53話 レオ
「こちらへ。足元気をつけてください」
ジェームズに連れられ、俺とエヴァはカウンターの奥にある地下への階段を降りていた。
「おい、とっておきって何なんだ?」
「まぁ、まぁ、ついてくればわかりますから」
ようやく階段を降り終わると、ジェームズは壁に立て掛けてあるランタンを手に取り、火をつける。ボウッと火が付き、薄暗い地下が照らされる。
細長い通路で、奥に鉄格子の扉がある。一体何が置いてあるんだろうか。
エヴァは好奇心と恐怖心の間で彷徨ってるらしく、俺の後ろから覗き込んだり引っ込んだりを繰り返している。
ジェームズは腰についた鍵の束の中から迷わず一本の銀の鍵を取り出し、鉄格子の扉を開ける。錆びた金属同士が擦れる嫌な音がして、鉄格子の扉が開く。
中は明かりがなく、真っ暗だが、ジェームズは迷わず中に入っていく。続いて俺達も入っていくと、肌感でかなり広い空間に出たとわかる。両脇には人が五、六人は入れるほど巨大な四角形の物がカーテンのような布に覆われて幾つも置かれている。少し先に部屋に唯一ある明かりが吊るされている。
ジェームズは明かりの下に置いてある机まで歩いていき、机の上に置いてある紙の束に目を通し、別の紙の束と見比べている。
「…………おい」
「うん? あー、これは失礼。こちらへどうぞ」
入り口で呆然と立ち尽くす俺達を招き入れ、ジェームズは再び紙の束に目を落とす。
周りの四角形の物を見る。何かわからないが、ただの物じゃない気がする。中から微かに気配を感じる。人……か?
「お、おい。ジェームズ……」
「…………はい!」
何かを見つけたように紙の束を置き、ジェームズが振り返る。
「一体何なんだ?」
「我がジェームズ商店が誇るのは格安便利道具だけではありません」
ジェームズは四角い物へトコトコと歩いていくと端に垂れている紐を掴み一気に引く。バサッとカーテンが開き檻が現れる。
中には人が数人いるようで、俺達をジロジロと見ている。
「お、久しぶりの人だな」
「みろよぉ、女がいるぜ」
「おい女。もっとこっちへ来い」
エヴァはスッと俺の後ろに隠れながら憎悪を顕にする。その証拠に足元が凍ってきてる。
「落ち着け、エヴァ」
「……う、うん」
「我が商店の目玉商品は数々の奴隷! このように強靭な肉体を持つ奴隷達も多く保有しています」
そしてジェームズはその隣にある檻の紐も引く。カーテンが開くと同時に何かが檻を揺らす。
「グァァァァァァ!!」
「人間だけでは御座いません。二級魔物や一級魔物と言った魔物の奴隷もご用意しております」
二級魔物のベアーが鉄格子を掴みこちらに牙を剥く。
「更にはエルフや魔族なんかも仕入れておりますよ」
ジェームズは紐を離し、再びカーテンが閉じる。
「おい、どういうつもりだ? 俺達は奴隷なんて……」
「まぁまぁまぁまぁ。とにかく騙されたと思って見るだけ見てくださいよ」
と、ジェームズは奥へ進んでいく。
「仲間を集めたい、と仰っておりましたがご要望は? 女、男、戦闘員から荷物持ち、なんでも揃ってますよ」
「その前に、奴隷について教えてくれ。こいつらはどうして奴隷なんだ?」
「そりゃ、場合によりますよ。凶悪犯への罰として奴隷にして売ったり、金に困った親が子供を売るなんて話も珍しくありません」
「それは、また酷い話だな」
「それがこの世界です。売ってる側の私が言えた事ではないですがね」
「そうか。しかしどうやって抑えてるんだ? さっき見た感じだと凶暴な奴も多いんだろ?」
「奴隷紋を使います。そうですね……実際に見てもらった方が早いでしょう」
ジェームズは一つの檻のカーテンを開け、中に向かって話しかける。
「ニア、来なさい」
すると中から一人の小柄な女の子が出てきた。
痩せ細った体、ボサボサな青い髪の毛、全身からみすぼらしさが出ている。歳は見た感じ十二歳程度だろうか。
「こちらをご覧ください」
すると、ジェームズはニアと呼ばれた少女の胸元に手を当て、服を少し下にずらす。ニアの胸元には赤く二重丸のようなものが描かれていた。
「それが……」
