47話 ヴァント攻防戦
「開け、地獄の門」
◇
地獄より地上へ戻ってきた俺達は、辺りの様子を伺う。どうやらヴァントより少し南の小高い丘に出たらしい。
ハデスが見せてくれた映像の中では、ヴァントの門はアンデッドの侵入を許さず、持ち堪えていたが、既に門は破られており、街の中にアンデッドの侵入を許してしまっている。少し来るのが遅かったか。
だが、それもまだ少数で、殆どのアンデッドは門より先に進む事が出来ないでいる。兵士や学生の必死の抵抗のお陰だ。映像を見た時は皆パニック状態で、迎撃なんて不可能に思われたが、兵士が最前列で隊列を組み、間から学生が援護する事でどうにかまだ耐えている。
四つの門のうち、破られたのは一つだけ。今ならまだ被害を最小限に抑えられるはずだ。
「俺とエヴァ、そしてグレイドを含めた十五人の黒鬼隊……」
「アオーーーン」
「……と、アルギュロス。これだけの戦力であの数のアンデッドを相手に出来るのか?」
「帝国も流石にこの事態に何もしないというのは考えられません。すぐにとは言い切れませんが、援軍も期待出来ます。我々はそれまでになるべく数を減らす持久戦になるかと」
俺の弱点の一つが持久戦。魔力の消耗が激しい上に、雷化・天装衣を発動すれば否が応でも時間切れが付きまとってくる。
グレイドの言う通り、俺達は帝国の増援が来るまでの持久戦と割り切って、帝国の援軍が到着すれば後は任せてしまっても大丈夫だろう。
「とりあえずはその方針で行こう。敵の数は?」
「総勢五〇〇〇を超えています」
「ご、五〇〇〇!?……数千とは聞いてたが、これは思ったよりも苦戦するかもな」
俺は左腰にぶら下げているテンペスターとシュデュンヤーを抜き、アンデッドの軍勢を見下ろす。
眼下には地面と見間違うほどに敷き詰められたアンデッド。総勢五〇〇〇というのも信じざる得ない光景だ。おまけに人型のソンビにスケルトン、ダークナイトやオークのゾンビまで居る。アンデッドとひとまとめにするにはあまりに個性的。
これは温存ばかり意識していたら、いくら二年修行したとは言っても足元を掬われる可能性がある。気を引き締めていかないと。
「よし! いくぞ!!」
俺はハデスが用意してくれた黒いマントのフードを深く被り、叫ぶ。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
俺達は一斉に武器を構え、丘を駆け下りる。まだアンデッドと衝突するには距離がある。相手もこちらには気づいていない。先手必勝だ。
「エヴァ! 走りながらあいつらに先制攻撃をぶちかましてくれ!」
「任せて」
〈氷術 武器具現 『天之麻迦古弓』 氷弓龍星群〉
エヴァの詠唱と共に氷の巨弓が現れ一本の巨矢を空へと打ち上げる。氷の巨矢が天を駆け登り、はるか上空で分裂。千を超える矢がそれぞれ龍へと姿を変え、アンデッド達に降り注ぐ。加速した氷の矢龍は威力を上げ、アンデッドの腕や足、首を吹き飛ばす。
「すごいな」
だが、アンデッドは痛みも感じず、完全に無力化しなければ死なない。中でも厄介なのは痛みを感じないところだ。生きている者ならば怯んだり、臆したりすることもあるだろうが、コイツらにはそういった事が無い。
「さて、お前の力。見せてもらうぜ」
俺は左手に持ったシュデュンヤー肩の上に構え、横一線に薙ぎ払う。
〈雷帝流 雷斬砲〉
剣から飛び出した雷の斬撃は螺旋を描きアンデッド達の首、胴、腕、脚を刻んでいく。
斬られたアンデッドから黒い瘴気が溢れ、シュデュンヤーの元に集まってくる。そして吸収されるとシュデュンヤーから黒いオーラのようなものが吹き出し刀身にまとわりつく。
それ以降アンデッド達は動かない。これが不死者を殺す、そして魂を吸収するという事か。
エヴァの攻撃と俺の攻撃でいくらか無力化出来たが、相手は五〇〇〇の大群。もっと広範囲に効果のある攻撃を連続で繰り出さないと、数を減らすのも一苦労だ。
「ぶつかるぞ」
あと二百メートル程度で、アンデッドの軍勢とぶつかる。未だに俺たちに気づいたアンデッドは居ない。よく見ると、あのアンデッドたちは様子は少し変だ。普通アンデッドってのは死体が長く放置されたりすると腐って動き出す。そこには本能的な意思以外は存在せず、ただ人を喰らう化物になる。
だがコイツらはきちんと武器防具の使い方を理解し、使っている。
生前の習慣がアンデッド化しても残っていると言うことはよくある話だが、ここまでしっかり、しかも全員が武器を使えるものなのか?
