46話 二年の時を経て
「ここの飯は不味くはないけど、美味くもないんだよな……」
俺は日課になっているグレイドとの早朝訓練を終え、得体のしれない肉の入ったスープを啜っていた。このスープは特段味もしないし、代わり映えもしないので食べてもこれと言って感想が浮かばない。まぁ食えるだけ有り難くはあるんだが、毎日毎日同じメニューで、最初の一週間で飽きた。
瞬動術や獄気の修業を始めてから既に二年が経過し、気づけば俺は十七歳になっていた。時の流れは早いもので、ここに初めて来たのがついこの前のように感じられる。
地獄での訓練は順調で、朝はグレイドとの三本勝負。午前中は獄気のコントロール、午後からは『地獄巡り』をしている。グレイドとの早朝訓練はこの二年間続けている事で、最近では俺が勝ち越している。
そして午後に行っている『地獄巡り』とは、文字通りこの地獄内に存在する八つの地獄を巡る事だ。そこでの苦痛、痛みを経験する事で、より明確なイメージを持つ事が出来、強力な地獄を呼び出せるらしい。
俺も最初は訳がわからなかったが半年前、修行開始から1年半が経った頃、突然ハデスに呼び出された時にこの修行の意味を理解した。
『クリュの右手に宿る地獄の鍵をお主に継承する。必要な力だ、受け取れ』
それだけ告げるとクリュの右手と俺の右手を合わせさせ、ぶつぶつと何かを詠唱すると、クリュの右手の甲にあった模様が俺へと移った。俺の右手には今、地獄の鍵の模様が薄く描かれている。
この地獄の鍵があれば、クリュが盗賊相手に使った地獄を現世に呼び出す力が使えるそうだ。更には地獄の扉を自由に開ける事が出来るので、地獄と地上を好きに行き来出来るようになるそうだ。
「クロト!」
「おお、エヴァか。おはよう」
「うん、おはよう」
俺は地獄の鍵による八大地獄を呼び出す術を身に着けているが、エヴァは地獄の冷気を操る修行をしているらしい。この前練習ついでに戦ったが、氷術のレベルはかなり上がっていた。
とは言え俺も地獄を呼び出す訓練ばかりしているわけじゃない。魔力量の根本的な増幅に加え、雷術の徹底的な改善を重ね、二年前の数倍の力を手に入れたと言っても過言じゃないだろう。
早朝のグレイドとの朝一番勝負以外はハデスに直接鍛えてもらっている。ハデスははっきり言ってめちゃくちゃ強い。二年修行したぐらいじゃ全く歯が立たない。たまにアシュラも遊びに来るがあれも化物だ。
そして今日もこの飯を食い終われば、ハデスと獄気の訓練をして地獄巡りだ。今日は大焦熱地獄に行くとか言ってたかな……
「……」
エヴァが、大して味のしないスープを見つめて、何かを考えている。
「どうしたんだ? 元気ないのか?」
「ううん! そんなことないよ」
最近エヴァはずっとこんな感じだ。話しかけてくるのにずーっと顔を伏せて目が合わない。体調が悪いとかかと思ったが、大丈夫だと言うし、実際修行の様子を見ているとどこかに不調があるようには見えない。地上にもこの二年一度も帰っていないから、何か不安があるとかそういう事でもないと思うんだが……
逆に地獄にずっと居る事がエヴァにとって何かしらの枷になってしまっているのかもしれない。
「何か気になる事があるのか?」
「う、ううん、本当に何でもないの」
「そうか?」
とてもそうには見えないが……
エヴァに何を言ってもそんな事ないって言うし、何か気になる事があるのかと聞いても何でもないと言う。そんなに俺に言いにくい事があるのかとも考えたが、何とも無い日もあったりして、一体どうしたのだろうか……
「クロト。あのね……その、訓練が終わったら……」
エヴァが何か言おうとしていたが、突然開いた扉から飛び出した声にかき消される。
「クロト! クロトはいるか!」
「ん? ハデスか」
「うむ、そこにおったか。実はな、急で悪いのだがすぐに戦う準備を始めて欲しい」
「戦い?」
「うむ、どうも地上で騒ぎがあったらしい」
「騒ぎ?」
「まずはこれを見て欲しい」
ハデスが指をパチンと鳴らすと灰色の雲が円を作り景色を映し出す。ここに来た初日にも、地獄の様子を見せてくれる為にこれを用いていた。ハデスはこれで地上の様子を確認しているのだろう。
覗き込むとそこには地上の様子を映し出されており、上空から見下ろすように高さ十五メートル程の壁に囲まれた中規模の街が写っている。
特に問題はなさそうに見えた。が、よくよく見てみると街の周りの地面が動いている。……いや、違う。地面じゃない。地面を覆い隠すほどのアンデッドの大群が街を襲っているんだ。
街の門は固く閉ざされてはいるが、アンデッドの勢いで今にもこじ開けられそうだ。街の内部はパニック状態。住民を避難させようと兵士は動いているが、街は全方位をアンデッドに囲まれている為、そもそも街から出る事が出来ない。住民の中に混じってエルトリア学園の制服を着た奴らもいる。何をしているのか知らないが、やはりこちらもパニック状態。
住民達の混乱とアンデッドによる強襲で兵士も態勢を整える時間が無い。今の所は門を閉めているからアンデッドの侵攻を防げているが、兵士達はまともに機能していない。
驚いてハデスを見ると無言で頷き、話し始めた。
「ここはコムラ公爵領のヴァントと言う街だ。現在見ての通り大量のアンデッドに襲われている」
「ヴァント……なんで急にこんな量のアンデッドが?」
「我も死者の魂の動きには注意を払っていた。ここ最近は落ち着いたもので、アンデッドの発生も数か月に一度や二度のみだった。それが今朝、突然数千ものアンデッドが誕生したのだ。確実に何かあると踏んで地上の様子を見ればこれだ」
「死者を操るっていう魔族の仕業なのか?」
「恐らく。それ以外に考えられん」
「そうか…… ところで、住人に混じってエルトリア学園の生徒が見えたんだが、あいつらは何であの街に居るんだ?」
「どうやらエルトリア学園の生徒は研修旅行なるものに来ているらしい。前回の雪山と言い、学園を狙った動きとも取れるが……実際の所は分からん。たまたまと言われればそうかもしれん」
制服に入ったラインは紺。マナティア達、つまり俺達と同年代の奴らだ。てことはこの中にガイナ達も居るのか。だとしたら尚更助けないわけにはいかない。
「行ってくれるか? まだ修行も完了しておらん状態で送り出すのは忍びないが、これを見逃す事も出来ぬ」
「ああ、すぐに行く。行くぞエヴァ!」
「え、あ、うん!」
「黒鬼隊も同行させよう。すぐに出発してくれ」
◇
「伝令! 伝令! コムラ公爵領、ヴァントの街にて数千を超えるアンデッドを確認!至急援軍願います!!」
エルトリア城、玉座の間。
慌ただしく足音を響かせながら伝令兵が転がり込み、王へ緊急事態を告げる。
「く、次はコムラ公爵領か! 天馬騎士団、龍騎士団! すぐに向かってくれ」
『ハッ!!』
王は頭の痛い様子で眉間を抑え、ちょうど王への謁見中だった龍騎士団団長アランと天馬騎士団団長エイナへ出撃を命じる。
二人はそれに応え、すぐに部隊を編成する為に足早に玉座の間を出る。




