45話 獄気
「っ……!!」
「流石です。クロト様」
俺はちらっと後ろを見るとほんの少しだけ砂煙が立っているだけで、約六メートルを移動する事が出来た。初めて瞬動術の修行を始めてから既に二週間。最初こそ酷かった瞬動術も今ではここまで出来るようになった。
「それでもまだ完全に砂煙は消せないな」
「あとは少しずつ練度を上げていくだけですね。今なら戦闘中でも瞬時に使えるはずです」
「ああ! グレイドの言っていた通りこれが無意識化で出来るならどんな技にも組み込めるな」
「ええ、これからもそう言った訓練が多くなってくると思います。クロト様はご自身で戦闘の基礎を確立していますから、それを支えるような技術の会得を目指すとハデス様から仰せつかっております。……それにしても、クロト様は習得速度がかなり早いですね」
「ん? そうなのか?」
「はい。普通の大人が瞬動術を習得しようとすれば少なくとも数ヶ月はかかります。まだ完璧でないとは言っても、ここまで出来るのなら予定を繰り上げていけそうです」
「そっか、ならより多くの事を教えてもらえるんだな」
「はい。ではクロト様、習得記念に一戦交えてみましょうか」
「お、いいな。やろう」
「では……」
グレイドは腰の刀を抜く。片方にしか刃がついてない不思議な武器だ。
この数週間で何度かグレイドの戦いを見る機会があった。注意しないと、刀を使う者の攻撃はスピードも早く、かなり強力だ。どういった力の込め方や武器の扱い方をしているのかいまいちわかりにくいが、とにかく注意して見ておかないと、あの速度に反応出来ない。
俺はテンペスターを抜き、しっかり握る。
「じゃあ、行くぜ」
〈黒帝流 剣狼〉
踏み込みに瞬動術を交えたことで今までよりスピードが倍に上がってる。が、グレイドもこの速度にはついてくる。
俺が突き出したテンペスターを上手く流し、グレイドはすぐさま攻撃に転じる。横一文字に振られた刀を間一髪のところでシュデュンヤーを逆手に抜いて受け止める。
このまま受けに回るのは悪手と判断し、いったん距離を取るために瞬動術をもう一度使い後ろに飛ぶ。
後ろバージョンでも問題なく使えるな。よし。
「流石ですね、クロト様」
「グレイドもな。」
〈雷帝流 雷斬砲〉
テンペスターを薙ぎ払い斬撃を飛ばす。
「ふんっ!!」
グレイドも負けじと刀を振り下ろし斬撃を飛ばす。グレイドの斬撃は地面を削り斬りながら縦に飛ぶ。
俺の雷斬砲とぶつかり停滞するが、シュデュンヤーで更に雷斬砲を放ちグレイドの斬撃を殺す。さらにグレイドの斬撃を破った雷斬砲は砂煙を弾き飛ばして一直線に飛ぶ。
「く……獄気硬化!」
グレイドが力を込めると刀が黒くなり、オーラを纏う。なんだ、あれは。
「はっ!!」
そのまま俺の雷斬砲を断ち切った。
「何だ、今の」
「獄気だよ」
「ん、誰だ……?」
後ろから声がして振り返るとそこには人間サイズにまで縮んだハデスと、もう一人変な奴が立っていた。いや、変な奴は失礼かもしれない。鬼の様な顔が三つあり、腕は右手に三本、左手に三本。足は二本で腰布だけを巻いている。筋骨隆々で、ハデスと同じく赤い皮膚をした体格の良い奴だ。
「そうか、クロトは初めて会うんだったな。地獄に数人いる我が家臣のうちの一人で、名前はアシュラ。戦神とも呼ばれておって、かなり強いぞ」
「へぇ、よろしく」
「おう、坊主。よろしくな」
三つの顔が同時にニコッと笑う。見かけはまさに鬼そのものだが、外見によらず優しいやつなのかもしれない。そう思わせる笑顔だ。
「で、獄気って?」
「ふむ、地獄に漂う魔粒子のようなものだ。武器に纏うことで強度を著しく上昇させ、自らの肉体に纏えば鉄のような強度を得る」
「へぇ! すげーな」