「なにかおかしいな」
「主よ、一気に数を減らします」
〈嵐術 鎌鼬〉
アルギュロスの周囲に現れた小さな竜巻から無数の風刃が飛び出し、アンデッド達の足や頭を斬り落とし、無力化していく。
「だが……」
「うぅぅぅぅぅ」
「ぉぉぉぉぉ」
「うあう……ぉぉぉ」
「……死んではないな。やっぱり殺すならこいつしかないのか」
俺は走りざまに身動きの取れなくなったゾンビの頭を真っ二つにし、スケルトンの骨を砕く。オークゾンビにシュデュンヤーを突き刺し、斬り裂く。が、図体がでかい分ちゃんと殺さないとシュデュンヤーでも殺せないらしい。
「やっと俺達に気づいたか」
気づけば周りはアンデッドだらけ。エヴァやグレイド達とも逸れたな。周囲には腐った男女と骨ばかり。
俺はテンペスターで地面をトントンと叩き、シュデュンヤーを肩に構えながら考える。こいつらは多少なりとも知性がある。だとすれば、どこかに司令塔がいると考えるのが妥当だろうな。
「うぅぅぅぅぅ」
様子を見ていたアンデッドの内の一体のゾンビがしびれを切らし突っ込んでくる。
だが、単調なソンビの動きに捕まるほど俺も二年間遊んでたわけじゃない。軽く後ろに避け、シュデュンヤーで胴体を斬り裂く。ゾンビは黒い瘴気をあげ、動かなくなる。
「……さっきより軽くなってる。これが魂を吸収して性能を上げる剣。地獄ではこいつだけは試せなかったからな。思う存分やらせてもらうぜ……」
◇
「急ぐわよ! ここからヴァントまではかなり距離がある」
『はッ!!』
同時刻。
エルトリア帝国からの援軍として天馬騎士団、龍騎士団が送り込まれた。
馬で駆ける数百の騎士団員。その先頭で白い鎧の女と赤い鎧の男が話していた。
「エイナ。ここはチームを分けよう。俺たちのほうが人数は多いが機動性に欠ける」
「わかっています、アランさん。……天馬騎士団全団員に告ぐ!! これより龍騎士団を置いて我々だけで先行し、ヴァントに向かう。行くぞ!」
うぉぉぉぉぉと団員達の唸りが響く。
その少し後ろ。元氷の姫のマナティアとガイナがいた。
「じゃあな、マナ。気をつけろよ」
「ええ、あなた達が来る頃にはすべて終わらせてるわ」
「自信たっぷりだな。流石は聖炎の騎士様」
◇
「はぁぁぁ!!」
テンペスターを向けた方向へ雷が迸り、小さな稲妻が降り注ぐ。数十体のゾンビが感電し、爆発を起こす。体の原型が無くなるほどに爆散させれば、機能が停止する。こんな当たり前の事に今更気づき、無理にシュデュンヤーでとどめを刺す事に執着する必要は無いと割り切ってこの戦法を取っている。シュデュンヤーは確実に絶命至らしめるが、一体一体にそれぞれ斬撃を繰り出すのは体力と時間の無駄だ。雷撃で広範囲のアンデッドをまとめて消し炭にする。
「はぁ……しかし多いな」
あれからどれだけ経ったのか、もう時間の感覚が麻痺してきている。
前、後ろ、右、左。ありとあらゆる方向から攻撃を仕掛けてくるアンデッド達を斬って斬って斬りまくってるが、一向に数が減らない。
ヒュウっという風を切る音が後ろの方から聞こえ、視界の端で確認するとスケルトンが矢を飛ばしてきている。それを右手のテンペスターで撃ち落とし、左手のシュデュンヤーから斬撃を飛ばしスケルトンを無力化。両サイドから寄って来たゾンビをテンペスターとシュデュンヤーを振り下ろして斬り裂く。
テンペスターで斬った方のゾンビはまだ死んでいないのでシュデュンヤーをフルスイングしてゾンビにとどめを刺す。
その時、周りの数体を道連れにする。
「……っ!」
