66話 氷竜『グラキエースドラゴン』
「どこまで行くの??」
掌から氷の塊を放ちつつ、肩に担がれたままのエヴァが俺に聞く。
こんな状態で放たれる氷の塊じゃ、グラキエースドラゴンに大したダメージは与えられないが、挑発には十分だろう。
「特にどこまでとか決めてるわけじゃないけど……お、この辺がいいかな。止まるぞ」
俺は勢いを止めるため右足を前に出し、左足を曲げる。スライディングのように体を斜めに倒してブレーキをかける。
雪が飛び、体が雪まみれになったが、そんな事は気にする必要も無いだろう。
ここは周囲三方が森になっていて、俺達が来た方向だけ開けてる。木を利用出来るここなら、二人で戦うにはいいだろう。
「クァァァァァァ」
「ちゃんとついて来てるな。エヴァ、大丈夫か?」
「うん……ちょっと酔ったけど」
俺は乗り物と同じ認識なのかよ。
獄化・地装衣は地獄の門を開いてる限りは無限に使えるが、逆に門を開き続けているせいで体力の消耗が激しく、実質的に雷化・天装衣と同様に長期戦には向かない。
「行くぞ! エヴァ!」
「うん!」
◇
「放て!」
ハンター隊から放たれた十数の矢が一直線に空を駆け抜け、ロックドラゴンに突き刺さる。
「グォォォォォォォォォォォォ」
本来、鱗鎧が剥がれてもその巨体に張り巡らされた本当の鱗は硬く、普通の矢程度では大したダメージにはならない。
が、ロックドラゴンはクロトの〈雷光・御神楽之劍〉によるダメージを受けている。更には耐性付きの皮膚を持つ、テリア山特有の魔物達用に加工された矢。
その二つが相まって今は有象無象の矢ですら無視出来ないダメージをロックドラゴンは受けている。
「このまま押し切れると思うか? アイリス」
「いや、このままでは厳しいだろう。確かにこれまでの戦闘で、ハンター隊の矢が奴に通じるようにはなったが、あれじゃトドメはさせない。持久戦に持ち込むのはこちらとしてもリスクが大きい」
「同意見だ。しかもまだ本気じゃないと見える」
「何か隠し玉があると踏んだほうがいいか」
「ん、何やってるんだ? あいつ」
見ると、今まで一方的に矢を受け、痛みに吠えていたロックドラゴンが今度は地面をかじっていた。暴れ回るロックドラゴンのせいで奴の周囲一帯は雪が払いのけられ、地面が露出していた。その地面をガリガリと大顎で削り、その岩を食べている。
「地面を……食ってる?」
「正確には、岩石か。ロックドラゴンの属性は岩石だからな」
「どういう事だ?」
「伝承に伝わる七頭のドラゴンは、自分と同じ属性の物を食べる事で強化される。魔力を回復したり、傷を癒したり、それぞれ特有の強みがある」
ロックドラゴンの全身についた傷が僅かではあるが消えている。更に全身から漏れ出すほど魔力が回復している。ただ岩を食べただけで回復と魔力上昇。このまま好きにさせるわけにはいかないと誰しもが直感で感じる。
「まずいな……」
「ああ、せっかく弱らせたのにこのままじゃ……」
「違う。恐らくクロト達はそれを知らない。相手は氷竜、エヴァは氷術使い……」
「あ……」
◇
「おらっ!!」
俺は空中に居るグラキエースドラゴンの所まで飛び上がり、パワーアップされ、尚且つ獄気硬化で硬化させた拳で顎をアッパーで殴り飛ばす。
グラキエースドラゴンは涎を撒き散らしながら体をのけぞらせる、が、流石にこの巨体を吹き飛ばせる威力は出せない。すぐに体勢を立て直してくる。
「もう一発!」
踏ん張れない空中では力が入りにくいが、獄化・地装衣によって強化された今なら魔力を大量に込めれば十分な威力になるだろう。
「おらぁ!」
「クァァァァァァァ」
右ストレートがグラキエースドラゴンの腹にヒット。体をくの字に曲げながら若干降下する。空中に留まるのは不利だと判断し、俺はそのまま雷転移で地面に着地する。
「はぁはぁ……やっぱり獄化・地装衣での戦闘にまだ体がついていかないな」
「大丈夫?」
「ああ、なんとかな。それよりも空中に居られるのがきついな。決定的な一撃を叩き込めない」
「クァァァァァァァ」
「やるしかねぇか」
俺はもう一度地面を蹴り、グラキエースドラゴン目掛けて飛ぶ。
右拳をフルスイングしてグラキエースドラゴンの顔を殴り、続けて左拳でもう一度顔を殴り飛ばす。
だが、グラキエースドラゴンもやられっぱなしでは終わらない。氷で出来た爪を振り、俺を引き剥がそうとする。
空中で身動きの取れない俺は簡単に引き裂かれ、その勢いで吹き飛ばされて地面に落ちる。