「他人事ではないぞ。これから習得するんだからな」
「俺にもアレが出来るのか?」
「当たり前だ。瞬動術に関しては先程も見た通り、かなりの練度に仕上がっている。今日からは獄気の修業に入る。さぁやるぞ」
「お、おう!」
◇
「いいか、周りに漂う地獄の粒子、すなわち獄気を感じ取り、そして自分の中に取り入れるんだ。そしてそれを、そうだな……とりあえず右手に流すイメージでやってみろ」
俺は目を閉じ、周りの獄気を感じようとする……が、中々そう上手くは行かない。
獄気を肌で感じ、更にそれを体内に取り入れる。逆に俺の並外れた魔力の器を利用してこのあたりの魔粒子一帯を取り込んでしまうのはどうだろうか……
試しにやってみるか。
「っ……!!」
膨大な魔力が流れ込んでくる。だが、自分の魔力じゃないからすぐに抜けていく。
その中から獄気と思われるものを集める。感覚は魔力では無い物を抽出するイメージ。感覚では出来るはずだが……
「……だめか」
「うむ、しかし中々良い感じじゃないか。初日から獄気を感じ取れているのならば見込みは十分にある」
「ああ、でもこれだけやっても少ししか集まらなかった。まだまだ時間をかけないといけないっぽいな」
「うむ、魔力に既に慣れ親しんでおるからこそ、獄気を掴むのも早いのかもしれぬ。魔力と獄気の違いを明確に認識出来れば、習得も一瞬かもしれんな」
「ああ、もう少しやってみるよ」
俺はそれからしばらく獄気の習得を目指して修行を続けた。アシュラやグレイドの助言もあって、日が暮れる……いや、地獄に日は無いが、感覚的にはそれくらいの時間が経った頃には、獄気の感覚もかなり掴めるようになってきた。
「よし、今日はそろそろ切り上げるとしよう」
「ああ、わかった。……そういえばアシュラ……さん?」
「アシュラでいいぜぇ」
「じゃあアシュラ。今日は何をしに来たんだ?」
「活きのいい坊主が地上から来たって言うから会いに来たのさ」
「へぇ。ハデスも言ってたけど、強いんだよな?」
「そりゃぁお前、もちろんだぜ」
「じゃあ、今度俺と戦ってくれよ」
「おう! もちろんいいぜ。そうだ、俺の友達にアリサってやつが居るんだが、そいつにも今度会わせてやるよ。きっとアリサも喜ぶぜ」
「おぉ! それは楽しみにしとくよ」
「おう! ……ん? あれは誰だ? 見ない顔だが」
アシュラの指さした方を見ると修行を終えたエヴァが宮殿の柱にもたれかかっていた。
「あ、俺の仲間だ。おーい! エヴァ!」
「あ!」
俺が手を振るとぱぁっと顔を明るくする。そしてタタタと走ってきて隣を歩く。
今は修行用の服装だ。黒い半ズボンに同じく黒いノースリーブシャツ。髪はきれいにポニーテールにしてある。エヴァ曰く、動きやすいらしい。
「今日は終わり?」
「ああ、今から晩飯だ。今日はアシュラも一緒だ」
「アシュラ……?」
「おう、さっき友達になった」
「おう!嬢ちゃん。よろしくな!」
「あ、よろしくお願いします! ……それでねクロト、今日は……」
最近エヴァは少し楽しそうだ。
学園で会った時から何かと悩んでばかりで暗い顔を多々見て来たから、こうやって楽しそうにしてるのを見るのはこっちとしても嬉しい。
ただ、最近は本当に良かったのかとも考える。雪山で雪崩に巻き込まれてしまったのは仕方ない。あの状況じゃどれだけ悔やんでも回避出来なかった。でも、その後のブルーバード滞在に、グレイド達への協力。地獄での修業。エヴァは「いつも一緒に居るよ」と言ってくれるが、これは完全に俺の都合だ。それをエヴァに押し付けてしまっている。本当はエヴァも、こんな所に居たくはないんじゃないだろうか。
「…………クロト?」
「……あ、悪い。さ、飯に行こう」
「うん!」




