5話 相棒との出会い
「んーと、ここをまっすぐ行って…………ここを右……違う、左だ。……あれかな」
剣の訓練を始めてから早いものでもう三ヵ月と少し。俺は今、国民区にある武器屋『剣鉄』に向かっている。
昨日の夜、イザベラさんとの訓練で剣の刃の中央に大きな亀裂が入り、使い物にならなくなったので新しいものを買いに来たのだ。
しかし、この街に来て四か月目にして初めて国民区に来たが、騎士団区と違ってかなり賑わっている。
人。人。更に人。加えてあちこちから飛んでくる商人の呼び声、活気ある足音、香ばしいパンの匂い。表通りには数百はいるであろう商人達が店を出していてゆっくり見て回りたい衝動に駆られるがここはぐっと我慢し裏通りに入った。
重い木の扉を開け薄暗い店内に入る。外からの陽光で店内が一瞬明るくなり、扉が閉まると同時に再び店内は薄暗い空気に包まれる。店内は外見に比べて結構広く、棚には多種多様の武器が掛けられている。剣、斧、ナイフ、弓、大剣、細剣……本当に色んな武器があるが、比較的剣類が多い。
俺は見回しながら奥へ足を進める。
「……お前さん、なぜここに来た?」
突然声を掛けられてビクッとしながら声のした方を見る。
薄暗い店の中でも特に暗い場所にカウンターがあり、その向こう側に五十代ぐらいのおっさんがこっちをキッと睨んでいた。一応俺は客のはずなんだが、店主にここまで睨まれる事があるのか。
「剣が欲しくて……」
「そういう事じゃねぇよ。武器屋なら表通りにいくらでもある。商人共が所狭しと自分の商品を広げてただろ? なぜうちへ来た? どう見ても入りづらい店だろう」
「あ、ああ、そういう事。……俺の恩人のイザベラさんがこの店が一番だと教えてくれたので」
「なにぃ!? って事はお前、イザベラの嬢ちゃんが拾ったって言ってた『見込みある子』って奴か!」
「あ、えーと……見込みがあるかはわかりませんが、多分そうです」
「ガッハッハッハ! それならそうとさっさと言え。イザベラの嬢ちゃんから話は聞いてるぜ」
「あ、そうなんですか」
イザベラさん、わざわざ話してくれてたんだ。帰ったらその事も含めてちゃんとお礼言わないと。
「ほらよ。ちゃんと完成してるぜ。……これがイザベラの嬢ちゃんから聞いた話を元に作った剣だ」
剣鉄の店主はカウンターの下から一本の剣を取り出す。
赤黒い鞘に茶色い革が巻かれた柄。一見すると普通の剣だが、俺が昨日まで使ってた剣や、村でローガン師匠が使っていた剣と比べても全然オーラが違う。武器なんてそう何度も見た事があるわけじゃないが、それでも違いがわかる程凄い剣なんだ、こいつは。
「す、すごい……ありがとうございます! えーと……」
「俺の名前はガーデルだ。知っての通りこんなちんけな所でせこせこ武器を作ってる鍛冶師だ。よろしくな」
「ありがとうございます。ガーデルさん」
「良いってことよ」
「あ、お代は……」
俺はイザベラさんから金貨一枚を貰ってる。それで適当な剣を買いなさいって言ってたけどこんなことなら先に言っておいてくれれば良かったのに。
ちなみにリブ村ではお金自体に縁がなかったので俺はお金という概念に初めて触れた。
村の中では物々交換が普通だったし、野菜を売りに行っていたのは父さんだけで、父さんも売上をそのまま帝国での買い物に使っていたから、お金を見るのも触るのも初めての事だった。
主流通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類。それぞれ互換性があって、金貨一枚で銀貨八枚分。銀貨一枚で銅貨十六枚分の価値がある。金貨一枚で銅貨百二一八枚分だ。
安い食事なら銅貨二枚で済む。三食食べたとしても一ヶ月で銅貨百八十枚。つまり金貨一枚とは一ヶ月程度食べていけるほどの価値があるのだ。
そんな大金、と思ったがイザベラさんは天馬騎士団の騎士団長。このぐらいは安いのかもしれない。
「んなもん良いんだよ。その代わりに、こいつを大事にしてやってくれよ」
「え、でも……いえ、ここは有り難くいただきます」
俺はカウンターの上に置かれた剣を持つ。普通の剣より重い。
全長一二〇センチほどで柄が二〇センチほどあるため刃の部分は一〇〇センチほど。今の俺には少しでかいが、これから成長する事も見据えて、だろう。
「剣の名はテンペスター」