「クロト!!」
エヴァが駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。獄化・地装衣は体質を雷へ変え、更には雷の鎧を纏う。あの程度の攻撃じゃどうにもならないよ」
とは言え、そう何度も攻撃を受けるわけにはいかない。雷化・天装衣と違って物理無効はこの獄化・地装衣には搭載されていない。いくら鎧で身を守っていても、ダメージはあるという事だ。
加えてこの状態を保つだけで体力がゴリゴリ削られてるのがわかる。あまり不用意に攻撃を食らい過ぎれば、余計な体力を消耗する事になってしまう。
「クロト! 来るよ!」
「クァァァァァァァ」
グラキエースドラゴンの口から魔力が漏れ出している。
この感じ……サラマンダーと戦った時、ブレスを吐く直前にも似たような魔力を感じた。つまり、ブレスが来る。さっきはシエラの結界術があったからなんとかなったが、あの量の氷柱のブレスをどうやって防げばいい……
俺は獄化・地装衣があるから多少食らったとしてもどうという事は無い。だが、生身のエヴァはそうはいかない。
「クァァァァァァァァァッッ!!!」
「エヴァ!」
〈雹術 武具顕現 【アイギスの盾】 雹絶盾水鏡守護陣〉
咆哮と共に冷たい突風が駆け抜け、直後俺達の周りに無数の氷柱が降り注ぐ。だが、俺達の所には一切降ってこない。
見上げると巨大な円形の盾が俺達とグラキエースドラゴンの間を遮っていた。その盾が氷柱のブレスを吸収している。
「なんだ……あの盾。エヴァか?」
「はぁはぁ……何……今の……?」
エヴァがやったんじゃないのか。でもあの氷の盾と直前に聞こえた雹術という言葉。どう考えてもエヴァの魔術だ。本人に自覚がないのに魔術が勝手に発動したって事か。それに、エヴァが使ってきたこれまでの氷術とは魔力の質から違う。
「本当にエヴァじゃないのか?」
「使ったのは私……だけど」
「だけど?」
「私の意志じゃない。一瞬だけ何かに意識を乗っ取られた……」
「意識を乗っ取られた?」
ここには俺とエヴァ、そして未だブレスを吐き続けてるグラキエースドラゴンしかいないはず。精神を乗っ取る魔術も噂ではあるらしいが、その類じゃないみたいだな。
「多分……魔力もかなり持っていかれてるからやったのは私だけど、あんな魔術知らないし使えない」
謎は残るが、そればっかりに構っていられる状況でもない。さっきの魔術はいずれ解明するにしても、今はこの状況を打開し、グラキエースドラゴンを倒す事に集中しよう。
「エヴァ、今はあいつを倒す方に集中しよう」
「うん、この魔術、多分反射する」
アイギスの盾はブレスを吸収しきると、グラキエースドラゴンに向けて吸収したブレスを放つ。それも肌で感じる魔力はグラキエースドラゴンのも魔力じゃない。エヴァの魔力だ。つまり、ただの反射じゃなく、相手の攻撃を吸収し、自分のエネルギーに変換して放つ。鏡盾の上位互換に当たる。
ブレスを吸収したアイギスの盾は氷柱を無数に放つブレスから、氷のエネルギーを一直線に飛ばすブレスへと変換させ、グラキエースドラゴンに反射される。反射されたブレスは顔面に直撃し、氷が顔に凍り付いて鬱陶しそうに首を振っている。
「自分のブレスを自分で食らうとはな。この調子で畳み掛ける……エヴァ、魔力は大丈夫か?」
「うん! あの盾にかなり持っていかれたけど、まだまだ戦えるよ」
「よし、行くぜって……あいつ……」
グラキエースドラゴンは顔に凍り付いた氷をバリバリと食べていた。
「ま、まぁ、氷なんだから食っても害はないだろうけど……」
「クァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
グラキエースドラゴンは氷を食べ尽し、咆哮と共に、またもやブレスを放つ。さっきより勢いも強く、一つ一つの氷柱もでかい。
なんか、パワーアップしてないか?
「氷術! 武具顕現!!……だめだ、出来ない」
「エヴァ!!」
俺はエヴァを抱きかかえてその場を飛び退く。雪の上をゴロゴロと転がり、ブレスの範囲から逃れる。
数発氷柱を掠ったが、俺は獄化・地装衣で無事。エヴァはなんとか俺の体で隠し、雷の鎧で守ったが、何度もそう都合よく守れるわけじゃない。それにこのブレス、さっきのとは比にならない程強化されている。
「グラキエースドラゴン……一筋縄では勝たせてもらえなさそうだな」




