69話 鎮魂の儀式
夜。
麓の集落、その中心に井の字に組まれた巨大な組木が用意され、そこに火が灯る。激しく燃えるその炎に戦死したハンター隊の死体を入れ、一緒に花や食べ物を燃やして弔う。
「これより、鎮魂の儀式を始める。先のロックドラゴン、そしてグラキエースドラゴンとの戦いにおいて、命を落とした九人の勇敢なハンターに月の女神のご加護があらん事を」
『あらん事を』
これが鎮魂の儀式。部外者の俺達が居て良いのか少し不安だが、せっかくなら見させてもらおう。
それにしても……まさか死者が出ているとは思わなかった。勿論、超級魔物との戦いは生死を左右する戦いになるだろう。死者が居ない方が珍しいはずだ。だが、どこか心の中で大丈夫だろうと高を括っていたのも事実だ。それにロックドラゴンやグラキエースドラゴンは俺達に狙いを定めてたし、ハンター隊は遠くからの支援が主だった。
どこかで甘えていたのかもしれない。超級、それも七頭のドラゴンともなれば、俺やエヴァ、レオですら、誰がいつ死んでもおかしくはない。それは相手が魔王でも同じ事だ。俺が魔王を倒したいと願う限り、エヴァに、仲間にその分危険が及ぶ。俺のしようとしている事は、本当に……
「決めた事だろ、クロト。お前が迷ってどうする」
自分の覚悟を引き締めるため、俺が地獄から戻ってきた意味を再確認するため、言葉に出して鼓舞する。
人の死はそれなりに経験してきたつもりだ。ミノタウロスの時は幼かった。イザベラさんの時は間に合わなかった。そして今回は力不足だった。
「もっと強ければ、誰も死なせずに済んだのに……とか、考えてありんすか?」
「な、なんでわかったんだ?」
「そう顔に書いてるでありんす。……あっちで少し話をしんしょう?」
「いいのか? 大事な儀式の最中だろ?」
「わっちはこの儀式、あまり好きではござりんせん」
斜め下を俯くシエラを見て、何故かほっておいてはいけないと言う気持ちが急に膨らんだ。
「わかった。行こう」
「ありがとうでござんす」
そのまま俺はシエラに連れられ、集落から少し離れた所にまで来た。そこはテリア山から流れてくる滝がある場所で、周りを森に囲まれている集落からじゃ見えなかった。
綺麗な場所だ。
向かって右に滝が流れていて、その滝から流れる川が俺達の眼前を通っている。俺達の立っている場所は少し高台になっていて、実際に川が流れている場所よりも少し上にいる。
この辺は岩場になっているせいで木も生えておらず、川の流れる音だけが辺りに木霊している。
「どうして、鎮魂の儀式が嫌いなんだ?」
俺は、その場に座りながらシエラに聞く。呼ばれた側ではあるが、沈黙というのもアレかと思い、聞いてみる。
シエラと俺達は出会ったばかりではあるが行きと帰りで二ヶ月弱も生活を共にし、二体の超級魔物と一緒に戦った。何度も助け合い、共に死線をくぐり抜けて来たおかげかすっかり打ち解けている。
「例え死んでいても、例えその方が良いとしても、わっちは仲間の焼かれる姿は見たくないでありんす」
俺に習うようにシエラが隣に腰掛ける。
「……そうか」
そういえばリブ村では死んだ人はそのまま埋めていた。今まで考えもしなかったが、火葬する文化が東の地には無かったんだな。
「わっちはここの生まれではござりんせん」
「そうなのか?」
「わっちは自分が生まれた場所をよく覚えてないでありんす。覚えているのはわっちの住んでいた村が焼かれ、両親が殺される場面だけ」
「……そうか」
だから火葬される仲間に、人一倍嫌悪感を感じるんだろうな。自分の最も嫌な記憶が、焼ける村の記憶だから。
「気が付くとわっちはここに居たでありんす。その情景以外の記憶を全て失って……」
「記憶喪失ってやつか」
俺の半分わかりきってもいる推察に無言で頷き、言葉を続ける。
「シエラというこの名前も、アイリス様に付けて頂いた名前。アイリス様には我が子同然のように育ててもらいんしたが、わっちはどうしても……自分の過去が知りたいと思う時がありんす」
「過去か……それはいつ頃の話なんだ?」
「今から十年以上前の話でありんすね」
「十年前、か……」
五年前なら俺のリブ村襲撃とも重なると思ったが、その倍となるとどうだろうな。
「ごめんなんし。こんな話しても……」
「俺達と一緒に来るか?」
「え……?」
「今、大陸を荒らし回っている魔王と俺達はいずれ戦う。低い可能性の話ではあるけれど、シエラの村を襲撃した犯人も、もしかしたら魔王かもしれない。そうじゃないにしても、大陸のあちこちを回るうちに、過去を知る糸口が掴めるかもしれない」