「嵐……?」
「そうだ。白い刀身にはミスリルを使い、さらに特殊魔術で強力に鍛え上げられた一振りだお前さん、独自の流派やってるんだってな。かなりの威力と俊敏さだってイザベラの嬢ちゃんから聞いてる。だからそれに耐えられる剣に鍛えたつもりだ。更に素材がミスリルだから魔力が乗りやすい。必ず役に立つはずだぜ」
「本当にありがとうございます。大事にします」
俺はテンペスターを腰に下げ、その重さに驚きながらもローガンさんにお礼を言い、『剣鉄』を後にする。
とりあえずまっすぐ家に帰ろう。早く帰ってイザベラさんにお礼して、一戦交えて貰わないとな。
◇
「イザベラさん! ガーデルさんに事前に話していてくれたんですね。おかげでとってもいい剣と出会えました」
と、イザベラさんが帰ってきて開口一番に報告した。イザベラさんもにっこり笑う。
「なら良かったわ。ガーデルおじさんの打つ剣は本当に素晴らしいのよ。……どれどれ、うん!すごくいい剣じゃない。さすがガーデルおじさん」
イザベラさんはテンペスターを眺めながら言う。
「本当は学園を卒業した後にあげようと思っていたのよ。だからそれに間に合うようにって頼んでおいたんだけど、流石はガーデルおじさん。仕事が早すぎるわ。まぁそのおかげで今手に入ったんだけど」
そうだったのか。通りで今の俺にはでかいわけだ。
「さぁ、使ってみたいんでしょ? 訓練所行きましょうか!」
「やっぱりバレてましたか。疲れてるところすいません!」
大丈夫よ、とすぐに家を出て普段から使っている訓練所に行く。
「ではお願いします」
「ええ、お願いね」
お互いに剣を抜きそれぞれ構える。
成長を見越して作られた剣は、今の俺には少し重い。振るにも体が持って行かれないようにしっかり体幹を鍛えておかないと。
俺は左手を前に出し、テンペスターの矛先をイザベラさんに向ける。
「こいつの名前はテンペスターです」
「テンペスターね、いいじゃない。ちなみに私の剣はローズレイン。よろしくね」
イザベラさんは腰に差している細身の剣を抜き、俺に教えてくれる。鍔の部分が薔薇の様な花の形状をしており、武器としてではなく観賞用とも思える程美しい造形をしている。
ニコッと笑うイザベラさんだが、その目は既に戦闘モードだ。
「行きますよっ……」
〈黒帝流 剣狼〉
俺も魔装衣を発動させ、高速で接近し強力な突きを繰り出す。
〈剣狼〉は一か月前から練習してきた突きが元となった技だが、イザベラさんとの模擬戦で受け流された時かなりの隙が出来てしまう弱点が見つかった。そしてそれからも何度も模擬戦を重ねる中で徐々に改良していき、技として遂に完成した。
俺の独自の流派、黒帝流の記念すべき第一の技なのだ。
イザベラさんはローズレインで軌道を上手く流し、俺の背後に回る。
「まだまだ甘いわよ!」
〈豪傑流 撃鉄〉
「この技の弱点は補ったつもりです! ……剣狼は二撃以上続く技」
〈黒帝流 双剣狼〉
イザベラさんは豪傑流の構えから一気にローズレインを振り下ろす。
負けじと俺もそのまま左回りに身体を回転させ、遠心力をフルに使い横一閃にイザベラさんに斬りかかる。
激しい金属音が響き、テンペスターとローズレインがぶつかり合う。衝撃がもろに剣を伝って体まで響き、若干地面を削りながら後退を強制される。
テンペスターを見るとそれなりの攻防だったはずだが、全く欠けてない。流石、普通の剣なら折れていてもおかしくない。
「あら……」
イザベラさんの方をよく見るとローズレインの刃こぼれが出来てしまっている。やはりそれだけの衝突だったのだろう。
「あ……すみません」
「同じガーデルおじさんの剣なのにローズレインの方が欠けるなんて……全く、羨ましいわね」
ローズレインとテンペスターを交互に見ながら、イザベラさんはどこか嬉しそうに微笑んでいる。
イザベラさんとの付き合いもそれなりに長くなってきたが、この人は本当に根が良い人だ。どんな迷惑を掛けられても笑顔で許してくれるし、俺の成長を自分の事のように喜んでくれる。俺は本当にいい人に拾ってもらえた。
イザベラさんの期待を裏切らない為にも、絶対に強くなってやると日に日に強く思うようになった。
◇
時の流れは早いもので、ミノタウロスが〈東の地〉リブ村を襲撃してから約半年の月日が流れる。
