらか弱いだろう。
「大丈夫か?」
俺は後ろでまだ震えている女冒険者に声をかける。
返事が無いので何かあったのかと思ったが、どうやら気絶したらしい。まあ、それはそれでやりやすいが……
「行くぞエヴァ。さっさと片付ける」
「うん!」
「一応上位種のホブゴブリンもいる。注意して……」
「ソノ必要ハ無イナ」
突然ひどくなまったような独特の喋り方の声が聞こえてきたかと思うと、十本程度の片手剣がゴブリンたちの頭上に浮いていた。
どれも金色の柄と鍔で刃は銀に輝いている。片手剣はそれぞれが別の動きをしながらゆらゆらと揺れている。
「離レテロヨ。巻キ込マレテモ知ラナイカラナ」
今まで浮いているだけだった片手剣が旋回し、ゴブリンを斬りつける。ホブゴブリンを含め総数七体のゴブリンに一斉に片手剣が襲いかかる。
一本の片手剣に手を斬り裂かれ、反撃しようとした時には別の片手剣に背中を刺されて死ぬ。一本の防いだとしても、二本、三本と数を増やして再び攻撃されれば、ガードも虚しく体中に片手剣が突き刺さる。
ホブゴブリンは流石に他のゴブリンとは違うらしく、大太刀で一気に数本の片手剣を跳ね飛ばし、回避している。が、最初は三本だけを相手にしていれば良かったホブゴブリンも、周りのゴブリンが死んでいくにつれて、相手する本数が増えていき、最終的には十本の片手剣を相手にしなければならなくなる。奮闘したが、最終的には四肢をもがれ、心臓に三本の片手剣が突き刺さって死んだ。
昔エヴァが武器具現で〈氷剣一斉嵐撃〉という術を使っていたが、それに似ている。だが、スピードもパワーも桁違いに早い。一瞬にして辺り一帯を血の海に変え、ゴブリンは全滅した。凄まじい程の殺戮を目の前にし、エヴァも恐怖と警戒で一歩下がっている。
とは言え、俺も流石にこれを目の前で見せられ、最初に感じたのは恐怖だ。
あまりにも一方的過ぎる。自分は姿も見せずに攻撃だけを仕掛ける事が出来るというのも強力だが、見た感じ一本一本の力も速度も並の剣士と変わらない。
「オ、生キテルジャネーカ」
片手剣は何かに引っ張られるように草むらの中に消えて行き、代わりに出てきたのはかなり奇妙な男だった。
ぱっと見は、竹笠を頭につけ、マントを着た風変わりな旅人だが、よく見るとそのマントには大量の片手剣が張り付き、歩くたびにガシャガシャと音を立てている。
顔やマントの部分から少しだけ見えている手足は包帯が巻かれており、素肌は完全に隠されている。顔も同様に包帯で覆われているが、大きく裂けた口と赤く光る片目だけは見えており、竹笠で影になっている分怪しさや恐ろしさが上がっている。
もう片方の目は御札のような物が貼ってあり、隠れてはいる……が、こいつの戦闘スタイル、もといその姿は恐怖の化物としか言いようがない。
「…………」
奇妙すぎる。
ハリネズミが擬人化してもこうはならない。見た目こそ変さ、不審さが勝っているが今の一瞬の戦闘で強さが本物なのは伺える。強者ってのは変わり者が多い事も知ってる。
が、それにしたって変すぎる。だって今まで片手剣に覆われたマントを着た包帯男なんて見たことないし……
「ン? ナンダ、怯エテルノカ?」
見かけに反して結構馴れ馴れしく話しかけてくる包帯男。
話し方には独特のなまりがあって、聞き取れないわけではないが、違和感がある。だが、助けてくれたわけだし、話も普通にしてるから見た目がやばいだけで、そんなにやばい奴じゃないのかもしれない。
「あ、ああ。悪い、少しびっくりしてな」
「ハハハ、ソウカソウカ。コノ辺リハ小鬼ガ結構出ルガ、ドイツモコイツモ歯ゴタエガ無クテナ。オ前ナラ良イ退屈凌ギガ出来ソウダ」
ん、良い退屈凌ぎ……?
包帯男が数歩下がってから右手を真っ直ぐこっちに向ける。するとマントに付いていた片手剣が五本、マントを離れて再び宙を舞う。薄っすらと右手の指先から白く、細い物が伸びているのが見えた。おそらくは糸。
武器そのものを操る類の魔術、もしくは剣術かと思ったが、どうも糸であの片手剣を操っているらしい。そんな魔術もあるのかと思う反面、糸で操った片手剣であんな事が出来る事に驚く。
そしてあからさまに敵意を向けてくる唐突さ。案外良い奴かと思ったらやっぱりそういう系なのか。
「行クゾ」
さっきの戦闘を見た印象で、こいつに勝つにはあの片手剣を一撃で、同時に無効化しなければならない。雷化・天装衣で物理無効を体質に付与すれば確かにダメージは凌げるが、攻撃を受けると不安定な人の形が揺らいでしまう為、連続で斬り刻まれれば体力を消耗させられて雷化も解けてしまう。
「クロト!」
「あ、ああ」
片手剣が宙を舞い、五本纏めて俺目掛けて勢い良く落ちてくる。
武器を構えるのも雷化・天装衣を発動するのもおそらくは間に合わない。
あえて最小の動きで致命傷だけを避け、雷化・天装衣を発動して一気に片をつける。……と思ったが、俺が雷化・天装衣を発動するよりも、包帯男の片手剣が俺を貫くよりも早く、俺と包帯男の間に何者が割って入った。
腰に一本の刀を構えた紫髪の青年。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『狂乱の太刀』〉