「奴隷紋です。まぁ実際は結界術から応用した制限魔術なんですけどね。扱える人はそう多くいません」
確かセントレイシュタンで会ったエンリとリンリにも刻まれていた。
「解除する方法はあるのか?」
「不思議な事を聞きますね。主人の魔力を奴隷紋を通して対象者に流すことで行動を縛ります。逆にその魔力を取り除いてやれば奴隷紋は消え、効果もなくなります」
「なるほど」
「解除する人なんてまぁ居ないですから、解除方法を知らない人も多いですね」
まぁ、そりゃそうだろうな。これから先、過酷な戦いが続く事は火を見るよりも明らかだ。信頼出来て、実力も十分にある奴じゃなきゃ仲間には出来ない。それに、俺達の目的に共感してくれる必要もある。
だが、奴隷ならどうだ? 本人の意思は無視出来るし、実力もある奴を買えば問題無い。奴隷紋と言う並みの信頼関係よりも信頼出来る代物もある。……どの道俺が歩こうとしているのは復讐の道。ろくな道じゃない。むしろ奴隷の方がいいのかもしれない。
「さて、ご要望は?」
「まだ買うかは決めてないんだがな」
「まぁまぁ、まずは見るだけでも、どうです?」
ジェームズの不気味なほどギロリと光る目に、若干物怖じしながらも、確かに見るだけなら……と心が押される。
「……そうだな、戦闘タイプなら何でもいい」
「なるほど、ではこの檻ですね」
と、ニアが入っていた檻の一つ隣の檻を指差す。
「適当に選んでみてくれ。そいつを見て買うかどうか決める」
「ふむ、では……」
ジェームズは再び紙の束に目を落とす。
「……おれを買え」
「おや?」
檻の奥から男の声が飛んでくる。奴隷の一人らしい。
「誰だ?」
「名前なんて後でいいだろ。おれにしておけ、買って後悔しないはずだ」
暗がりから紫髪短髪の青年が現れた。歳は俺達と同じぐらい。まっすぐと俺を見る視線には、何か強い意志の様なものを感じる。下心だけで買えと言っているわけじゃないと強く訴えられている。奴隷……こいつなら、良いかもしれない。
「……わかった。こいつをくれ」
「クロト、本気? 良い選択だとは私は思えないよ」
「わかってる。だが買う事はもう決めた。俺達の旅の目的も全部話す。そのうえで着いて来る意志が無ければ無理に連れていくつもりは無い」
「まいどあり。金貨三枚になります」
俺は金貨をジェームズに渡す。
「既に奴隷紋は刻んでありますので魔力を流すだけで奴隷紋が有効になります」
「わかった」
ジェームズは檻の鍵を開けて青年を出す。そして青年は俺の前まで来ると上の服を脱ぐ。そこにはしっかりと奴隷紋が刻まれていた。
「おれの名前はレオ、よろしく頼むぜ」
「おう」
俺は手を当て魔力の流れを作る。
まずは奴隷紋を通して魔力を流し込み、逆流させる。レオは少しビクッと動く。すると奴隷紋の端から薄くなっていく。
「な、何を!?」
「お前、何をして……」
そして奴隷紋は消えて無くなった。
「俺が欲しいのは仲間であって奴隷じゃない。誰を買ったとしてもこうする事は決めていた」
一瞬の静寂が場を包む。
奴隷の方が都合が良いのかも、とか、でもやっぱり復讐の道具としてだけ一緒に居るなんて、とか。俺の中で色々考えた末の決断だ。この紫髪の青年……レオには並々ならぬ強い意志を感じたし、ここで出会った事も何かの縁なのかもしれないと思わされた。今はただそれに、賭けてみたいと思った。
「はははは!! 面白い奴だ。このまま逃げてやろうかと思ったがいいぜ。なってやるよ、仲間に」
「ま、まぁ代金さえ払って頂ければ私はなんでもいいですが……」
レオは大笑いし、エヴァもクスクス笑っている。ジェームズだけが口をパクパクさせている。
「よろしくな、レオ。俺はクロトで、こっちは……」
「エヴァリオン。よろしく」
「クロトにエヴァリオンだな、よろしく」
自己紹介をしていると周りからガチャガチャと音がしはじめる。
「俺も買いやがれ!」
「そーだ! 働いてやるからよー!」
「めんどくさくなってきたな。クロト、エヴァリオン……それに店主。上に行こうぜ」
◇
〈我流 熊ノ太刀〉
〈水術 時雨飛沫〉