突然目の前のゾンビたちが吹き飛び、砂煙が舞う。砂煙の向こうからダークナイトが現れる。三メートル近くあるスケルトンに黒い鎧とマントを装備したアンデッドで、右手には大剣を握っている。確か一級魔物、気は抜けねぇ。
上から振り下ろしてくるダークナイトの大剣をテンペスターを斜めにして受け流し、重い一撃を地面に受け流す。そこへすかさず瞬動術で股下を掻い潜り、マントを突き抜けて後ろへ回り込む。
だが、マントで見えなかった後ろ側にはスケルトンやゾンビがうようよ待ち構えていた。
「びっくりするなぁ!」
〈雷帝流 雷撃一閃〉
半円に薙ぎ払ったシュデュンヤーから放たれた雷撃により前線にいたゾンビ達は退けるが後ろからまだまだやってくる。
更にダークナイトも、視界から消えた俺が後ろに回り込んでいると気づき、振り返って大剣を振り上げる。
「くそ……どうしたもんか」
目の前にはダークナイト。後ろにはアンデッド軍団。
考えが纏まる暇もなくダークナイトが大剣を振り下ろす。咄嗟にテンペスターとシュデュンヤーを交差させ腰を落として受け止める。二年前の俺なら重みと衝撃で潰れていたかもしれないが、この二年間体作りにも時間をかけて来た。二年前よりも俺の身体能力は格段に上がっている。
「この……おらぁぁ!」
大剣を跳ね除け、攻撃に転じる。
テンペスターとシュデュンヤーを素早く鞘に直し、一気にダークナイトの胸元に飛び込む。
「ぶっ倒れろ」
〈雷術 雷撃〉
ダークナイトの体中に衝撃と雷が迸り、落雷が起きたのと同等の威力を発揮する。プシューと黒い煙を上げながら倒れるダークナイト。
だが、こいつはアンデッド……まだ生きてる。
ダークナイトの肋骨の部分をはしごの様にして顔の高さまで登り、シュデュンヤーを抜いて頭を真っ二つに斬る。
「ガ、ガガ グガァァァァ」
バキバキと骨が折れ断末魔の叫びをあげながらダークナイトは動かなくなる。
「よし、でも……これはまずいな……」
「カラカラカラカラ」
「うぁぁぁぁぁ」
「おぉぉぉぉぉぉ」
ダークナイトと戦っている間に周囲のアンデッドは隊列を組み、俺を確実に殺そうと狙っていた。
円形に組まれた隊列の前列にゾンビの大群。その後ろで弓を構えるスケルトン。更にその後ろで構えるオークゾンビ。
こんな隊列が組めるなんて、やっぱりただのアンデッドじゃない。明らかに知性を持っている。ハデスの見立て通り魔族による襲撃と言うのがはやり正しいか。
「ここまで数で負けてると、どうにもならねぇような気がするな……」
そして何を合図にしたか知らないが突然ゾンビ軍団が迫ってくる。スケルトンも弓を引き絞る。前衛の陰に隠れながら遠距離とは、いやらしい奴らだ。
「氷術 雹絶世界」
次の瞬間、辺り一面が氷に覆われる。
すぐそばまで迫っていたゾンビも、奥で待ち構えていたオークゾンビも、みんな残らず凍りついてしまった。
「これは……」
「クロト!」
突然辺りが暗くなったかと思うと、アルギュロスに乗ったエヴァが飛んできてすぐ近くに着地する。
「エヴァか! 助かったぜ」
「間に合ってよかった……!」
「よし、このまま……」
次の瞬間、後方から風が吹き抜ける。
振り返るとそこでは大爆発が起きていた。だが、ただの爆炎じゃない。真っ白な炎だ。
あんな規模の魔術を使える奴がこの戦場にいるとは思えない。一瞬グレイド達の魔術かと思ったが、この二年間一緒にいて、一度も見た事が無いので恐らく違うだろう。
となればアンデッドを操っている敵の親玉か。……いや、違う。この懐かしい気配は……