イザベラさんに助けてもらったのが夏で、入学は春だから入学まで残り大体三ヵ月と少しだ。
昼間は主に帝国図書館で無属性魔術を学ぶか自主訓練をし、夜は昼間、図書館に行って身につけた魔術の復習をし、自主訓練を行った日はイザベラさんに相手してもらうか、色々な事を教えてもらっている。
入学に向けて詰めれることは詰めておきたいからな。
剣術のみの勝負ならイザベラさんと引き分ける程度にはなってきた。勿論イザベラさんが本気を出しているようには見えないが、それでも俺が一本取れる時もある。
だが、イザベラさんの本当の強さは魔術を駆使した戦い方にある。だから魔術ありの勝負になると手も足も出ない。
テンペスターの強度は普通の剣とは比べ物にならないほど強く、切れ味もかなりのものだ。
更にイザベラさんに魔鉄――魔装衣を武器に応用する技術で、強度や切れ味と格段に上げるもの――を教えてもらったおかげでテンペスターは本当に大地でも斬れるほどの強度と切れ味を手に入れた。
「んー!今日も美味しい!!」
「ふふ、そう言ってもらえると作ってる甲斐があるわ」
ちなみに今まで特に気にしていなかった、というか気にする事が多すぎてそこまで気が付かなかった事だが、イザベラさんの手料理は最高に美味しい。どこか母さんを思い出す味をしているが、料理自体はやはりその辺の田舎村で出るそれとは違い、最初の頃はこれが都会の味かと感動したのを覚えている。
「本当に美味しいです! これがもうすぐ食べられなくなるかと思うと悲しいですよ……」
「え? どうしてもうすぐ食べれなくなるのよ」
あ、そうか。一人で考えて決めただけで、イザベラさんにはまだちゃんと伝えて無かったんだ。
「俺、エルトリア学園の寮に入ろうと思ってます。いつまでもイザベラさんにお世話になるわけには行きませんし……」
「……なるほど、そっか。私としてはいつまでもここに居たらいいと思うけど、学園で友達が出来るだろうし、それがいいかもね! 楽しみなさいよ」
「はい、ありがとうございます。ところで、その、イザベラさん…」
「ん?」
俺は三ヶ月ほど前から思っていた事を話す事にした。
「俺はこれから……家族の、村の仇であるミノタウロスに打ち勝てる力が身に付いた後の事なんですけど、どうすべきなんでしょう。今まではミノタウロスに復讐するためエルトリア学園に行くことが目標でした。でもちゃんと考えて見ればミノタウロスはすでに消えている。もしイザベラさん達が見つけられなかっただけだとしても、これだけ時間が経てば移動してますし、もしかしたら別の人に倒されている可能性もあります」
「……そうね、クロトには話しておきましょう。私達天馬騎士団は今、ミノタウロスの謎を最前線で追っているの」
「…………!」
「ふふ、反応したわね。私達の調べではミノタウロスは誰かに召喚されたっていうのが一番有力よ。理由は二つ。一つ目は突然現れ、突然消えるなんて召喚術でなければ出来ないような事だから。二つ目は残留した魔力を調べた限り、村の人達とミノタウロス以外の魔力がリブ村からは発見されなかった。つまりミノタウロス達を率いていた魔物、もしくは魔族は居ないって事になる。いえ、絶対に居ないとは言い切れないけれど……魔力の隠蔽が完璧であれば私達でも見つけられっこないし。でも、断言出来るのは十数体ものミノタウロスが、リーダーや召喚者もなしに統率のある行動が出来るわけない。つまり影でミノタウロスを操っていた人がいると考えるのが妥当よ。で、その場に居なくても操れる召喚術が一番怪しいって事に繋がったのよ」
「……ってことは」
「そう、ミノタウロス襲撃の裏には何者かが潜んでるってのが私達のたどり着いた見解。今はその証拠となるものを集めるため、西へ東へ走り回ってるわ」
「ならそいつらのせいで……」
「ええ、ただこの説には不可解な部分もあるわ。例えばミノタウロスを数十体も召喚し、操るほどの魔力の持ち主がそう簡単には居ない事とかね」
「それでも、イザベラさん達は居ると思うんですよね。だとしたら、俺が追うべきなのもそいつって事になる……」
「このミノタウロス襲撃、簡単な問題じゃないわ。焦る気持ちもわかるけど、だからこそ今は力をつける為に全力を注ぎなさい。学園で学べる事はいつか必ず、必要になるわ」
「……はい! ありがとうございます!」