「…………ありがとうござりんす。少し考えてみるでありんす」
「ああ」
何とも言えない静寂が二人の間に流れる。そこからすぐに、その静寂を破る声が聞こえてくる。
「おーい、クロト! シエラ!」
どうやら鎮魂の儀式は終わったらしく、レオとエヴァがやって来た。二人共かなり回復したように見える。
「お、終わったか?」
「うん! 今日はもう寝るってさ」
「了解! 行くぞ、シエラ」
「うむ!」
◇
それから更に一週間、傷を癒やす事に専念した俺達は、ほぼ全快にまで回復していた。
そして、いつまでもここにいる訳にはいかない俺達は名残惜しくもあるが、ハングル公爵領を出る事を決めた。
「もう行ってしまうのか」
「ああ、いつまでもここに居る訳にはいかないからな。明日の朝には出ようかと思う」
「うむ、そうか。よし、ならば今日は宴だ! すぐに用意しろ!」
『うぉぉ!!』
その後ハンター隊の迅速な準備のおかげで、日が暮れる頃には宴の準備が完了した。鎮魂の儀式で使ったのとはまた別の組み木が組まれ、盛大なキャンプファイヤーが模様される。
立食式で、あちこちに並べられたテーブルの上には一ヶ月前に倒したロックドラゴンの肉が乗っている。グラキエースドラゴンは山の主でのあり、テリア山に住む魔物への抑止力にもなっているらしいので、気絶させるだけで殺したわけではない。
「飲めー! 踊れー! 叫べー!」
「今日は飲むぞーー!!」
「ヒャホーー」
おかしい。ここは女性ばかりのハンター隊のはずなんだが、雰囲気はブルーバードと変わらない。
エヴァはまた酒を飲んでベロベロに酔っている。レオは大笑いしながら酒を樽ごと飲んでる。どうしてこうも極端なんだ……あの二人は。
「楽しんでるか? クロト」
ロックドラゴンの肉を食いながらアイリスが声をかけてくる。俺は皆とは少し離れた所に腰を下ろしていた。
「ん? アイリスか。ああ、楽しんでるよ」
「そうか、それなら良かった。ロックドラゴンの肉は美味いだろ?」
「ああ、昔この山で食べたオークやベアーも美味いと思ったが、こいつはまた格別だな」
「だろ? 魔物は強い程美味いからな」
「へぇ、なるほどなぁ」
手に持ったロックドラゴンの肉を改めて眺める。確かに言われてみれば、これほど上質な肉を食った記憶は無いな。
「……そういえば、シエラを旅に誘ってくれたんだってな」
半分忘れかけていた話がアイリスの口から飛び出し、少しドキッとする。あの時はそう言うのが正しいと思ったが、よくよく考えて見れば引き抜きって事になるよな、と思い、アイリスに何も言わずにシエラを誘ったのは失礼だったんじゃないかと反省していた。
「あ、ああ……まぁ多分断られたんだけどな」
「……? ありがとうな、クロト」
「え?」
「あの子の境遇は聞いたか? 私は我が子のようにあの子を育てたが、あの子にはこの山を出て、もっと広い世界を見て欲しいと思っている。我々ハンター隊に縛られる事無く生きて欲しいと思っている。決断はあの子自身がすべき事だが、そのきっかけを与えてくれた事は感謝している」
「……そうか。……ところで、あの台はなんなんだ?」
俺は気になっていた事を聞く。指差した先にはキャンプファイヤーの前に用意された台で、何かのステージの様にも見える。今のところ、何にも使われていないようだし、誰も上に乗っていないので、最初は何かの催しに使うのかと思ったが、宴の終盤に差し掛かった今でもまだ使われていないので、そういう事でもなさそうだ。
「ん? クロトが用意しろと言ったんじゃないのか?」
「……? いや、俺はそんなこと言ってないが……」
「言ったのはわっちでありんす」
すると俺の視界を遮ってシエラが現れる。
今はハンター隊特有のコートを着ておらず、シンプルなシャツにスカート、革の胸当てと肩当てがくっついた様な物を付けている。肩には矢が大量に入った矢筒と弓矢が背負われており、簡易狩猟スタイルとでも言うべきか。
他のハンター隊は特に武装していないので、シエラの格好が変に目立っている。
「お、シエラか。何かに使うのか?」
「……クロト。わっちと決闘してくんなまし」
「け、決闘?」
シエラは無言でコクっと頷く。オッドアイの綺麗な目はどこか決意のこもった、強い光を放っていた。いきなりなんだとは思ったが、その眼の本気さにそんな疑問はすぐに消える。
「……わかった」




