6話 友達と魔術属性
テンペスターを手に入れてから更に二ヶ月と半月の時が流れた。
俺は今中央区シルバス領に来ている。シルバス領はシルバス公爵が持つ帝国内領地で、これから俺が適性検査と魔術属性判別を行うエルトリア学園がある場所でもある。
エルトリア学園は門から校舎まで庭が続き、俺と同じように適性検査を受けに来た少年少女達が歩いてる。領地内の殆どをこの学園の敷地に割くほど学園というものに重きを置いているそうで、エルトリア帝国に教養ある若者が多いのはシルバス公爵の尽力の賜物だそうだ。
俺は門の前にまっすぐ続く道から歩いてきたのだが、遠目からずっと見ていて気になる事があった。門の前に一際でかいやつがいる。十四歳のはずだが百八十センチはあるだろうか。さらに筋肉ムキムキでとにかくごつい、でかい。
茶髪でいかつい顔をしていて、ぱっと見はおっさんだ。とても十四歳には見えないし、普通に怖い。
「アイス♪ アイス♪」
大男が学園を見上げていると五歳ぐらいの女の子がアイスを嬉しそうに持ちながら走ってきた。
その先にはちょうど大男が立っている女の子はアイスがよほど嬉しいのか周りが見えてない。あのままじゃ……
ベチャっと聞こえないはずの幻聴が聞こえ、案の定大男の足にアイスをぶつけてしまった。大男は特に慌てる様子も見せずにゆっくり女の子を見下ろす。
「あーー!! 私のアイスがーー!」
「…………チビちゃん」
なんかやばそう。顔がかなり怖い。
俺は二、三歩の距離まで近づきテンペスターを握る。いつでも大男と女の子の間に入れるようにする。この距離なら大男が拳を振りぬくよりも俺のテンペスターが大男を斬る方が速い。
一瞬も目を離すまいと睨みを利かせていると、肩をポンッと叩かれる。
振り向くときれいな銀髪の髪を腰まで伸ばした美少女が立っていた。クリクリとした目が特徴的なイザベラさんとはまた違うタイプの美女だ。
「大丈夫よ」
と、一言だけ俺に言って笑う。か、かわ……違う違う。
大丈夫と言われても、この状況は中々に心配だ。いつでもテンペスターを抜けるようにだけして大男を見守る。
すると大男は女の子の頭をポンポンと撫でる。
見た目に反してとても優しく。
「俺がぼーっと立ってたばっかりにアイス駄目にしちまってゴメンな。これで新しいの買ってくれ」
「……え、うん!ありがとう!」
と女の子に数枚の銅貨を渡す。なんだよ、めっちゃいいやつかよ……
ふぅと胸を撫で下ろしテンペスターから手を離す。チラッとさっきの美少女を見るとほらね? とドヤ顔で見てくる。へいへいすいませんねー。
すると大男が話しかけてきた。
「そんな警戒しなくてもいいだろ。いくら俺がいかついからってよ……」
「はは、悪かったな。俺はクロト・アルフガルノ。お前は?」
「俺の名前はガイナ・ベルガラック。ベルガラック男爵家の長男だ」
「ガイナか、よろしくな」
心の中でベルガラック男爵を知らなくてすまんと謝りながら、俺とガイナは握手し、お互いに頷く。
はじめて帝国で出来た友達……かな。
「ちょっと!私を忘れて二人で仲良くならないでくれる?」
「あ、わり」
「まったく。私はマナティア・エルネアよ。よろしくね」
「え……おいおい、エルネアって言えば最近帝国公爵領に入ったっていう……あの?」
「え、ええ、そうよ……あと私のことはマナって呼んでね。クロトとガイナ……だったわよね。せっかくの縁だし仲良くしましょ」
マナがはいっと手を差し出すので、特に何も考えずに握手に応じる。ガイナが驚いたように、それでいて怯えるように握手に応じている。そんな相手なのか? この美少女は。
エルネア公爵家って言えばシルバス公爵家に並ぶ帝国にいる四つの公爵家のうちの一つだったか。確かにかなり地位の高い家のお嬢様だし、男爵家って確か貴族位は下から数えた方が早いんだよな。家の格の違いと言う奴なのだろうか。
「よろしくな、マナ」
「エルネア公爵家の令嬢様なんかと話せるとはなぁ。まぁともかくよろしく頼むぜ」
独り言のようにぶつぶつとガイナが何かを言っている。その辺は俺にはわからんな。
「二人共今年の入学者希望者でしょ? せっかくなら三人で行きましょうよ。私も一人で退屈してたのよ」
「それは構わんが、もし一人だけ入学出来なかったりしたら後が気まずいぜ?」
「んなろくでもない事言うなよ、ガイナ。ほら、さっさと行こうぜ」
すっかり意気投合した俺達は、三人で適性検査と魔術属性判別を行う第一演習場に向かう事にした。
エルトリア学園は四つの建物からできており、門から入って正面の建物に教員の控室や応接室、校長の部屋がある。
そのさらに奥にもう一つ同じ校舎があり、そこは総合学科の授業で使う教室になっている。そしてそのさらに奥に二つの演習場が並んでる。片方は闘技場のようになっていて、主に武術学科で使う。もう片方は四角形で、真ん中が砂場になっており、結界魔術によって魔術が外に被害を及ぼさないようになっている。