リンリの炎を纏った剣と、エンリの水を纏った槍が衝突する。炎と水のぶつかる衝撃で爆発が起き、周りが土煙に覆われる。煙を突き抜け後ろに飛ばされたのはリンリだ。
「いたた、エンリは強いね」
リンリはショートの髪を整えながら立ち上がる。
「うむ、そもそも炎と水では相性が悪い」
煙の中から出てきたのはエンリ。リンリの姉で、四魔王の一人、アリスの奴隷だ。
「さて、訓練もこの辺にして、一旦部屋に戻るか」
「うん」
ここは魔族領、四魔王が根城としている古城の中庭。
「ふぉっふぉっふぉっ。エンリ、リンリ。訓練は順調か?」
そこへ四大魔王の一人、リヴァが現れる。
「リ、リヴァ様」
「そう固くならなくてよい。お前さんらももうすぐ次の作戦には加わるのだろう?」
「は、はい。その予定です」
「次の作戦は熾烈を極めるやもしれん。わしも異能を全開にして戦うことになるじゃろう」
「リヴァ様の異能って……?」
「そういえば詳しく話したことはなかったの。簡単に言えば死者蘇生だが、そんな夢のある異能ではない」
「どういうことだ?」
「冥府より死んだ者の魂を呼び出し、地上の肉体に封じ込める事でアンデッドとして蘇らせる。我々は兵力を増やすため、疑似肉体に封じ込めておるがの」
「それはだめなんですか?」
「魂と肉体が一致すればその者が持つ全ての力を引き出せる。だが、疑似肉体では一致せず、うまく思考することはおろか、喋ることもままならない者が多い」
「死者蘇生というよりは、ゾンビ生成だな」
「うむ、更に肉体が一致した死者は確かに強力だが、わしもそれなりに魔力を使う。故に数体しか持てんのじゃ」
「リヴァ様でも数体……」
「増やし方はもう一つあっての。生きている者にアンデッドの攻撃を与える。詳しく言えば体内にアンデッドの瘴気を入れると五年から十年でアンデッド化する。もちろん肉体も一致してるから強いんじゃが、まず時間がかかりすぎるんで、殆どわしは使った事の無い手法じゃな」
「なるほど……」
「うむ、そろそろこんな老いぼれの話もいいじゃろう。では、わしは会合に向かうとするかの」
そう言い残すとリヴァは古城の中へ入っていった。
「もう!エンリ! あんな口の利き方だめだよ!」
「リヴァのジジイなら問題ないさ」
「そんなこと言って……これがアリス様やフロリエル様に聞かれたらどうするの!」
「……うむ、たしかにそれもそうだな。以後気をつけることにする」
エンリは槍を持ち直し、リンリも剣を納め、砂を払う。
「リンリ。私達はいつかここから逃げて、自由に生きような」
「うん……」
「いつまで奴らの元で戦わなければならないのだろうか」
「いつか必ず救世主は現れる」
「親父の言葉か……」
◇
あの後、一階に戻ってきた俺達は買ったものをまとめていた。
「かなりの量だな」
荷物は三人で分けて持ってちょうどってぐらいの量があった。
「移動が大変そうだ」
「なら、馬車と馬を買われては?」
「なるほど、たしかに必要かもな。だが、金はこれだけしかない」
と、袋の中身を出す。金貨と銀貨が数枚ずつだ。
「これだけあれば馬二頭と馬車ぐらいは買えますよ」
「あ、ちょ……」
止める間も無くジェームズは硬貨を持っていってそのまま外へ出てしまった。
「まぁいいか」
「ねぇクロト、レオは?」
そういえば。周りを見渡してもレオは居ない。
「あったあった」
するとカウンターの奥から細長い物を持ってきた。
「何してたんだ?」
「悪い悪い。これを探してたんだ」
と、細長い物を俺の目の前に突き出す。
「俺の愛刀、『二代銀月』。奴隷になる時に取られちまったんだが、売られずに残ってて良かったぜ」
真っ白な鞘の刀だ。こいつもグレイド達と同じく刀を使うのか。
「そりゃ良かったな。外に出よう、それ一個持て」
と、荷物の袋を一つ指差す。
「あいよ」
俺達は一人一つ荷物を持ち、外へ出た。すると店の前には既に馬と馬車が用意されていた。
「準備が早いな……」
準備を完了させたジェームズがニコニコ顔でじゃじゃーんと馬車を見せびらかしている。これだけ逞しい商人魂、もはや呆れてさえくるな。