さらにそこでは魔術が使えるように結界が組まれており、学園には魔術が使えないよう結界が組まれている。魔術の暴発でけが人を出さないようにするための処置だそうだ。
俺たちが今回適性検査と魔術属性判別を行う第一演習場は武術学科で使う方の演習場だ。
「なぁ、二人共。適性検査と魔術属性判別ってどうやってやるのか知ってるか?」
「いや、知らねぇなぁ。兄姉は居ねぇし、母上達の代はペーパーテストだったらしいぜ」
「私は少しだけ知ってるわ。帝国が作ってる特殊な魔術を組み込まれた魔石ってのがあってね、それに手を触れるだけで適性がわかったり、自分の魔術属性がわかるらしいわよ。うちにも一つだけその魔石があるのよ。出来るのは魔術属性判別だけだけど」
「え、じゃあもうマナは自分の属性がわかってるのか?」
「他の貴族の家では子供の頃に判別して、訓練するみたいだけど、うちはせっかくならこのドキドキ感を味わった方が良いってお父さんが」
「へぇ、良いお父さんだな。でも、その話を聞く限りじゃズルとかは出来ねぇんだな……しかし何を基準に適正を判断してるんだろ」
「んー、俺にはわからないな」
「将来どれだけ成長するか、とかじゃないかしら?」
うーん、と頭を抱えながら俺達は第一演習場に到着した。
そこにはいくつにも区切られた小さな部屋がたくさんあった。恐らく今日のためにだろう。総勢数百程度の部屋に分かれている。数百個も判断に使う魔石があるのか。
俺達はずらーっと並んだ部屋の中から適当に三つ選びそれぞれ入った。
中は天井がないので特に暗かったりって事は無かったが、部屋の真ん中に異様な存在感を放つ握りこぶし程度の石がおいてある。あれが例の魔石だろう。
そしてその後ろに若い女性がニコッと笑いながら立っていた。
「こんにちは。私はエルトリア帝国、適性検査・魔術属性判別係員のエリーといいます。早速になりますが、こちらに手をかざしてください」
と笑顔で魔石の方を指す。
俺は緊張しつつ、魔石に手をかざす。十秒ほどすると魔石が一層強く光る。どうすればいいのかわからずそのままにしていると、エリーさんがもう大丈夫と目で言ってきたので手を離す。
エリーさんはまだ光っている魔石の上に羊皮紙を被せると羊皮紙に文字が現れる。あれは多分火属性の魔術だった気がする。本で読んだ。
魔石の光が消えると、エリーさんが羊皮紙に一通り目を通す。一瞬喜びの表情を浮かべ次に苦い表情を浮かべた。
「……お疲れ様でした。おめでとうございます」
と俺に羊皮紙を渡す。どれどれ……
―――
クロト・アルフガルノ 人間族
適性検査
・魔術学科 合格
・武術学科 合格
・総合学科 合格
魔術属性 【雷】
―――
全部合格している。良かった。
魔術属性は雷、か。こいつは魔術基礎の本に載っていなかったな。大抵の人が火、水、風、土のどれかになるって読んだんだけど……
「こちらが制服で、こちらが予定表になります」
と、袋に包まれた紺色の制服と一枚の紙を渡される。
俺はエリーさんにありがとうございましたとお礼を言い部屋を出る。と同時にガイナも出てくる。
「遅かったわね。結果はどうだった?」
既にマナは出て来ていて、腕を組みながら俺とガイナを待ってくれていた。
「俺は全部通ってたぜ」
「俺も」
「ふぅ、よかったわ。ガイナが嫌な事言うもんだから、もし落ちてたりしたらなんて声かければ良いかわからないなーって本当に考えてたところよ?」
「だからそりゃ悪かったって謝ったろう。……で、マナとクロトは属性どうだった? 俺は土だったぜ。特に狙ってた訳じゃねぇが、家族みんなそうだし、俺に合ってて気に入ったぜ」
「私は……火と光よ」
「お、マナは二つ持ちか!」
「そりゃすげぇな」
「まぁね、クロトは?」
「俺は雷だ」
「……雷、か」
「おう、そうか」
と心配するような目で見てくるマナとポンッと肩を叩くガイナ。そんなに酷いのか? 雷。
聞いてみようと思ったが、有無を言わさぬ空気でガイナとマナが歩き始めたのでなんとなく聞けずに俺も付いて行く。
俺達が学園を出る頃にはさっきみたいな暗い雰囲気も無くなり一ヶ月後の入学に心躍らせていた。
「しかし三人とも全部通って良かったな」
「ガイナが……」
「わー! もうわかったって! 許してくれよ……」
「ふふ、冗談よ。……あ、私ここで失礼するね? 次に会うのは一ヶ月後の入学の時かな。その時にまた会いましょう」
「そうだな!また会おう」
「じゃあね」
「またな」
マナはエルネア公爵領に帰るため学園を出てすぐに別れた。俺は騎士団区、ガイナは貴族区に帰るため途中まで一緒に帰った。
一人になった俺は少し思い出す。エリーさんの苦い表情、マナとガイナの心配するような顔。そんなに雷になにかあるのだろうか。
帰ったらイザベラさんに早速聞いてみよう。雷がなんだとしても、俺はこの身一つで強くなってやるからな!